純血貴族令嬢が示した破れない契約書

凪鈴蘭

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「お前は本当に駄目なやつだなエメ。そんなんだから、お前は誰からも愛して貰えない。」

主である男に、エメはぐしゃり、と頭を踏みつけられる。
その力強さに一瞬目が眩む。そして自分から生暖かい物が溢れていくのを彼女は感じた。…血だ。こんなものに何の価値があって、私はこんな扱いをされているのだろうかと、エメは絶望にも近い感情を覚えた。彼女はここに売られて来た日から、上位の貴族に家畜同然のように扱われて、薄暗い部屋に鎖で繋がれ続けている。監禁同然ように閉じ込められ飼われているエメは、主であるこの男の一生の、奴隷。

「ああ、もったいないもったいない。高貴な血だ、大事にしないと。」
「ひっ…、」

エメの主である男は、彼女の額から流れる血を舌で舐めとる。
男と目が合った瞬間、エメはガクガクと震えて、声も出せなかった。震える口で、何とか必死に謝ろうとする。

「そんな顔しないでくれよ傷つくなあ。忘れないでエメ、
俺はお前を愛しているんだよ。」

薄気味悪く、でも楽しそうに男は笑う。興奮しているようにも彼女には見えた。愛とは、何だっただろうかとエメは考える。暴力で痛めつける事?力で支配すること?もっと、エメが望んでいるのは違うものだった。昔絵本で読んだような、誰かに必要とされて、君が1番だと宝物のように大切にして貰える。それが幸せなのだと思っていた。叶うなら、そんな風に生きてみたいというのが彼女の小さな願い。


「ああ、また昔の夢か…。」

嫌な夢だ。昔の記憶はまだ脳裏に焼き付いているようで、それは夢の中でも時々彼女を苦しめる。エメ・フラヴィ・ケールウィンは跳ねる心臓を深呼吸して落ち着かせた。そして枕元にある銀のベルを数回鳴らすと、すぐに侍女数人が部屋に入って来る。

「お嬢様、おはようございます。」
「おはよう。今日の依頼は?」

屋敷の侍女から毎朝、依頼の内容が書かれた手紙を彼女は受け取る。トレイに乗せられた手紙の封を切って、エメは内容を確認した。今日は仮契約を結んでいる男から吸血の依頼が1件、そして新規の依頼が1件と、書かれている。

「ありがとう。」
「今日は御依頼が2件でございますね。お支度をしましょう。」
「頼みます。」

毎日毎日、エメは人形のように侍女に世話をされる。絡まっていた髪は丁寧にとかれ、貧血と寝不足で少し荒れた肌にはクリームが丁寧に塗り重ねられて行き、まるで無かったかのように美しく整えられる。決して外に彼女の疲れが見えないように、完璧な商品として外に出されるのだ。

エメが生まれたケールウィン家は「蝶」と呼ばれる純血家系だった。ケールウィン家の血は「蝶」の家系の中でもごくごく貴重で大変重宝される。エメは魔力使いへ血を提供する血契者けっけいしゃとしての役目を持つ。これは彼女が生きていく中での義務であった。エメの仕事が魔力使いに血を提供するのと同じように、彼女の侍女の仕事はエメがより多くの魔力使いの顧客を取ってくるように美しく仕上げる事なのだ。
そんなに小綺麗にしていただかなくともきちんと仕事はしてくるのに、とエメは鏡越しにぼんやりと考えた。

「仕上がりました。本日はどちらへ?」
「スピレネット家まで。今日は2件ともそこなの。」
「素晴らしいですわ。序列2位のお家からもお声がかかり続けるだなんて。さすがはケールウィンのお姫様ですわ。」

支度を終えた侍女は美しく着飾られたエメを満足そうに見つめる。「蝶」の家系に生まれた人間がどういう人生を送るのか、知らない訳でもないだろうに白々しい。そう考えると、
彼女はまた昔の記憶を思い出しそうになって、首を振った。

「行ってきます。」

馬車に一時間程揺られて着いた先は「蜘蛛」の家系序列2位と
言われるスピレネット公爵家だった。「蜘蛛」とは魔力使いの家系の代表であり、職種は様々であるがこの世界で唯一魔力を使役できる存在である。エメのような「蝶」の家系は「蜘蛛」の家系に血を提供するためだけにある。血を媒介して魔力を分け与え、時には契約を結び、対価を得る。そうやって
「蝶」の家系の人間は生きているのだ。

「なあ、あれってケールウィンの蝶か?」
「ああ、アーサー様と仮契約してる子だな。」
「じゃあ、あの子があの?」
「そうそう。誰とでも契約するっていう噂の。純血貴族の
ケールウィンだから出来る芸当だけど、可愛い顔してとんだ尻軽だよな。一体何人と契約していくら貰ってるんだか。」
「娼婦が何人とも寝て金貰うのと変わらないだろ。血を分け与えるだけでお貴族様きどれるんだから、いい商売だな。」

エメが通る度似たような噂話が飛び交う。でもそれを彼女は気にも止めなかった。必要とされるために己を差し出し続ける、それしかエメは出来ない。知らない。それが悪いことだとも思っていない。だから尻軽だの売女だの言われようがそうやって生き続けるしかないのだ。昔も、今も。

「ケールウィン家のエメ様でいらっしゃいますね。奥でカシアン様がお待ちでございます。」

廊下を真っ直ぐ進んだ先で、スピレネット家の執事がエメを待っていた。その言葉に頷くと、扉を開けた先へ案内をされる。扉を開けた先には応接間があり、そこに1人の青年が足を組み腰掛けていた。

「よく来られた、急な依頼申し訳ない。私が今回貴方に依頼をしたカシアン・バジル・スピレネットだ。」

申し訳ないと言いながらも、彼がエメに向けてきる視線は刺さるように冷たかった。その視線に彼女の頬には冷や汗が流れる。だが出来るだけカシアンと目を合わせるようにして
エメは膝を折った。

「御依頼を受けて参りました。エメ・フラヴィ・ケールウィンでございます。」
「貴殿は優秀な血をお持ちなのだとか。」

そうカシアンは笑うが、目は冷たいままであった。その笑顔に、エメの背筋には悪寒が走る。

「それで?君は誰とでも契約を結ぶのか。」









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