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第十話 間違い探しと名の痛み
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「…ただいま戻りました、お母様」
微笑んで、母を横切ろうとした。
「…待ちなさい」
「ごめんなさい、疲れていますのでまた今度…。」
今、母親の顔を見て話せる自信がない。
いや…笑える自信がなかった。
「今度では困ります。明日の昼…、お話をしましょう」
「承知、いたしました…」
フラフラと自室に戻り、湯船につかる。
明日…か。
学院生になってからは、ろくに母と会話することなどなかった。
今のローアンのように、ローアンの母も女だからと舐められないように必死な故、
多忙なのだ。
それをローアンを含め、三人の兄弟が文句をいうことはなかった。
むしろ尊敬し、慕っている。
ブレティラ・ネージュ、現在40歳の女公爵であり、三児の母。
25の時夫が事故死し、長男が成人を迎えるまで公爵を務めるという遺言により公爵を務める。
彼女は女だからと馬鹿にされようが、文句も愚痴も言わずに頑張ってきた、尊敬する女性。
そんな彼女の力に少しでもなれればいいと、勉学も礼儀作法も完璧にし、次期皇后に選ばれた。
…が、何年も話していなかった娘がいきなり理不尽に婚約破棄されたかと思いきや、
人殺しを職業とする剣聖に選ばれたと知ったとき、彼女は何を思っただろうか。
盗賊とはいえ、国に害なす者とはいえ、人殺しをした後の血まみれの娘を見て、
あの方は何を思っただろうか。
失望?絶望?軽蔑?…それ以上の何か?
母を喜ばせようと、助けになればいいと努力してきたのに、
確実に自分は母に絶望を与えてしまったに違いない。
だってあんな顔をさせてしまったのだから。
…近いうちにこの家を出よう。剣聖の給料なら一人暮らしなんて簡単な話だろう。
「何やってんだろ、私…」
母を避けて、悲しませ絶望させて、あんな表情にさせて、今まで頑張ってきたことをめちゃくちゃにされて尚、
自己防衛のために曖昧に笑って誤魔化して。
バシャンと音を立て湯船から上がった。
返り血は完全に落としたが、こんなもので自分の汚れた手が綺麗になるわけがない。
なのに、こんなに割り切れて感情を押し殺しているのに、何故…こんなことが思えるのだろうか。
「ロゼって呼んでもらえて、嬉しかったな…」
だが明日にはその名で呼んでもらえることはないかもしれない。
そう考えると、誰が自分を、公爵令嬢であるヴィルテローゼ・ネージュを覚えていてくれるのか。
そこからまともな記憶がなかった。
フラフラとベッドに倒れるように入って、予想通り眠りにはつけなかった。
ただ寝ては起きての繰り返し。
「お嬢様、そろそろお昼の時間ですよ。」
「んー、あとちょっとぉ……」
「こら、起きないとだめですっ!」
「はいはいおはようございますー」
侍女の声にのっそりと体を起こした。
「当主様がお待ちですから早く準備なされて下さいな!」
あぁ…、と顔を青くする。
どうか母との関係が悪化しませんようにとただ願うばかりだった。
というか、自分と母は話す時間が少なすぎて、"親子の会話"というものをしたことがなかったかもしれない。
何を、話せばいいんだろう。
着替えて、母の部屋に向かった。
そして3回ノックをする。
「お母様…」
と言いかけた所で言葉が途切れてしまった。
いつもなら、「お母様、ヴィルテローゼです」と言って入るが、
自分は、もう……
「入ってよろしいですか?」
声を明るめにし、そう言うことにした。
「…ええ、入りなさい」
「失礼したします。」
久しぶりに母の部屋に入った。
入ると母はポンっと判子を押し、「やっと終わったわ」と息をついた。
目の下のくまが酷い。…もしかしたら、今日この時間に話をするために、仕事を終わらせてくれたのかもしれない。
母が正面のソファーに座る。
怖くて、顔を見ることが出来ない。かすかに震える手を落ち着けさせるので手一杯。
「さて……、話をしましょうか。」
「……」
それから30秒沈黙があり、母が口を開く。
「…私は、母としてのあり方を間違えました。」
その言葉に、弾かれるように顔を上げた。
「ちがっ……!!…あ」
美しく強い母の顔が今にも泣きそうで、胸が締め付けられる。
「っ……、お母様は何も悪くございませんっ……、
私が、私が余計なことをしたから……」
皇后に選ばれることもなかったら、剣聖に選ばれることも無かっただろうに。
だがゲームの設定上、決まっていたことかもしれないが、
それでも、……そのせいで、何故、自分は今母に苦しい顔をさせている……。
「お黙り」
「ふえっ?」
「私はあなたを責めてなどいません。
それだけ私はあなたに無理をさせてしまうほど弱い存在だったということです。
…後悔、しているのです。私は間違っていた。
だからねロゼ、あなたがそんな顔をする必要はないのですよ。」
母の顔を見つめると、苦しそうな表情が丸わかりな作り笑い。
違う、そうじゃない。
この間違い探しの発言と、震える「ロゼ」と呼ぶ声が、胸をズキンズキンと苦しめた。
微笑んで、母を横切ろうとした。
「…待ちなさい」
「ごめんなさい、疲れていますのでまた今度…。」
今、母親の顔を見て話せる自信がない。
いや…笑える自信がなかった。
「今度では困ります。明日の昼…、お話をしましょう」
「承知、いたしました…」
フラフラと自室に戻り、湯船につかる。
明日…か。
学院生になってからは、ろくに母と会話することなどなかった。
今のローアンのように、ローアンの母も女だからと舐められないように必死な故、
多忙なのだ。
それをローアンを含め、三人の兄弟が文句をいうことはなかった。
むしろ尊敬し、慕っている。
ブレティラ・ネージュ、現在40歳の女公爵であり、三児の母。
25の時夫が事故死し、長男が成人を迎えるまで公爵を務めるという遺言により公爵を務める。
彼女は女だからと馬鹿にされようが、文句も愚痴も言わずに頑張ってきた、尊敬する女性。
そんな彼女の力に少しでもなれればいいと、勉学も礼儀作法も完璧にし、次期皇后に選ばれた。
…が、何年も話していなかった娘がいきなり理不尽に婚約破棄されたかと思いきや、
人殺しを職業とする剣聖に選ばれたと知ったとき、彼女は何を思っただろうか。
盗賊とはいえ、国に害なす者とはいえ、人殺しをした後の血まみれの娘を見て、
あの方は何を思っただろうか。
失望?絶望?軽蔑?…それ以上の何か?
母を喜ばせようと、助けになればいいと努力してきたのに、
確実に自分は母に絶望を与えてしまったに違いない。
だってあんな顔をさせてしまったのだから。
…近いうちにこの家を出よう。剣聖の給料なら一人暮らしなんて簡単な話だろう。
「何やってんだろ、私…」
母を避けて、悲しませ絶望させて、あんな表情にさせて、今まで頑張ってきたことをめちゃくちゃにされて尚、
自己防衛のために曖昧に笑って誤魔化して。
バシャンと音を立て湯船から上がった。
返り血は完全に落としたが、こんなもので自分の汚れた手が綺麗になるわけがない。
なのに、こんなに割り切れて感情を押し殺しているのに、何故…こんなことが思えるのだろうか。
「ロゼって呼んでもらえて、嬉しかったな…」
だが明日にはその名で呼んでもらえることはないかもしれない。
そう考えると、誰が自分を、公爵令嬢であるヴィルテローゼ・ネージュを覚えていてくれるのか。
そこからまともな記憶がなかった。
フラフラとベッドに倒れるように入って、予想通り眠りにはつけなかった。
ただ寝ては起きての繰り返し。
「お嬢様、そろそろお昼の時間ですよ。」
「んー、あとちょっとぉ……」
「こら、起きないとだめですっ!」
「はいはいおはようございますー」
侍女の声にのっそりと体を起こした。
「当主様がお待ちですから早く準備なされて下さいな!」
あぁ…、と顔を青くする。
どうか母との関係が悪化しませんようにとただ願うばかりだった。
というか、自分と母は話す時間が少なすぎて、"親子の会話"というものをしたことがなかったかもしれない。
何を、話せばいいんだろう。
着替えて、母の部屋に向かった。
そして3回ノックをする。
「お母様…」
と言いかけた所で言葉が途切れてしまった。
いつもなら、「お母様、ヴィルテローゼです」と言って入るが、
自分は、もう……
「入ってよろしいですか?」
声を明るめにし、そう言うことにした。
「…ええ、入りなさい」
「失礼したします。」
久しぶりに母の部屋に入った。
入ると母はポンっと判子を押し、「やっと終わったわ」と息をついた。
目の下のくまが酷い。…もしかしたら、今日この時間に話をするために、仕事を終わらせてくれたのかもしれない。
母が正面のソファーに座る。
怖くて、顔を見ることが出来ない。かすかに震える手を落ち着けさせるので手一杯。
「さて……、話をしましょうか。」
「……」
それから30秒沈黙があり、母が口を開く。
「…私は、母としてのあり方を間違えました。」
その言葉に、弾かれるように顔を上げた。
「ちがっ……!!…あ」
美しく強い母の顔が今にも泣きそうで、胸が締め付けられる。
「っ……、お母様は何も悪くございませんっ……、
私が、私が余計なことをしたから……」
皇后に選ばれることもなかったら、剣聖に選ばれることも無かっただろうに。
だがゲームの設定上、決まっていたことかもしれないが、
それでも、……そのせいで、何故、自分は今母に苦しい顔をさせている……。
「お黙り」
「ふえっ?」
「私はあなたを責めてなどいません。
それだけ私はあなたに無理をさせてしまうほど弱い存在だったということです。
…後悔、しているのです。私は間違っていた。
だからねロゼ、あなたがそんな顔をする必要はないのですよ。」
母の顔を見つめると、苦しそうな表情が丸わかりな作り笑い。
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