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しおりを挟む私の悲鳴を聞きつけたのか、何人かの使用人達が急いで私の部屋に来てくれた。
その使用人達は、ドアを開けるなり驚きの表情を浮かべていた。
「お嬢様!!」
私の専属侍女であるチアラは、自分が濡れることもお構いなしにバシャバシャと音を立ててベッドで
震える私の所まで歩いて来る。そしてぎゅっと、落ち着かせるように私を抱きしめてくれた。
「お嬢様。お怪我は?」
「ない…ないです。ごめんなさ、私にもどうしてこうなっているのかが分からなくて、」
「謝ることなんて何もないです。ですが、これは一体?昨晩は雨も降っていなかったですし、誰かがお嬢様の部屋に侵入した形跡は…この水溜まりでは分かりませんね。」
「そう、ですね。あの、夫人に報告をお願いします執事長。夜も明けきらぬ間からごめんなさい。」
部屋を見渡し唖然としていた執事長にそう告げると、「とんでもございません」と頭を下げ、公爵夫人を呼びに行ってくれた。私が震えていると、それを見かねたチアラが私を軽々と持ち上げた。
「とりあえずこの部屋から出ましょうお嬢様、お体が冷え切ってしまっていますわ。フォレスティンヌ様へのご報告は別室でも出来ましょう。」
「ええごめんなさい、チアラこそ足元が濡れて体が冷えてしまうわ。」
「そんなことお気になさらないでください。今はお嬢様の不安を減らすのが最優先ですもの。」
「ありがとう。」
私は別室に移動し、体を温めるために少し厚めの服を着せてもらい、温かい紅茶を口にいれた。
「ふう」と息を吐き、心を落ち着かせようと努力した。でもその努力も虚しく、身体はカタカタと
震えるばかりで落ち着きを取り戻してくれない。
するとしばらくして、部屋の外から夫人とレシュノルティアの声がした。少し何かを言い争っているように聞こえる。
「ジェンティアナ!」
「れ、レイ…、」
部屋に入ってきたレシュノルティアは震える私を見つけると、ハッと目を見開く。その時の彼は、何やらショックを受けたような顔をしていた。そして、壊れやすい物を扱うような手つきで、私を抱きしめた。
「何があったんだ、話してほしい。」
「えっと…、それがよく分からなくて。」
「わからない?何か君の体に異常が起きたのではないのか。」
「その、朝起きたら突然、」
朝起きた時自分の体は冷めきっていて、どこからかともなく現れた水がしたたり落ちる映像を思い出せば、じわじわと背筋が凍る。それを思い出すだけでも顔がどんどん青ざめていくのが分かって、言葉に出して説明するのは勇気がいって、もっと怖くなっていった。
「レシュ、まだジェンティアナはそれを説明できるほど落ち着つけていないわ。」
「母上、」
部屋にフォレスティンヌが到着したみたいだ。そして、慌てる息子に私の青ざめた顔を見て首を振る。そして私に対して、何だか申し訳なさそうな表情をしていた。
「あとのことは私に任せて頂戴。貴方は学院に向かう準備を、」
「そんなっ、婚約者が大変な時に学院になんて行っていられません。」
「心配なのはわかります。ですが研究室を与えられている者が学院を休むのは感心しませんね。それに、貴方が休めば生徒会の皆様にもご迷惑をかけるのではなくって?」
「それは…、」
「分かったら学院に戻りなさい。」
「…はい。」
レシュノルティアは夫人の言葉にうなずくと、私の手を握った。そして、「僕がついている。」と
言葉を投げかけて、部屋を出て行く最後まで私を心配そうに見つめていた。
「不安だろうに、一緒にいさせてあげられなくてごめんなさい。」
「いえ、シュノルティア様はご学業を優先された方がいいと思いますから。」
「そう…。落ち着いたらでいいわ、話をさせてちょうだい。」
「大丈夫です夫人、私に精霊憑きの事を、教えてください。あの時皇女殿下と目を合わせるなと言ったのは、精霊憑きについて知っている事があるからですよね。」
「ええそうよ…私も精霊憑き。何から話すべきかしら。ますはごめんなさい。娘のように大切にしている貴方が、皇女殿下にあんな目に合わされて、本当に悔しい。分かってしまったと思うけれど、貴方は精霊憑きといった人種。
生まれ持ってのその魂が、精霊に愛されているのよ。」
「生まれ持っての、魂…。」
そんな乙女ゲームの主人公みたいな力が本当に私に…、と驚く。でも、決して楽して手にいられる力ではないのだともう悟っていた。アルテミシアが言っていた"夢"は、少しまともな夢では無かった。怖いとか恐ろしいとか、そういう次元の問題ではない。何やらアレは精神的に直接語りかけてくる何かがあり、大した夢ではなくても何回も見たら精神崩壊を起こしそうだった。肌に触れる雪の冷たさ、その中一つも動かない身体、狼に、首に噛みつかれる感覚もそうだ。全てがリアルで、全てあの夢を現実に通り歩いてきたみたいだった。
「そう。生まれ持っての魂…素質。精霊憑きは精霊に
認められたなら、魔法や魔術を超えた力を使うことだってできる。」
「精霊に認められたなら、ですか。そのためには何を?」
「正確な方法があるわけじゃないの。どんな精霊に好かれているのかとか、精霊が個人に憑いている経緯、理由など
皆違うわ。だから本当に精霊によるのよ。だから成功した者がしたことを実践したって、上手くいくとは限らない。」
「憑いている理由だけでなく経緯なども関係する、と。ちなみに、経緯というと例えばどのような物が?」
「そうね…親族に憑いていた精霊が自分にそのまま、とかね。遺伝じゃないけれど、血縁ゆえに魂が似ていて、そのまま好かれる事があるわ。イフェイオン子爵、あの人は違うわね。普通の人間。貴方母親はどなた?子爵夫人を見たことがないわ。」
「私は、母が誰なのかも知りません。生まれた時から
いない存在で、」
「…そう。でも、調べておいてもいいかもしれない。
精霊は以前仕えていた人間の名前に反応することがあるから。それが精霊に近づく一歩にもなる、というケースも
あると報告がされているわ。」
「私の、お母様……、ですか。」
それを知るには、あの私に毎日暴力を奮っていた父親の元へ帰る必要があった。それも少し怖くて、下唇を噛むと、それに気が付いた夫人は私の肩に手をやる。
「ジェンティアナ、貴方が父親に暴力を振るわれていた事は知っています。今の精神状態でイフェイオン子爵邸に向かうことは、今の貴方にとってよくないわ。」
あの日以来、父には会っていないが今も自分にとっての恐怖の対象である事は変わらない。私を殴って、けなして、
ずっと傷つけてきた人だ。会うのは、話すのは、怖い。だがいつまでも部屋にこもって震えているわけにも
いかなかった。学院に通うレシュノルティアに心配をかけ続けるのも不本意だ。だから、行くしかない。
「いいえ夫人。私、イフェイオンの領地に帰り母やその他の親族について聞いてきます。馬車の手配を、お願いいたします。」
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