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第百十話 ロゼの終わりとこれからと(2)
しおりを挟む「朝ごはんを作っておいで」
そのユーシアスの言葉に耳を疑う。
案外そういうことは「縛らない」とは言われたとはいえ、あまり許してくれない
とばかり思っていた。
「嫌だったか?」
「い…いえ。そういうことを許してくれると思っていなくて」
「縛らないと約束しただろう?」
「それでも公爵夫人としての威厳…っていうんですかね。
そういう節度はお気になさらないのですか?」
「ふむ」
今に始まったことでないが男関連でなければユーシアスはヴィルテローゼに甘い。
店を続けるのは三日だけ、それが終われば完全な公爵夫人となる。
愛して甘く接してくれているユーシアスでも、一家の主で公爵なのだ。
もちろんその妻となるヴィルテローゼにも威厳や風格、美しい作法や所作が求められる。
使用人と触れ合えるのは嬉しい限りだが、この前のいざござから「縛ることをしたくない」
という感情から料理が許されようとしているなら、それは一家を支える女夫人として
してはならないことだ。
ヴィルテローゼが眉間にしわを寄せ、難しそうな顔をしてユーシアスを見上げる。
「一家の女主人として節度が守れない行動だと思うなら
私に甘えなどお許しにならないでくださいユーシアス。
使用人の皆様方と仲良くできるのは大変嬉しい限りですが、妻として、
ヒルデ家の者としてあなたが思うことに従います。…本当にこのようなことを私にお許し下さるのですか」
ユーシアスは久しぶりにヴィルテローゼが料理をしたいのではないかと考え口にした言葉だったが、どうやら難しくとらえられすぎたらしい。
使用人と一家の主の配偶者が仲が良くて悪いことなど一つもないが、仲良くなりすぎては「上に立つ者」としての品格も立場もあまりいい物とは言えなくなるだろう。
だがその彼女が気にする「品格」や「威厳」とやらは今ここで十分ある物としてみなされた。
趣味に飛びつくのではなく、自分の気持ちを優先させるべくでもなく
今ここで「威厳はいらないのか」という質問と真剣な瞳で「甘えを許すな」とまで牽制されてしまった。
「そう難しい話はしてないさ。
ロゼが久しぶりに料理をしたいんじゃないかって思っただけだったんだが…。
それにロゼがいう品格や威厳は今の発言で使用人の皆には分かってもらえたと思うんだが」
「…そんなつもりは」
「縛るでも、この前お前を傷つけてしまったご機嫌取りでもなければ
甘えを許しているつもりもないが?」
頭をくしゃりと撫でられて、ヴィルテローゼは固くなりすぎたことを少し後悔する。
少し好意を無下にしてしまった発言だった。
「申し訳ございません…ですけれど、あなたは普段から私に甘いので心配ですわ。
怒るときはきちんと怒って下さいませね」
「はいはい。まあロゼに怒ったことなんて無茶かまされて
死ぬほど心配させられた時しかないがな」
「あ、あ~聞こえない!!
では朝食を皆様と作ってきますのでしばしのお待ちを!!」
ヴィルテローゼが耳をふさいでわざとらしく厨房に駆け出し、
使用人と「何を作りましょうか?」と微笑ましく話し合うところを見たユーシアスは
ヴィルテローゼの心からの笑顔を見たのは随分と久しぶりな気がした。
「…嬉しそうですね、ユーシアス様」
「ノエルか」
「おはようございます」
ノエルはヴィルテローゼが目覚めてからというもの、想い人である
ユーシアスに「物理的に首が飛ぶぞ」やら冷たい態度を取られていたため
しばらく怯えたような顔をしていたが、ユーシアスに挨拶した顔は実にスッキリとしたものだった。
「…その、すまなかったな。」
「何がでしょう」
「随分と怖い思いをさせてしまっただろう?
…言い訳はしない。気がたっていたようだ。監視役を任されたり
本物の剣聖に斬られたりしそうになったりもしただろうし…。
ここが嫌になったというなら別の屋敷に招待状を…」
それにノエルは笑って首を振った。
「これでも大人になったつもりですよご主人様。
ユーシアス様に愛する人がいながらも童のように希望を抱いていたこの
馬鹿をお許しください。それに私、奥様がいらして明るくなったこのお屋敷で
働いていたいです。…あなた方夫婦がこのヒルデ家をどう築いていくのか、
恐れ多くも見届けたく存じます。」
「…ああ、見ていてくれ。これからもよろしく頼むよ」
「はい。」
「朝食が出来ましたよ~!」
「おっと。じゃあ俺は戻るよ」
そうして新しい家が始まると同時に、一人の少女は幼かった恋心を
捨て、少し大人になった。
彼女が将来ヒルデ家の使用人を仕切る侍女長になるのは、ずいぶん先のお話となる。
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