9 / 128
第九話 曖昧に笑え
しおりを挟むドクンドクンと心臓が跳ねて、おかしくなりそう。
だが知っていた。笑える気力があるならば、堪えることができる。
大丈夫、大丈夫と胸に手を当てる。
ここで助けてくれる誰かなんていないなんて悪役令嬢ポジションのローアンにとっては慣れっこだ。
「抵抗はしてくれるなよ?
そしたら楽しませてやるからよお!!」
盗賊の一人が近づいてくる。
…まずは、こいつからだ。
無言でローアンは指輪を盗賊に向け、蔓での一撃を放った。
どうやらブリューナクは自分のイメージしたとおりに動いてくれるらしい。
蔓は男に巻き付くと体を動けないように固定し、ギチギチと音を立てて首を絞め始めた。
「う…ぐううう!!何だ、これ…!!」
苦しむ姿は何ともグロテスクで、吐き気を覚える。
だがこの男は見せしめ。派手に殺してしまわねば。
首を絞めて、死ぬ直前、ゴキンという音を立てて男の首を切断。
血しぶきが夜空に舞い上がり、転げ落ちた首が足元に転がって来る。
それをサッカーボールを止めるかのように足で踏んづける。
より自分が強く見えるように、ここからはおどけたように、
「こんなものか?」と見下してやらねば。
そうすることで、相手が単純なら怒り狂い、動きが単純になるはず。
「あらあら~?……あっけない。つまんないですわ。」
なんて微笑み、クスリと笑う。
「てめぇ…!」
「足掻いてもがいて抵抗して、存分に私を楽しませて下さいましね?」
"抵抗しないならば楽しませる"という言葉の逆を言う挑発。
こんな安い挑発にも乗っかってくれそうな馬鹿な連中で助かった。
「さぁさぁ、バラバラになりたい人から前へどうぞ。」
かかってきた5人をつるで絡み取り、首を跳ね飛ばす。
ざっと20人くらいか……。
「ひいぃ、待て、投降するから命だけはっ……!!」
「まぁお早い降参ですことぉ。拍子抜けですわぁ」
なんて手を下ろすが、後ろからかかってきた人間の喉に蔓を押し入れ、ゴボゴボと泡を吹く音を立てる音が聞こえてくる。
「……もう終わりに致しましょう。」
声のトーンを下げる。
それからが何とも早かった。…驚く程に一瞬で、自分は人殺しの道具をこれほどまでに使いこなせていた。
転がった男たちの死体を見上げて、唖然とする。
あぁ、どうしてこうなったんだったか。
ヴィルテローゼ・ネージュはただの公爵令嬢、そしてゲームの悪役令嬢。ヒロインをいじめ国外追放され、公爵家の名に泥を塗った最悪の存在。
それが今では別の意味で最悪と化している。
やはりこんな名誉いらなかった。
……こんなに人を殺してまで吐き気も涙もでない自分に絶望する。
こんな女を、自分の母は子供だといってくれるだろうか。
「…ごめんなさい、お母様…」
自分の娘が人殺しになるのと、国外追放されるのと、
母はどちらが良かっただろうか。
「……ローアン」
後ろからの声に、ハッとする。
ツキヤの声だった。
ツキヤが見たものは、男の首が大量に転げ落ち、泡を吹いて倒れる男が数人、そして月夜に照らされる血まみれのローアン。
いかにローアンが残酷な殺しをしたかが丸わかりな風景であった。
「すみません、思ったよりも時間がかかってしまって」
「驚いた。…人を殺したのは初めてですか?」
「もちろん。ただの令嬢でしたから」
「……なのに偉く平然としている様ですね。
隠すように笑っているならば今の発言は不躾かもしれませんが…」
ぐっと下唇を噛むが、それからニッコリと笑う。
そう、誰よりも何よりも、隠すように偽るように、本心だと言うように笑え。
それでいい、曖昧に……、笑え。
「だって誰も助けてくれない身分なんですからしょうがないじゃないですか。」
とツキヤにさらにほほ笑んで見せる。
「そんなことは…」
「大丈夫です。
今は女だからって舐められる訳にはいかないし……、
何より私、笑えるうちは平気なんです。」
曖昧には二つ意味がある。
ひとつはよく分からない、はっきりしない様という意味だが、
もうひとつは、いかがわしく怪しげという意味。
普通なれば笑っていられない現状にあるのに、
曖昧に笑うことで、相手に自分に不信感を持たせ、近寄らせない。
近寄らせてしまった瞬間、痛み弱みが溢れ出してしまうだろう。
だからこれでいい、不自然に笑えばいい。
そのせいか、帰り道ツキヤは何も言わなかった。
それでいい、万々歳である。
「もう帰っていい。」
報告書は書いておくからと言われ、ローアンは自宅に向かった。
剣聖の人間や騎士団の人間にはただ笑えることが出来ればどうにかなることだが、そうは…、いかなかった。
「あら、お帰りなさい。…!!あぁ、ロゼ……」
懐かしい、響きだった。
ローアン・ゼロ・ブリューナクになったことで忘れ去られていたような、ヴィルテローゼの愛称で家族だけが呼ぶ"ロゼ"。
血まみれの娘の姿を、ローアンの母であるネージュ公爵、
ブレティラは真っ青な顔で見つめていた。
0
お気に入りに追加
1,578
あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでのこと。
……やっぱり、ダメだったんだ。
周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間でもあった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表する。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放。そして、国外へと運ばれている途中に魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※毎週土曜日の18時+気ままに投稿中
※プロットなしで書いているので辻褄合わせの為に後から修正することがあります。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる