2 / 2
2.
しおりを挟む
エメ・フラヴィ・ケールウィンは誰とでも相手を選ばず契約する、それは事実とは少し異なる噂話である。彼女には契約を
継続する条件として必ず譲らない物があった。
「お試しとしてでの仮契約ならどなとでもしておりますが、仮契約でも継続するには条件を出させていただいておます。」
「条件?金の問題か?」
「代金の問題ではございません。私と仮契約をしている「蜘蛛」の魔力使い様達には、私以外の血を飲まないという契約をしていただいています。」
エメが契約を継続する条件は、自分以外の「蝶」の血を吸血しない事である。彼女は「蜘蛛」から自分の血が1番であると評価される事に異常に固執している「蝶」であった。他の「蝶」からの血には目もくれないで、自分の血を最上だと思ってくれる相手とだけエメは契約を続けている。
「君の血だけとは随分と傲慢な契約内容だな。それだけ自分の血には価値があると?」
眉を潜ませ、カシアンはエメを鋭く睨みつけた。それもそのはず、「蜘蛛」が「蝶」複数人の血を吸うことはよくある事なのだ。エメは何人とも契約を結んでいるはずなのに、「蜘蛛」には自分の血しか吸わない事を要求する。その彼女の発言に、カシアンは少しの不信感を覚えた。
「ありがたい事に、ご契約者様にはそう思っていただけております。なんせ私の血は魔力使い様にとって劇薬となりますから。」
「劇薬、か。」
劇薬、という言葉にカシアンは反応する。彼女と契約さえすれば、自分の魔力操作をもっと引き伸ばせるかもしれない。
ただ信用しても良いものかと眉間にしわを寄せた。でも
自分の力を世に示す、最後のチャンスかもしれないと思うと彼は ごくりと唾を飲み込んだ。
「…契約を結ぼう。」
「かしこまりました。それと私は暴力的な人とはお付き合いできません。私を乱暴に扱わない事、他の「蝶」の血を決して吸わない事をお約束していただけますか?」
エメはカシアンの前に契約書を差し出した。「蝶」の立場は「蜘蛛」より下だ。だが血液を提供する以外は「蜘蛛」の要求を聞く必要はない。血を与える事以外の「蝶」の尊厳を守るため、血契者の契約書は存在している。
「…約束しよう。契約している限りは君を大切にするよ。」
そんな事を言いながらも、契約書に向かうカシアンは一瞬の躊躇を見せた。「蜘蛛」にとってエメが差し出す条件はかなり面倒だ。この飲む方がおかしい、おかしいのに、カシアンは何故か、エメの血を飲むことで何かが劇的に変わるのではないかという好奇心にもかられていた。ぐっと下唇を噛んだ後、
彼は契約書にサインをする。
「では次に血印をこちらに。」
エメとカシアンはペーパーナイフで親指を切ると、契約書に
血を垂らす。すると契約書はわずかな光を放ち、小さな蝶の形へと変化する。光の蝶はひらひらと舞い、カシアンの鼻先に止まり、一瞬でぱっと光の粒となって弾けて消えた。
「これで仮契約成立でございます。お試しの期間は1ヶ月、
途中での解約も可能でございます。」
「承知した。それで、吸血はいつから可能か。」
エメは「うーん…」と言いながら少しカシアンに近づく。
そしてスンスンと匂いを嗅ぐように鼻を鳴らすと、「うっ」
と口元をハンカチで覆った。彼女の反応にカシアンはギョっと目を開いて、自分の衣服の匂いを嗅いだ。
「臭いのは服じゃなくて貴女です。一体今までどれぐらいの「蝶」の血を吸ってきたのか…。血の香り混ざりあって酷い匂い、こんな方は初めてですわ。」
エメはカシアンから離れると大袈裟にもギュッと自身の鼻を摘んだ。色んな香りを混ぜ合わせたら良い匂いがしないように、またカシアンからは沢山の「蝶」の血の匂いがした。エメは「これでは近寄れませんわ。吸血だなんてもっての外。」
と苦そうな顔をして自分の鞄から数個の小瓶を取り出した。
「これは…?」
「私の血が入った小瓶です。それを1日に1度飲み続けてくださいませ。それが無くなった頃にまた来ます。では、
私はもう1件依頼がございますので、今日はこれで失礼します。」
ショックを隠しきれないカシアンをよそに、エメは次の依頼に向かうため応接間を出た。だが屋敷は広く、次の依頼をしてきた青年が中々見つからなかった。歩き回っているとそのうちに迷ってしまった事が何度かあったので、エメは1度立ち止まる。そして先程カシアンに案内を通してくれた執事を見つけたので「あの」と呼び止めた。
「エメ様、カシアン様とのお話はまとまりましたでしょうか?」
「ええ。仮契約を結ばせていただいたのでまたお邪魔いたします。」
「おおそれは良かった。では今日はもうお帰りですね。」
「いえそうじゃなくって、アーサーのお部屋はどちらだったでしょうか。」
「え?」と執事の顔が少し引きつる。執事からすれば、先程カシアンとも契約して来たのにもう違う契約者の元へ向かおうとするのに引いてしまったのだろう。エメが「どうしました?」と尋ねると執事はゴホン、と咳払いをする。
「失礼いたしました。アーサー様のお部屋はこちらでございます。」
「ありがとうございます。」
執事の後ろを着いて行った先、大きな部屋の扉の前で立ち止まる。「こちらです。」と案内してくれた執事に頭を軽く下げて、エメは扉をノックした。だが返事が帰ってくる前に扉が開き、彼女を少し引っ張るようにして中へ招き入れる。
「ああやっと来てくれた。元々契約してる俺より先にカシアンに会いに行ったんだって?酷いじゃないか、エメ。」
継続する条件として必ず譲らない物があった。
「お試しとしてでの仮契約ならどなとでもしておりますが、仮契約でも継続するには条件を出させていただいておます。」
「条件?金の問題か?」
「代金の問題ではございません。私と仮契約をしている「蜘蛛」の魔力使い様達には、私以外の血を飲まないという契約をしていただいています。」
エメが契約を継続する条件は、自分以外の「蝶」の血を吸血しない事である。彼女は「蜘蛛」から自分の血が1番であると評価される事に異常に固執している「蝶」であった。他の「蝶」からの血には目もくれないで、自分の血を最上だと思ってくれる相手とだけエメは契約を続けている。
「君の血だけとは随分と傲慢な契約内容だな。それだけ自分の血には価値があると?」
眉を潜ませ、カシアンはエメを鋭く睨みつけた。それもそのはず、「蜘蛛」が「蝶」複数人の血を吸うことはよくある事なのだ。エメは何人とも契約を結んでいるはずなのに、「蜘蛛」には自分の血しか吸わない事を要求する。その彼女の発言に、カシアンは少しの不信感を覚えた。
「ありがたい事に、ご契約者様にはそう思っていただけております。なんせ私の血は魔力使い様にとって劇薬となりますから。」
「劇薬、か。」
劇薬、という言葉にカシアンは反応する。彼女と契約さえすれば、自分の魔力操作をもっと引き伸ばせるかもしれない。
ただ信用しても良いものかと眉間にしわを寄せた。でも
自分の力を世に示す、最後のチャンスかもしれないと思うと彼は ごくりと唾を飲み込んだ。
「…契約を結ぼう。」
「かしこまりました。それと私は暴力的な人とはお付き合いできません。私を乱暴に扱わない事、他の「蝶」の血を決して吸わない事をお約束していただけますか?」
エメはカシアンの前に契約書を差し出した。「蝶」の立場は「蜘蛛」より下だ。だが血液を提供する以外は「蜘蛛」の要求を聞く必要はない。血を与える事以外の「蝶」の尊厳を守るため、血契者の契約書は存在している。
「…約束しよう。契約している限りは君を大切にするよ。」
そんな事を言いながらも、契約書に向かうカシアンは一瞬の躊躇を見せた。「蜘蛛」にとってエメが差し出す条件はかなり面倒だ。この飲む方がおかしい、おかしいのに、カシアンは何故か、エメの血を飲むことで何かが劇的に変わるのではないかという好奇心にもかられていた。ぐっと下唇を噛んだ後、
彼は契約書にサインをする。
「では次に血印をこちらに。」
エメとカシアンはペーパーナイフで親指を切ると、契約書に
血を垂らす。すると契約書はわずかな光を放ち、小さな蝶の形へと変化する。光の蝶はひらひらと舞い、カシアンの鼻先に止まり、一瞬でぱっと光の粒となって弾けて消えた。
「これで仮契約成立でございます。お試しの期間は1ヶ月、
途中での解約も可能でございます。」
「承知した。それで、吸血はいつから可能か。」
エメは「うーん…」と言いながら少しカシアンに近づく。
そしてスンスンと匂いを嗅ぐように鼻を鳴らすと、「うっ」
と口元をハンカチで覆った。彼女の反応にカシアンはギョっと目を開いて、自分の衣服の匂いを嗅いだ。
「臭いのは服じゃなくて貴女です。一体今までどれぐらいの「蝶」の血を吸ってきたのか…。血の香り混ざりあって酷い匂い、こんな方は初めてですわ。」
エメはカシアンから離れると大袈裟にもギュッと自身の鼻を摘んだ。色んな香りを混ぜ合わせたら良い匂いがしないように、またカシアンからは沢山の「蝶」の血の匂いがした。エメは「これでは近寄れませんわ。吸血だなんてもっての外。」
と苦そうな顔をして自分の鞄から数個の小瓶を取り出した。
「これは…?」
「私の血が入った小瓶です。それを1日に1度飲み続けてくださいませ。それが無くなった頃にまた来ます。では、
私はもう1件依頼がございますので、今日はこれで失礼します。」
ショックを隠しきれないカシアンをよそに、エメは次の依頼に向かうため応接間を出た。だが屋敷は広く、次の依頼をしてきた青年が中々見つからなかった。歩き回っているとそのうちに迷ってしまった事が何度かあったので、エメは1度立ち止まる。そして先程カシアンに案内を通してくれた執事を見つけたので「あの」と呼び止めた。
「エメ様、カシアン様とのお話はまとまりましたでしょうか?」
「ええ。仮契約を結ばせていただいたのでまたお邪魔いたします。」
「おおそれは良かった。では今日はもうお帰りですね。」
「いえそうじゃなくって、アーサーのお部屋はどちらだったでしょうか。」
「え?」と執事の顔が少し引きつる。執事からすれば、先程カシアンとも契約して来たのにもう違う契約者の元へ向かおうとするのに引いてしまったのだろう。エメが「どうしました?」と尋ねると執事はゴホン、と咳払いをする。
「失礼いたしました。アーサー様のお部屋はこちらでございます。」
「ありがとうございます。」
執事の後ろを着いて行った先、大きな部屋の扉の前で立ち止まる。「こちらです。」と案内してくれた執事に頭を軽く下げて、エメは扉をノックした。だが返事が帰ってくる前に扉が開き、彼女を少し引っ張るようにして中へ招き入れる。
「ああやっと来てくれた。元々契約してる俺より先にカシアンに会いに行ったんだって?酷いじゃないか、エメ。」
0
お気に入りに追加
7
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!
158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・
2話完結を目指してます!

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。
鍋
恋愛
男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。
実家を出てやっと手に入れた静かな日々。
そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。
※このお話は極端なざまぁは無いです。
※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。
※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。
※SSから短編になりました。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。

王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる