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第八十話 寵妃の眠り姫(1)
しおりを挟む「え…?」
男は剣を一振りしただけだったのに、間接的な攻撃か何かなのか、
右薬指のブリューナクは砕け散ってしまった。
それを見た瞬間、ユーシアスは叫んだ。
「ロゼ!!!!」
聖剣が砕ける、それは剣聖にとっての死を意味することでもある。
聖剣は主の身体能力を強化し、かつ24時間動けるようにするため眠って体を休める
という機能を停止させる。
そのため聖剣にひびが入ったり、砕けたりした場合、眠っていなかった時間、
無理矢理強化した体が急に通常の人間の体となり、負荷に耐え切れなくなった
体は長い間眠りにつく。
それはすなわち、植物状態のような体になってしまうということ。
眠り姫のごとく、長い間、ずっとずっと…。
ヴィルテローゼはユーシアスに振り返ると、
儚げな笑みを見せて、ほほ笑んだ。
彼女は死ぬかもしれない直前まで恋人であるユーシアスの心配をしたのだ。
もしかしたら、いや、もしかしなくてもヴィルテローゼは二度と目を覚まさない
可能性だってあるのだ。
ならば眠りにつく直前に見せる表情が最後の表情となる。
その瞬間にヴィルテローゼが泣き顔や絶望に歪んだ顔をすれば
彼女が二度と目を覚まさなかった場合、ユーシアスは助けられなかったことを
一生悔いるだろう。
最後に見せるのは、笑った表情が良い、少しでもユーシアスに自分を責めるような
ことをして欲しくはないと言わんばかりに
ヴィルテローゼはひどく美しく微笑み、最後になるかもしれない言葉を残した。
「……」
言葉には出来ていなかったが、ユーシアスはヴィルテローゼの口の動きを見て、
ハッと目を見開いた。
「あ」「い」「し」「て」「る」
こんなことを伝えてしまえば目覚めなかった場合
罪悪感を感じたユーシアスは他の人と結ばれることを躊躇うかもしれない、
そうは思ったものの最後にはこれが相応しい。
そうして美しく咲いた花のようなヴィルテローゼは涙を一粒流し
ユーシアスに抱きとめられる。
「ロゼ…」
カタカタと震えるユーシアスの手を、ヴィルテローゼは力が残っていない
手で精一杯握る。
そして彼女の顔にはユーシアスの涙がこぼれ落ちる。
「…あなたのそんな顔…初めて見たわ」
「ロゼ…!!」
「やめて下さい…永遠の…お別れじゃないんですから…。
しっかりしてくださいよ、だん…ちょうなんだから。
あと…一年は、待ってくれませんかね…?それ以上たっても私が目覚めなくて、
あなたにいい人が…見つかったなら私のことは放って他の人と…
どうぞ…お幸せに…なって…?」
「何言ってるんだ!!」
「ふふ…あなたの幸せの枷になるような恋人になるくらいなら…
死んだ方がいくらか…マシってものですわ…んっ…」
段々と遠のく意識を無理して繋ごうとヴィルテローゼは舌を噛んで
繋ぎとめる。
ユーシアスならば良い女性に巡り合えるだろうし、
そうなれば植物状態の恋人は枷になるだろうという
ヴィルテローゼの保険だった。
「いつまでも待つに決まっているだろう!!」
「…そんなことを言われたら期待してしまいますね…。」
「おい一旦下がるぞ団長!!
あいつはやべえっ…」
ハヤテの声にユーシアスはハッと目を見開き、
ヴィルテローゼを抱えて少し後方まで下がる。
「兄貴にアイツ呼ばわりとはひでぇじゃねぇかユキ。
感動の再開だろ?」
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