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会場に入った瞬間一斉に視線がこちらに集まった。
やはり品定めを、されている。容姿、家柄、歩き方まで
すべて、私がアスクレピアス公爵家に嫁ぐに相応しい女なのか。ジロジロと周りから悪い視線から良い視線まで集まると理解していたが、やはり背中がビリビリする。

でも怯まない、怯えたりもしない。にこりと完璧に作られた淑女の笑みを1ミリも崩さない。そして空気に呑まれるな、自分の身分に屈するなと、今よりももっと胸を張った。私は子爵令嬢という下位の存在から、ここまで上り詰めた。そんなこと、誰ができる。成し遂げたのは誰でもなくこの私。今までトップであり続けた私の血反吐を吐く程の努力は、今このために。

「ジェンティアナ。」

「はい。」

「…全く緊張していないように見えるが、大丈夫か?」

「緊張していませんもの。ご心配なさらずに。」

微笑みをレシュノルティアに見せると、彼は何故かハッとしたような顔をする。それに少しだけ首を傾げた。

「いや、社交慣れしていない君が僕より堂々と振る舞うから驚いたんだ。すまない。では僕は、今夜の主役が君になるよう、力添えさせてもらおう。」

「ありがとうございます。」

と、言ったところで周りが1度ざわつき静まり返った。
皇族の方々が到着されなのだろう。目をやると、皇帝と皇后、その後ろには皇太子であるイーシアスと、第一皇女であるアルテミシア=メイヴ・アルカンディアが控えていた。

「…珍しいな、皇女殿下がこういった場にいらっしゃるのは。」

「あら、そうなのですか?」

「ああ。彼女は精霊妃だからあまり公の場には出ないんだ。」

「なるほど。」

この国の第一皇女、アルテミシアは皇太子であるイーシアスの双子の姉としてでも有名であるが、彼女は精霊憑きといって、生まれつき精霊に愛される魂の持ち主である故皆に知られている。その魂からか帝国を守護する大精霊に見初められ、何れはその精霊の妃になるという。その精霊に嫁ぐのはまだ先と聞くが、それがアルテミシアが"精霊妃"と呼ばれる所以であった。

「学院生徒諸君、そして学びに生きる子供たちを支える者よ、よく集まってくれた。」

『アルカンディアに栄光と祝福を』

皇帝が席につき、スっと手を挙げると皆膝をおって彼らに平伏する姿勢を取り国を称える言葉を
口々にした。

「学院生諸君、貴殿らはこれからも勉学に励み、その力がゆくゆく帝国の役に立ってくれることを願う。
そして学びを支えてくれる人間に、これからも感謝をし続けその者達のためにも結果を残せるよう精進
してほいい。学院を支える者らには、どうか学びに生きる子らの未来が輝かしいものであるよう、支え
これからも見守ってやって欲しい。私からは以上だ。」

淡々とした挨拶だったが、学院生なのであろう子供たちの目はキラキラと輝いていた。彼の、皇帝としての
実績が大きいのだろう。生徒の中には帝国の役に立ちたいと本気で思っている者も多い。
その点私は好きな人と結ばれる事のために何人も蹴落としてきていたため、煩悩というかなんというか。
複雑である。

皇帝の挨拶が終わると、ホールに音楽が鳴りだし周りもがやがやと賑わいだした。
こういった社交の場は初めてなので、まずはじめに何からすればいいのかと迷う。別におしゃべりをしようが
踊ろうが食事をしようが勝手なのだが、心の中でだけキョロキョロとしてしまう。

「最初の方に踊ると疲れるだろうし、ダンスは最後の方にしようか。何か飲み物をもらいにいこう。」

「あ、はい。」

笑みは崩していないものの固まってしまった私にレシュノルティアは気を遣ってくれた。
彼のエスコート通りに歩き、使用人から飲み物を受け取った。飲み物を一口口にいれ、小さく息をついた。

「あ、これおいしいですよレシュノルティア様。」

「へえ、どんな味…、」

と、彼が言いかけた所でこちらに手を振る貴婦人の姿が目に入る。アスクレピアス公爵夫人、
レシュノルティアの母のフォレスティンヌだ。彼女は赤くよく似合ったドレスをヒラヒラとさせて
こちらに向かってくる。彼女の夫の公爵も一緒だった。

「レシュ、ジェンティアナ!まあまあ二人ともかわいらしいこと。我が息子ながら
ちゃっかりしてるわぁ、色揃えのドレスを贈っているだなんて。」

「フォレスティンヌ、二人の時間を邪魔してやるな。」

きゃっきゃとはしゃぐ夫人に、「ふふ」と笑った。だがレシュノルティアは二人に「あっちに行ってくれ」
という目線を静かに送っていた。がそんなことも夫人はお構いなしらしい。でも二人の時間どうこう以前に、
二人の後ろには声をかける待ちの貴族たちが何人か伺える。ここはこちらから引いた方がいいだろうか。

「レシュノルティア様、そろそろ踊りませんか?」

「ん、そうだな。という事で母様、失礼しますよ。」

「やぁんレシュったらジェンティアナをさっそく独り占めしようって言うのね!
あんまり独占欲が強い男は嫌われるわよ、この人みたいに。」

彼女が公爵を指でびしっと指すと、彼は慌てふためいていた。「ほ、本当なのかティンヌ」と
いつもの重々しい威厳を放っている公爵とは思えぬ程に焦りを見せている。

「あ、それとジェンティアナ。」

「はい。」

夫人は公爵の事などお構いなしに、小さく私の顔を掴んで囁いた。先程までおちゃらけていた表情は
どこへ、と言いたくなるほど、彼女の美しく黄金に光る眼が、ふくろうのようにしっかりと私を見つめて離さなかった。

そして夫人の目と自分の目がしっかり合った時、自分の体の中に何かがビリビリと走る。
その感覚に驚いていると、さらに顔が近づけられて肩がびくりと震えた。

「今夜、皇女殿下と目を合わせてはなりませんよ。こんな風にね。」

「え?」

「私のお願い、ちゃんと聞いてくれるわよね。」

「……、はい。夫人のおっしゃる通りに。」

「いい子だわ。さ、行ってらっしゃい。間違いなく、今夜の主役は私の可愛い娘なんだから。」

トン、と背中を押されレシュノルティアと私はホールの中心部まで歩いて行った。だが、
彼女の忠告とあの時体に走ってしまった電撃のようなものが何かひどく、私の心をざわつかせた。











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