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しおりを挟む「誰にやられた、だなんて言われましても、魔法学の授業で失敗してしまっただけですわ。」
「魔法学でジェンティアナが失敗してるとこなんて見たことがねえ。三年間魔法学の授業でペアだった奴につく嘘にしては、ちょっと無理があるんじゃねえの。」
確かに私とイーシアスは、魔法学の授業でのみいつもペアを組んでいた。故に、彼には実力も力量も全て把握されているし、魔法学の授業で失敗して怪我をしました、なんて言うのは少し適当な言い訳すぎたかもしれない。
「…はあ、そうですわね。」
「露骨に面倒な顔すんなって。一応心配してるんだけど。」
「それは嬉しいのですが、どの方の手も煩わせるつもりはございません故放っておいて下さいませ。あとそれと、お言葉遣いもちゃんとしてくださいね。」
にこりと笑ってその場を去ろうとすると、腕を掴まれる。「何を…、」といって彼の顔を見ると、あからさまに怒っている事が分かった。何故イーシアスが、私に向かってそんな顔をするのだろうか。授業でずっとペアを組み続けた相手なので仲間意識みたいなものはあっても、私達は”友人”と呼べるほどの関係ではないはずなのに。
「どいつの手も煩わせる気もないって、それってあいつにも言わないつもりってことか?」
「ええ。私なんかとは違ってあの方はお忙しいはずですから。」
あいつ、とはおそらくレシュノルティアのことだろう。大丈夫、今日だって少し危なかったが何とかなった。レシュノルティアは臨時講師なんかの私と違って、研究室を一室もらっている故にそれなりの学習成果を出さなければならないだろうし、次期公爵としての後継者教育だってある。そんな人に、ただ生徒に平手打ちをくらっただけで手を煩わせるなんて、あってはならない。
「あ?…まあいいや、午後は何か授業持ってるのかよ。」
「何故そんな事を聞くのかは分かりませんけど、午後からは何も。それがどうかしましたか?」
「そりゃ丁度いいな。」
「え?あ、ちょ…!」
イーシアスは私の腕を掴んだまま、ずんずんと歩き出した。痛いほどではないが強く掴まれた腕を振りほどくことができず、私は彼の後ろをついて行くしかなかった。何度か「離してください」と言ったものの、イーシアスはずっと無言のままだった。
「殿下、いい加減に離してください!どこに向かっているのですかっ、」
「お前が自白するしかない奴がいる所。ちゃーんと対策とってもらっとけよ、お前賢いけど容量はあんまよくねえんだからさ。」
「さりげなく失礼なこと言わないで下さい!って、自白?ちょっとどういうことか分からないんですけど…、」
と、言った所で、見覚えのある部屋の前に着いてしまう。その瞬間に、頬に冷や汗が伝った。…まさか自白しないからってレシュノルティアの研究室に連れてこられるとは、思わないじゃないか。青くなった顔でイーシアスの方をゆっくりと見ると、フンと鼻で笑られ、悪魔のような微笑みを向けられる。
「で、殿下…?あのここって、もしかしなくてもレシュノルティア様の研究室です、よね?い、嫌です!!絶対迷惑かけたくありませんので!」
「ここまで来たらもう諦めて大人しく全部話して来いよ。今日何があったかは知らねえけど、今日と同じ奴に次どんな目に合わされるかなんて分かんねえだろ。そこんとこちゃんと対策できるのは、無茶ばっかりするお前じゃなくて公爵家なんだからさ。」
「…でも、」
扉の前でたじたじと困っていた所で、私達の話声に気が付いたのか、部屋の主がドアを開けてくる。部屋から出てきた白衣姿のレシュノルティアは若干疲れた顔をしていて、私達を見ると驚いたように目をぱちくりさせる。が、イーシアスが私の腕を掴んでいる事に気が付くと、いつも優し気な瞳を尖らせた。
「…殿下、何用かは知りませんが、俺の婚約者から手を離してもらえませんか。」
「あ?こいつが何があったか言うの渋ってたから無理矢理連れて来たんだよ。おら。」
「ひゃっ、」
イーシアスは喧嘩腰のような姿勢をとるレシュノルティアの胸に、私を軽く突き飛ばした。そして抱き留められた私の顔を近くでみた彼は、大きく目を見開いていた。私の右頬が赤く腫れていた事に気が付いたのだろう。それに私は何だかばつが悪くて、レシュノルティアから顔を少し逸らしてしまった。
「ちゃんと誰にやられたか吐かせて、対策とってやれ。何があったかは知らねえけど、多分さっきこいつは危険な目に遭ってる。」
「そういう事でしたか。…婚約者が世話になりました。そうさせてもらいます。」
「変な牽制してくるなっての、大丈夫だよ。俺はそいつに、公爵夫人になってもらわねえと困るだけだからさ。」
「「…?」」
イーシアスの不自然な台詞に、私とレシュノルティアは首を傾げた。公爵夫人になってもらわなきゃ困る、とは一体どういう意味なのか。私がいずれ正式な公爵夫人となったら、皇帝となる彼に何か利益をもたらすことがあるというのか。
「じゃあなジェンティアナ。どんな悪意にさらされても、潰されるんじゃねえぞ。」
「……はい。」
その時向けられた鋭い眼光は、私に何かを求めているかのようだった。だが、イーシアスが私に何を求めているかだなんて見当もつかないのに、思わず「はい」と口に出してしまう。去って行く彼の後姿をただ呆然と眺めていたが、今はレシュノルティアに抱き留められている状況であることを瞬時に思い出し、何だか急に冷や汗が止まらなくなった。
「…で、それは一体誰にやられたんだ?まさか魔法学の授業で失敗しました、だなんて嘘はつかないよな、ジェン?それと、殿下に連れてこられなかったら報告する気が無かった件も詳しく聞こうか。さ、お入り。」
「あ、いえその…、」
「ん?」
「いえ…はは、あー、…お邪魔、します……。」
次回はレシュノルティア視点、イーシアス
視点での過去番外編を2話続けて投稿します。読んでいただけたら幸いです!🙇♀️
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