ヒロインに剣聖押し付けられた悪役令嬢は聖剣を取り、そしてカフェを開店する。

凪鈴蘭

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第九話 曖昧に笑え

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ドクンドクンと心臓が跳ねて、おかしくなりそう。
だが知っていた。笑える気力があるならば、堪えることができる。

大丈夫、大丈夫と胸に手を当てる。
ここで助けてくれる誰かなんていないなんて悪役令嬢ポジションのローアンにとっては慣れっこだ。

「抵抗はしてくれるなよ?
そしたら楽しませてやるからよお!!」

盗賊の一人が近づいてくる。
…まずは、こいつからだ。
無言でローアンは指輪を盗賊に向け、蔓での一撃を放った。

どうやらブリューナクは自分のイメージしたとおりに動いてくれるらしい。
蔓は男に巻き付くと体を動けないように固定し、ギチギチと音を立てて首を絞め始めた。

「う…ぐううう!!何だ、これ…!!」

苦しむ姿は何ともグロテスクで、吐き気を覚える。
だがこの男は見せしめ。派手に殺してしまわねば。

首を絞めて、死ぬ直前、ゴキンという音を立てて男の首を切断。
血しぶきが夜空に舞い上がり、転げ落ちた首が足元に転がって来る。

それをサッカーボールを止めるかのように足で踏んづける。
より自分が強く見えるように、ここからはおどけたように、
「こんなものか?」と見下してやらねば。
そうすることで、相手が単純なら怒り狂い、動きが単純になるはず。

「あらあら~?……あっけない。つまんないですわ。」
なんて微笑み、クスリと笑う。

「てめぇ…!」
「足掻いてもがいて抵抗して、存分に私を楽しませて下さいましね?」

"抵抗しないならば楽しませる"という言葉の逆を言う挑発。
こんな安い挑発にも乗っかってくれそうな馬鹿な連中で助かった。

「さぁさぁ、バラバラになりたい人から前へどうぞ。」

かかってきた5人をつるで絡み取り、首を跳ね飛ばす。
ざっと20人くらいか……。

「ひいぃ、待て、投降するから命だけはっ……!!」
「まぁお早い降参ですことぉ。拍子抜けですわぁ」

なんて手を下ろすが、後ろからかかってきた人間の喉に蔓を押し入れ、ゴボゴボと泡を吹く音を立てる音が聞こえてくる。

「……もう終わりに致しましょう。」

声のトーンを下げる。
それからが何とも早かった。…驚く程に一瞬で、自分は人殺しの道具をこれほどまでに使いこなせていた。
転がった男たちの死体を見上げて、唖然とする。

あぁ、どうしてこうなったんだったか。
ヴィルテローゼ・ネージュはただの公爵令嬢、そしてゲームの悪役令嬢。ヒロインをいじめ国外追放され、公爵家の名に泥を塗った最悪の存在。

それが今では別の意味で最悪と化している。
やはりこんな名誉いらなかった。
……こんなに人を殺してまで吐き気も涙もでない自分に絶望する。
こんな女を、自分の母は子供だといってくれるだろうか。

「…ごめんなさい、お母様…」
自分の娘が人殺しになるのと、国外追放されるのと、
母はどちらが良かっただろうか。


「……ローアン」
後ろからの声に、ハッとする。
ツキヤの声だった。

ツキヤが見たものは、男の首が大量に転げ落ち、泡を吹いて倒れる男が数人、そして月夜に照らされる血まみれのローアン。
いかにローアンが残酷な殺しをしたかが丸わかりな風景であった。

「すみません、思ったよりも時間がかかってしまって」
「驚いた。…人を殺したのは初めてですか?」
「もちろん。ただの令嬢でしたから」
「……なのに偉く平然としている様ですね。
隠すように笑っているならば今の発言は不躾かもしれませんが…」

ぐっと下唇を噛むが、それからニッコリと笑う。
そう、誰よりも何よりも、隠すように偽るように、本心だと言うように笑え。
それでいい、曖昧に……、笑え。

「だって誰も助けてくれない身分なんですからしょうがないじゃないですか。」

とツキヤにさらにほほ笑んで見せる。
「そんなことは…」
「大丈夫です。
今は女だからって舐められる訳にはいかないし……、
何より私、笑えるうちは平気なんです。」

曖昧には二つ意味がある。
ひとつはよく分からない、はっきりしない様という意味だが、
もうひとつは、いかがわしく怪しげという意味。

普通なれば笑っていられない現状にあるのに、
曖昧に笑うことで、相手に自分に不信感を持たせ、近寄らせない。
近寄らせてしまった瞬間、痛み弱みが溢れ出してしまうだろう。

だからこれでいい、不自然に笑えばいい。


そのせいか、帰り道ツキヤは何も言わなかった。
それでいい、万々歳である。

「もう帰っていい。」
報告書は書いておくからと言われ、ローアンは自宅に向かった。
剣聖の人間や騎士団の人間にはただ笑えることが出来ればどうにかなることだが、そうは…、いかなかった。

「あら、お帰りなさい。…!!あぁ、ロゼ……」
懐かしい、響きだった。
ローアン・ゼロ・ブリューナクになったことで忘れ去られていたような、ヴィルテローゼの愛称で家族だけが呼ぶ"ロゼ"。

血まみれの娘の姿を、ローアンの母であるネージュ公爵、
ブレティラは真っ青な顔で見つめていた。
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