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47.
しおりを挟む「あのレシュノルティア様、これはですね…。」
「…守ってやれなくてすまなかった。大丈夫か?」
レシュノルティアは頬を誰に打たれたか聞く前に、
私の身を案じてくれた。そしてまだ腫れて熱が残る頬を慈しむように優しく撫でてくれるから、思わず安心して、私は彼の手に自分の手を添えて軽く握る。
「…はい。」
「よかった。さて、誰がやったのか詳しく聞きたい所なんだが、その前にその頬の治療だな。」
レシュノルティアが私の頬に小さく口付けると
細かくキラキラとした粒子が私の頬に集まり、
そして腫れを治して行った。もう痛みもない。
「ありがとうございます。」
「構わないさ。…では、本題に入ろうかジェン。
誰にやられたか正直に言いなさい。転びましたとか見え見えな嘘吐かしたら、本気で怒るからな。」
先程の温かさとは一変、まるで部屋全体が
凍りついてしまうような冷気を彼から感じた。それに苦笑いをして冷や汗をかきながら、にこりと笑ってみる。だが彼はそれに応えてくれず、"早く吐け"と言わんばかりの睨みを効かせてきた。
「…ドロッセル侯爵家のジュリエット様です。
あの方、随分とレイにご執心ですのね。身分不相応だと言われて急に頬を叩かれましたのよ。驚いてしまいましたけど、私にもやれる事がございましたのできっちり教師としての指導をさせて頂きましたわ。」
思い返せば、人の努力も知らずにいきなり頬を
叩きやがって…と怒りが込み上げてきた。だから
レシュノルティアに報告している途中で、少し苛立ちが出てしまっていた。
「さすがは万年首席様、上手くやったな。だが
醜態や公爵家の名に関係なく、身の危険を感じたらすぐ逃げること。いいな?」
「かしこまりました。」
確かに少し危ない状況だった。素直に貴方の言葉に従います、と言うように私は彼に丁寧に頭を下げる。それにレシュノルテイアは頷くと、小さくため息をついた。
「ドロッセルねぇ、やってくれるじゃないか。この件は父上にも伝えなければならないな、正式に抗議させて貰おう。」
「えっ、そんなに大事にされなくても。」
「駄目に決まっているだろう。相手が侯爵家だから許されたと付け上がる。フン、次の学院創立記念パーティーの時にでも釘を刺してやらんとな。」
イーシアスにここに連れて来られる前、考えていた。私もいずれアスクレピアス公爵家の一員になる者として、他の家の人間に舐められる訳にはいかない。身分不相応、釣り合っていない、そんなの知っている。だから次のパーティーで見せつけてやるのだ、私が持つべきものを持って彼の婚約者になったと言うことを。
「……大丈夫ですわ。その釘なら、私が刺させて頂きますから。」
「何をするつもりだ?頬を打ち返すつもりなら
目を瞑るが。」
「そんな生易しいものじゃありませんわ。私が貴方の婚約者として身分不相応、というのは承知ですが相応しくないと言われっぱなしでは悔しいではありませんか。」
「つまり?」
私はレシュノルテイアの手を引っ張って、少し強く握った。そして目をぱちくりとさせて驚いている彼の瞳をじっと見つめて、にたりと笑った。
「ねえレシュノルテイア様、パーティーでは私の我儘に付き合っていただけませんか?私の身分はどうにもなりません。けれど、貴方の婚約者として相応しい力を持っていると、周りに証明させてくださいませ。」
「…ほう?何をする気なのか気になるな。」
「なに、少し高度なダンスリードをさせていただくくらいですわ。」
「無茶をしないと約束するなら許可しよう。」
「お約束いたします。」
そう言って私がまた笑うと、レシュノルテイアは
苦笑いをして、「分かった」と頷いてくれた。
そして自分で言うのもなんだが、自分自身の度胸と
やる気に今驚いている。前まではヒロインが~乙女ゲームが~と嘆いていた私が、さっき胸を張って、
彼の婚約者として認められるべく動いた。
自分でレシュノルテイアの隣に生涯居続ける事を決心した事も影響しているのだろうが、恐らく今こんなに胸を張れるのは、イーシアスと少し話して昔の事を思い出したからだろう。彼と積み重ねてきた努力には、私が命まで危険に晒して得た成果には、少し無茶をしたものの自信があるし胸も張れる。
「…少しの間に変わったか?やる気満々じゃないか。」
「ええ。自分で覚悟を決めたこともありましょうけれど、何でしょう。殿下と話して少し昔の事を思い出したからかしら。」
「それは何とも妬けるね。…おっと、そろそろ
昼休みが終わるな。ジェンも授業があるだろうし、お互い授業に戻ろう。朝も言ったが、今日も公爵邸に帰る。待っていてくれ。」
「はい、お待ちしております。」
そして授業後、私は先に公爵邸でレシュノルティアの帰りを待っていた。そう言えば、ドレスをプレゼントしてくれると言っていたか。彼からプレゼントをもらうなんて、何年以来だろう。私はソワソワとした気持ちを落ち着かせるために、お茶を飲んだり読書したりしてとにかく気を紛らわした。そしてもう日が暮れる夕方、やっと彼が帰ってくる音がする。
「おかえりなさいませ、小公爵様。」
「ただいま。ジェンティアナは?」
「お嬢様でしたら庭園の方に…あら。お嬢様の方からいらっしゃいましたね。」
庭園にいたのが、馬車が近づいてくる音がしたので
自然と玄関まで小走りしてしまった。そしてレシュノルテイアの顔を見ると、少し顔がぱあっと明るくなる。普段彼は学院の寮住まいなので、最近は
滅多に公爵邸に帰ってこなかった。だから、おかえりと言えることが少し待ち遠しかった。
「お、おかえりなさいませレシュノルテイア様。」
「出迎えかい?ありがとう。」
「久しぶりに玄関で貴方様を見たものですから、
嬉しくて。ま、まあここは私の家ではないのですけれど…あは。」
照れ隠しをするように笑うと、レシュノルテイアは私に何とも言えぬ暖かい笑みを零して、頭を撫でてくる。
「何を言う、ここはいずれ君の家だぞ。ただいまジェンティアナ。さっそくで悪いんだが、こっちへおいで。パーティー用に僕が君に選んだドレスを
早く見せたいんだ。」
「私も楽しみにしておりました。ありがとう、レイ。」
ー同時刻、皇宮ー
「イーシアス、次のパーティーで着る服はもう用意していますの?」
「当たり前だろ、姉上じゃないんだから。」
同時刻皇宮にて、イーシアスとその双子の姉、皇国皇女であるアルテシミア=メイヴ・アルカンディアは
アフタヌンティーをテラスで楽しんでいた。
「まあ失礼しちゃう。私だってもう用意していますわ。」
「珍しいじゃん、姉上マイペースだし。」
「ひどぉい。まあそのせいでお友達がいないのよね~多分。ねえ、貴方女の子の友達いたじゃない。私に紹介なさい。」
「誰だよそいつ。」
「えーと、名前は覚えていませんの。確かほら、中等部の時の貴方のお気に入りだった…、」
「は!?べっつに気に入ってなんかねーし。
…ジェンティアナだろ?ジェンティアナ・レ・イフェイオン。イフェイオン子爵家令嬢で、アスクレピアス小公爵の婚約者で万年首席様だった奴。」
「そうそうその子ですわ!でも、学院で見かけたことがあるだけで夜会やパーティーには一度も顔を出している所を見たことがないの。だから次も来ないかしら、残念ね。」
上機嫌だったアルテシミアの顔がしゅーんと気分を
下げて行った。それにイーシアスはため息をついて、彼女に付け足しを加える。
「残念に思わなくても次は来る。小公爵の婚約者にまでのぼりつめたんだからよ。」
「まあ本当ですの?嬉しい、私一度あの子と話をしてみたかったのです!」
「…何でまた姉上があいつと?」
「何でって、だってあの子私のお仲間ですから。
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