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第八十七話 救済者
しおりを挟む「……不意を着いたってわけか。
ああ、お前の勝ちだよ。強くなったな」
その場に崩れ落ちたユリーダは、
いや、アイザックは恨めしそうな顔ではなく
すっきりとした、優しい笑みを浮かべていた。
それにハヤテはハッと目を見開く。
ユリーダの体からは黒い瘴気がゾロゾロと抜け出し、
散って行く。
そして笑う姿は、自分の知る兄の笑みだった。
「あー……やっと開放された。
死ぬ前に心配事なんて残すものじゃないね。
そのおかげで、お前とお前の好きな女の子に…
僕は迷惑をかけてしまったから……」
地面に倒れ込みそうなアイザックをハヤテは
抱きとめる。
「に、にいさ……」
「ごめんねハヤテ。
僕死ぬ前に考えたんだ。誰が報われるのかって、救われるのかって……幸せなのかって。
そうしたら誰もいないことに気がついた。
それが心配だった、それに……お前に聖剣と剣聖を託してしまったことも後悔した。
なら全員の聖剣を壊してしまえばもう誰も戦わなくて済むんじゃないかって思ったら、いつのまにか負の感情に支配されて
余計な亡霊に取り憑かれたみたいだ。
だが実際見てみたらどうだ…、君は恋してるし騎士団長が
剣聖救ってるわで案外皆楽しそうにしてんじゃん…って
自分のやってることがおかしく思い始めたよ。
そこで成仏しても良かったんだけど…ユーキリーナとは
ケジメと決着を託してしまったことについて付けておきたかったんだ。……本当にすまなかった。」
もう力が残っていない震える手で、アイザックは
ハヤテの頬にペチンと触れる。
「……あの子に直接謝りたかった。
すまないねユーキリーナ…あの子が目覚めたら謝っておいて欲しい。…おかしな話だね。救済救済叫んでた亡霊が
一人の女の子と騎士団長に逆に救済されてしまうなんてさ。
僕の空回りみたいだったみたいだ……」
触れられた手をハヤテはぎゅっと握り、アイザックの
手を握りしめた。
「そんなことない……
確かに兄さんがやったことは許せねぇけど…
その思いは剣聖のことを第一に考えて、剣聖であることを
誇りに思ってたっていう思いだ…。
兄さんは、立派な剣聖のリーダーだったよ。」
最初は剣聖なんて仕事放棄したくて堪らなかった。
だが最愛の兄が残した言葉、仕事を全うするためにしょうがなく
やっていただけ。
だが今は違う。ローアンが、ヴィルテローゼが来てから全てが変わった。
どうとでもなれと思っていた日常が本当に愛おしい。
守りたい、ずっと続けばいいのにとさえ、今彼は思っているのだ。
「剣聖になった時は、こんな仕事のどこがって思ってたけど、
今なら分かるよ…。
好きな女がいて、守りたい国民がいて、守りたい日常がある。
こうしていられる日がずっと一生永遠に…永久に続いて欲しいと願ってる。今日も明日も明後日も明明後日もその先もずっと
朝日を迎えて幸せに、その日1日幸せだなと思って思って
過ごしてるんだ……。
守りたいものがあるなら剣を持ち、戦う。
そんな仕事に…俺も兄さんと同じっ……誇りを持ってるよ」
ハヤテの涙がユリーダの顔にぽたぽたと流れ落ちた。
「……しょうがないな、
ユキは。泣き虫も変わってない…。
だけど、変わったみたいだね…?もう何も思い残すことはない。
さっさと亡霊は、消え去るとするよ。
お兄ちゃんは……うれしい、よ」
それだけ言うとアイザックの体は灰となって崩れ落ちた。
誰もいない静かな森に、雪垂と同時に
ハヤテの涙もこぼれ落ちた。
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