ヒロインに剣聖押し付けられた悪役令嬢は聖剣を取り、そしてカフェを開店する。

凪鈴蘭

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第百十二話 再びの証(1)

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「…よし!」

予定日通りにカフェの準備が間に合った。
久しぶりに迎えたカフェでの朝、自分の店からする焼きあがった焼き立てのパンの
香り、今日のメニューが書かれたボード、店の開店時に購入したエプロン、

その全てが懐かしくて、全てが新鮮だ。
朝のまだ肌寒い空気が頬を撫でて、この店の一日が始まる。

「…おや、もしかしてロゼちゃんかい!?」
「あ、ルボニーさん!お久しぶりです…」

久々に会った常連客のご老人に深々と頭を下げた。
まるで孫娘を可愛がるかのように接してくれた優しいお客様で、そして相談に
乗ってくれたり乗ったりを繰り返していた大切な客様だ。

昏睡状態にあったこと、その前に騎士団の一員となっていた時の
バタバタで会えていなかったので、かれこれ一年は顔を合わせていなかったことになる。

「おやおやまあまあ…可愛い顔をちゃんと見せておくれ…。
もう会えないと思っていたわ」
「本当にしばらく顔を見せることもお店を開くこともできなくてごめんなさい…。」
「無事でいてくれていたら文句なんてあるものか。
立ち話もなんだ、久しぶりにお前様の料理を食べながらお話を聞かせておくれ?」
「はい!よろこんんで…」

カウンター席に案内し、座ってもらう。
「いつものにいたしますか?」
「まあ、こんな老いぼれが頼んでいたものをまだ覚えてくれていたのかい」
「当然です、本当に、本当にルボニーさんは大切な方ですもの」
「嬉しいことを言ってくれる」

ルボニーが頼んでいたのは優しい味の卵サンドとサラダのセットのモーニングメニュー。
パンにはさまれた卵の味は濃すぎず薄すぎず、だがマスタードが効いている
少しくせになってしまうような味なため、かなり人気なメニューだった。

あらかじめ仕込みを済ませていたので、具を卵にはさんでサラダとコーヒーを用意する。
「お待たせいたしました、卵サンドにオニオンドレッシングのサラダ、コーヒーでございます。」

久しぶりに口にしたカフェの店員としての一言に、「生きて帰ってこられた」という実感が
急にわいて、心の奥にじんじんと熱が生まれる。

「ありがとう。…で、一年と少しまったく姿を見なかったが
どうしたんだい?何かあったのかい?」
「ええと…その、こちらのカフェは副業…のようなものなのですけれど、
本職の方の仕事が大きく変わったのでバタバタして…
で、その仕事をしている最中事故にあって一年間昏睡状態にあったんです」

さすがに「実は私公爵令嬢で元剣聖で、騎士団へ移ってその仕事中に事故に会いました」
などと馬鹿正直に打ち明けることはできないので、
内容を伏せた解答をした。

「なんだって!?それは大変だったね…」
「それで夫にもものすごく心配をかけてしまって…しばらく外に
出してもらえなくて。」
「え、いつのまに結婚なんてしたんだい!…まあ、
幸せそうな顔をしているからこんな老いぼれが心配することなんてなにも
なさそうだけどね」
「ありがとうございます。
…それで、今その人との間に子供も授かっていて、これからは家の女主人になることになりますし、
もうこのお店も続けられないんです。
ですから旦那様に許可を頂いて三日間だけの最後の開店をしようと思いまして…。
悲しいですけれど、その人に嫁ぐと決めた時から決めていたことなんです、
ごめんなさい」

この店を愛してくれていた人に再会できたと思えば「もう閉店なんです」と
伝えるのは、どんな顔をしていいのか分からなかったがそれでも自分なりに決意を固めたのだ
と、ルボニーとまっすぐ見つめた。

「何言ってるんだい、そんなしっかりした顔してるぐらいなんだから
しっかり決意固めて、今幸せなんだろう?
この店の常連でお前様の幸せを祝福しない野郎なんていないさ。
確かに愛したこの場が無くなるのは悲しい限りだけれど、
でもそれって、ロゼちゃんが今幸せってことの証明と証じゃないか」
「!!」

「だから謝ることなんてあっちゃいけないんだよ」

そう言ってぱくぱくと全てを平らげると、にっこりとほほ笑まれた。
こうして店を閉店することが、今自分が決意を固めたことと、幸せであることの
証明と、証…、確かにその通りだが、通ってくれていたお客様に「申し訳ない」
とばかり思っていたので、その言葉がふんわりと心を軽くさせて、温かくさせてくれた。

「…はい」
「うんうん、そうだよ。
それじゃあね、ご馳走様でした。三日間だったかい?
明日も来るよ、ありがとね」
「こちらこそ、ありがとうございました…」

微笑むルボニーに、愛する客人に深々ともう一度頭を下げて
微笑む。
「はい、これお代ね」
「ちょうどいただきます」

そこで、来客を知らせるベルがなる。
「おっと、じゃあ私はこれでね」
「またのご来店を、心からお待ちしております」
「ああ」

ルボニーが出ていくと同時に、来客を案内しようとする。

「いらっしゃいま…ハヤテ」
「……よう」
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