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第五十三話 知っているなら(3)
しおりを挟むその兵士の声に、カチャンとスプーンを置いた。
「…午前の剣聖は?」
「数名が海岸にて交戦中なのですが、戦況が芳しくなく…」
「…そう。」
乱暴にエプロンをカウンター席にかける。
ユーシアスの顔が見られなかった。
番号で呼ばれた時点で騎士団長のユーシアスには分かってしまう。
元からバレていた可能性も十分あるが、知らなかった可能性もある。
話す前に、聞かれた。
だから、離れられても文句は言えない。
だからユーシアスに背を向けたまま言った。
「…叶うならば、待っていて」
ユーシアスの顔を見て、幻滅された顔をされていたら、
きっと立ち直れない。
それだけ言って、海岸に向かった。
「今日はついてない…本当に」
剣聖が数名対処しているのに夜の当番に召集がかかるくらいなのだから
数が多いのだろう。
もしくは数名で対処できないわけではないが、
国民への被害が出ることが予想されて呼び出された可能性の方が高い。
海岸につくと数名の騎士団、三名の剣聖が対処に当たっていた。
その中の一人に現在の情報確認をするために隣に着地する。
「…剣聖の方ですか?」
「いかにも。
夜の人でござんすか?」
綺麗な人だった。だが気になるのは…和服、しかも着物だということ。
この帝国には和服は存在しなかったはずだが…と首を傾げる。
「初めまして~、わっちの名前はアカネ。
アカネ・ゼロ・アスティル。」
そう言って小刀で何人も一歩も動かず切り捨てる。
しかも一人称が「わっち」。
まるで吉原で働く女性のような口ぶりだ。
「今日は申し訳ありんせん…。
残りの剣聖は別任務に駆り出されておりんす。
故に国民に被害が及ばないためにお呼びたてした訳でござんして…」
「…構いませんとは言い難いですが、
国民に被害が出ては剣聖の面目丸つぶれですからね。
出来るだけ早く終わらせます…」
「そういたしんしょう」
邪魔をされてイラつき、向かってくる賊をおもいっきり蔓でバラバラにした。
天気は雨、戦いにくいのではやく決着をつける必要がある。
殺して、刻んで、悲鳴を聞いて。
それを流れ作業のようにこなす自分が先程まで好きな人に想いを伝えようと
していた人間だとは思えないほど、残酷に無慈悲に人を殺している。
今はもう賊の悲鳴に罪悪感すら覚えない冷酷な感情に支配されている。
これでいい、剣聖はいちいち罪悪感を感じていてはやっていられない職業だ。
ただただ、人を殺すときは気持ちを無にして押し殺す。
それから交戦が長引き三時間、大掛かりな任務だっため聴取と
報告書を書くのに手間取り、帰るころにはもう空が暗くなっていた。
「ローアンさん、
お疲れ様でござんす。当番でもないのに駆り出して申し訳ありんせんでした。
今夜は午前の働きがあったから夜の当番は大丈夫でありんす。」
「分かりました」
「今馬車が…」
「近いので結構です」
態度が悪いのは承知だったが、気分が悪かった。
もう空も暗い。それにため息をついた。
「…待ってるわけないか。」
叶うなら待っていてなどと言ったが、時間は何時間も経過していて、
おまけに剣聖なのも公爵令嬢なのもバレた。
もしユーシアスがただのカフェ店長として接してくれていた場合、
完全にこの恋は終了する。
思えば剣聖という事実を受け止めてくれても、自分は貴族令嬢だ。
自分が好きだと思っていた女が、実は元皇太子の婚約者だと分かっても、
好きでいてくれるだろうか。
元から知り合いなのに、嘘をついた。
シアンは「可愛い嘘」だ言ったが、このこともプラスすると可愛いとはいいがたい。
血が土砂降りになった雨に流されて、トボトボと店の前まで歩いた。
「…ロゼ!!」
「!!!!」
店の前まで来て、俯いた顔をはじかれたように上げた。
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