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しおりを挟む※今回の話はレシュノルティア視点で描かれています。
「いいじゃない。ジェンティアナ、だったかしら。」
まだ僕が幼く、ジェンティアナの扱いをどうするかを父ともめていた時、夫人である母がそう言った。
最初は母も、子爵家の娘を次期公爵夫人にするのは難しいと言っていた。だのに、彼女の、ジェンティアナの
瞳を見た瞬間、「いいじゃない」と口にした。
「ティンヌ、だかしかし…、」
「あなた、この子は精霊憑きよ。使い道はある。」
そんなことを、母が言っていたことを思い出した。でも、彼女が精霊憑きであることは、彼女に
言ってはいけないのだという。そして、母が呼んだ精霊憑きというのがどういうものなのかも
分かっていなかった。ただすごいものなんだろうな、くらいにしか考えていなかった。
僕が初めてジェンティアナの精霊憑きとしての力を見たのは、まだ彼女が学院に在籍していた
中等部の頃だった。ジェンティアナは校舎裏でぐったりとしており、口からは血を吐いた痕跡があった。
精霊憑きは、その魂により精霊から魔力を借りることができる。だが彼女の場合はそれは無意識だった。
魔力欠乏症になれる人間なんてまずいない。自分の魔力を限界まで使い切ったらそれまでなのだから。
それ以上も以下もない。であるのに、ジェンティアナの場合はそれを無視して、精霊からの力を借りることが
できた。でもそれはズルや反則といった行為にあたらない。精霊に憑かれていることも、才能のうちの
一つだからだ。
だが自分に無頓着な彼女はそんな事実にも気が付かず、無理に無理を重ねて精霊に魂を吸い取られそうに
なっていた。精霊に力を借りすぎると、その体は精霊に近しいものとなってしまうのだ。
ジェンティアナの体はあの時、掴めぬ水のようにドロりとしかかっていた。だがそれは意識がしっかりと
していればどうにかなるものらしく、そうなる事態は回避できた。
「母上、ジェンティアナの力とは一体…!精霊憑きとは一体何なのですか!?」
母である、フォレスティンヌに尋ねた。すると母は、少し冷たい目で僕を見つめた。
「…ジェンティアナの、彼女の力を見たの?」
「体が、水のように透けていました。危険な力なのではないですか?」
「そう。いいわ、教えてあげましょう。」
そう母に言われ、着いていった先はとある村だった。そして、馬車から一人の女を見た。何やら
何もいない所に話しかけ、歌っているだけのように見える。だが、その女は何もせずに、魔法も使うこと無く畑仕事をちゃっちゃと終わらせた。
「あの少女は今、精霊を使役していたの。ちなみにあの子も精霊憑きよ。」
「精霊憑きとは、もっと大きな力を持っているのではないのですか?」
「それは本人の魔力量によるわ。これは簡単な例としての説明だからね。あの子は
精霊の夢から覚めることができた成功者の一例よ。魔法みたいに農作業を終えていたでしょう。」
「…では、失敗することもあるのですか?」
「…そうよ。失敗すれば、悲惨な目に合うの。」
そう、母が言った通りだった。精霊憑きは、ある時期になると夢を見るらしい。その夢が、どんなものか
などわからないが、人格が破壊されるような夢だと、母は言った。そしてその夢から無事に帰ってこられた時、
本人の力は覚醒を迎えるという。だが、帰ってこれなかった場合は…、
「あは、あははっ、見てパパ!ちょうちょがとんでいるの、かわいいねぇっ!」
「…っ!!」
そう叫んでいたのは、ちょうちょが飛んでいると喜ぶような年頃でない女だった。目には生気がなく、
口からはよだれをたらし、木の枝を持って野原を走り回っていた。はたから見たら、ただの異常者のように
しか見えなかった。
「…、あの娘は夢から帰ってこれなかった。だからああなっている。精霊の夢から覚める事ができないと、その資格無しと精霊から見放され、正常な心を奪われてしまうの。」
「母上、あれは…、」
「ああなってしまっても、帰ってこられるケースもあるわ。でも、ほとんどの人間が返ってこれないのよ。精霊の夢は、自覚している者にだけ現れる。ねえレシュ、ジェンティアナは学院で優秀だし、このままなら一位で卒業を狙えそうなんでしょう?だからね、気づかせないであげてね。」
「……、はい。」
「お前の大切な子に怖い思いをさせる予定がなさそうで、安心しています。
ジェンティアナが賢い子でよかった。」
それだけ言って、母は僕とは目を合わせなかった。
馬車の窓越しだが、申し訳なさと、悔しさのようなものを抱えた表情が見えた。
後から知った話だが、母は精霊憑きで、昔神殿に仕えていた時期があるという。だが、彼女は神殿が嫌いだ。
近寄ろうともしないし、時々公爵邸に来る連中にも、たまに「帰ってください」と声を荒げている。
「…いい、レシュノルティア。絶対、あの子を皇女殿下と会わせてはなりませんからね。」
「それは、ジェンに自覚が訪れてしまうからですか。」
「そうよ。皇女殿下は神殿の人手不足から今精霊憑きを友達のように欲しがっています。
確かに覚醒を迎えれば、大きな力が使えるようになるでしょう。…でも、帰ってこれなかったら、」
心配そうに、いや怯えるように震える母の手を握った。
母はジェンティアナに気づかせない道があるなら気づかせまいと、彼女の才を認めた。だが、最近になって精霊の力を使える神官が人手不足になり、皇女が精霊憑きを探し回っているという。その存在に、母は酷く脅えていた。
「分かっています。皇女殿下と彼女が言葉を交わさぬよう、僕がついていますから。」
「おねがい、おねがいよレシュ…。ああ、こんな事にジェンティアナを巻き込んでしまう
かもしれないのがこんなに恐ろしいだなんて…。皇女殿下が精霊憑き探しなんてしなければ、ジェンティアナは
もっと安全に…、」
母は、過去の昔を責めているように見えた。でも、僕もあの日見たのだ。精霊憑きの行きついてしまう
かもしれない未来を。だから、公の場に初めて出る彼女を、絶対に守らねばと心に決めていた。とにかく、
何が何でも皇女とジェンティアナを会わせてはいけない。
ダンスを終えて、まあまあの注目を浴び切った頃、皇女がこちらに近づいてきていることが分かった。
周囲が道を開け始めたからだ。
「…少しあちらに行って涼もうか。疲れただろう。」
「そうしましょうか。」
周りのざわつきがジェンティアナは気になったようだが、それを無視してざわつきの反対方向へ向かった。
するとおかしな事に、皇女は僕たちの真ん前に姿を現した。
「!?」
「ごきげんよう、アスクレピアス小公爵、イフェイオン子爵令嬢。」
「……帝国の華にご挨拶申し上げます。」
「ごきげんよう皇女殿下。帝国に咲く花にご挨拶申し上げます。」
こちらに微笑んでくる彼女に、僕とジェンティアナは深々と頭を下げた。
「ありがとう。ねえ小公爵様ったら、必死に慌てて私からその子を遠ざけるみたいにしてどうしたのかしら。
何か隠したいことでも?」
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