ヒロインに剣聖押し付けられた悪役令嬢は聖剣を取り、そしてカフェを開店する。

凪鈴蘭

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第九十七話 偽りなく(3)

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「お茶でございます」

テラスに三人が腰掛け、ノエルがお茶菓子と紅茶を持ってくる。

「ありがとう。…ノエル、だったかしら?」

ヴィルテローゼに微笑まれ、ノエルの肩がビクンと跳ねる。

「は、はい…!ユーシアス様の側付きの
ノエル・ディアレントと申します」

ノエルは急いで頭を下げ、心臓の音を速くさせた。
小鳥のような愛らしく澄んだ声、美しい顔に所作。
そのヴィルテローゼと話すのは初めてで、声が裏返ってしまったことをひどくノエルは恥じた。

「……ディアレント…?もしかしてディアレント少佐の
妹様かしら?」
「はっ、はい。ジエン・ディアレントは私の兄でございますっ」
「そう。よく似ている兄弟ね。
どちらも可愛いお顔をしていて」
「もったいなき、お言葉です…」

ユーシアスの前以外では少し性格が悪かったりするのでは?
なんていうノエルの予想は外れ、ヴィルテローゼの瞳と声は
誰に対しても慈愛に満ち溢れている、泣きたくなるような
優しい声だった。
だから、やはり望みなんて抱かない方が幸せなのだ。

「ちょっとロゼ?
久しぶりの再開なんだから私達にも構ってちょうだいな」

アマレッティがブスーっと頬を膨らませるので
苦笑いして謝る。

「ごめんなさいレッ…皇后陛下って呼ばなくちゃねぇ」
「やめてよ気持ち悪い!
大体私陛下の護衛として次期皇后だったあなたに会っていたのに…なんだかソワソワするじゃないのよ」

確かに次期皇后だった時期アマレッティは現皇帝のグラディウス
の護衛だったためよく顔を合わせていた。

「そういえば……レッティ、あなた何故グラディウス様と
ご結婚を?馴れ初めは?」

皇后になったとの知らせを受けた時は驚きを隠せなかった。
何しろアマレッティはグラディウスへ一生の忠誠を誓い、
グラディウスを主として慕っていたから
まさか結婚をして皇后になるとは思っても見なかったのだ。

「私もねぇ、グラディウス様はロゼのことが好きだと
思ってたのよ?だけど…半年前愛してるって伝えてくださったの。ロゼのことが好きだと思ってましたって言ったら
ロゼのことを気にかけてたのは私の数少ない友人だったからだそうよ。もぉ~照れちゃうわぁ」

あんなに仕事命で冷静なアマレッティが乙女のように
頬に手を当て「うふふ」なんて微笑むので驚いたが、
心配はなさそうだ。

「二人とも幸せそうでいいなぁ。
私もそろそろ結婚とか考えるべき??」

シュリがマフィンを口に運ぶ。
結婚…とはいえシュリは貴族ではないし、まだ歳も15のはずだ。

「いや、早いわ」
「シュリはまだ15じゃないのよ。早い!」
「え~貴族だったら普通じゃん!」

なんて言いながらもシュリのお皿はお菓子でいっぱい。
まだ子供だよね?とアマレッティと顔を見合わせて笑う。

「あなた貴族ではな…」
「貴族ではないけど庶民ではないかも。
うーん、どうだろ?でも普通の立場じゃない…のかな」
「「…は?」」

貴族でないのに庶民でない、大商人の娘みたいなものかと
思ったが、完全に予想は外れた。

「…シュリ、あなた真名は?」
「アマリリス・ユリシアン。」

嘘だろとヴィルテローゼは口元を抑える。
ユリシアンと言えば教皇の姓である。つまりシュリは
教皇の血縁者ということになる。

「でも剣聖になってからは教皇の父親に穢れた存在だとか
言われて追い出されたけどねぇー。
それから家帰れてないし」

確かに教会は清らかさを重視する。
ユリシアンに生まれた人間が剣聖になれば追い出される可能性は
十分ある。
確かに庶民とは言い難い身分だ。

「…まさか教皇聖下のご息女とは思わなかった……」

ヴィルテローゼが動揺を隠そうと紅茶を口に運ぶ。

「…あらロゼ、あなたローズヒップが好きじゃなかった?」

アマレッティが尋ねるとヴィルテローゼはきょとんと自分の
ティーカップを除く。
なんだか最近はお茶の時間には決まって飲んでいたローズヒップティーより、すっきりとしたダージリンが好きなのだ。
そうこう考えている間に、グニャリと視界が歪み、
急な吐き気に襲われた。
「…うっ」

ガチャーンっという音を立ててティーカップが地面に落ち、
割れた。
急な吐き気がして、フラリと体が傾く。

「奥様!!」
傾いた体をノエルが支える。

「ロゼっ!!」
「アンちゃんっ!」
「な…今の、何?急に吐き気が…うっ……」

ノエルが深刻な顔をしてぎゅっと唇を噛み、
そして口を開いた。

「…奥様、私は医者でないので正確なことは申し上げられません。……結果的に間違ったことを申したならばどうかお許しを。
奥様は、以前まではローズヒップティーがお好きだとおっしゃっていたようですが、最近はよくダージリンをお飲みになりますか?」

「え、ええ……」
「急な吐き気に味覚の変化……
もしかしたら、ご懐妊されたのでは、ないですか…?」



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