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「はは、あまり過保護になりすぎるのはよろしくないな。ジェンが学院にいたころは近くにいれなくてあまり実感が無かったが、本当に優秀な生徒だったからな君は。」

レシュノルティアは困った様にくしゃりと笑うと、また私の頭を優しく撫でた。それに私も、少し誇らしげに笑って見せる。

「ふふ、お褒めに預かり光栄です。」

一応守られるばかりのか弱い存在でないことを証明できた所で、午後の授業が始まる前の予冷が鳴る。その音で午後からの授業の準備が中途半端にしか終わっていなかったことを思い出し、私は少し小走りで研究室を飛び出した。

「ごめんなさい、私授業の準備がまだ少し終わっていなかったんでした!それではえっと…ミスターアスクレピアス、授業に遅れないように!」

「……、ふむ。生徒扱いされるのも中々悪くないな。」


そんな事をレシュノルティアが呟いている間に、私は大慌てで授業の準備を終えてレッスンルームに入ろうとしていた。そしてそれを、高等部の教員であるブローチを付けた教員に引き留められる。

「あ!すみません、中等部のダンス講師の先生でしょうか?」

「え?ええ、そうですけれど…。」

高等部の教員が私に何の用事だろうか。何だかひどく焦って、申し訳なさそうな顔をしている。そして何かを言いだそうとしても、言いとどまってしまって何かもごもごとしている。そのため「どうされましたか?」と柔らかい声で彼女を落ち着かせる。

「すみません、高等部一年に今年編入してきた女子生徒がいるんですけれど…その、彼女は平民の出身であるのでダンスの授業に全くついていけていないんです。」

「!!」

今年の編入性で、高等部一年、そして平民出身の女子生徒。間違いない、乙女ゲームのヒロインであるルミエールだ。まだこの学院に講師として配属されて、彼女が実際に存在するかは怖くて確かめられていない。だが私が怯えていた存在が、確かにこの学院にいることを告げられ恐怖で手や声が震えてきてしまう。

「本当に、いるんだ…。」

「え?」

「ああいえ、それでその女子生徒がどうされたのですか?」

驚きや恐怖が思わず口から漏れるが、それを隠すようににこりと笑った。上手く、隠せているだろうか。

「それで…次の授業からで良いのでその生徒をこちらの教室で見ていただきたいんです。」

「…その生徒はそれを、了承しているのですか?」

もし、もしの話だが、ヒロインも私のような転生者で乙女ゲームユーザーだったなら、レシュノルティアにいるはずがない婚約者である私という存在に気が付いているかもしれない。考えすぎにも程があるが、もしそうなら、わざと私に接触してこようとしている可能性がある。そんな可能性が少しでもある事が、本当に怖かった。

「ええ。周りに迷惑をかけるのが嫌だからと、快く。貴方に迷惑をおかけしてしまうのは承知なのですが、ダンスの基礎までどうか面倒を見ていただきたく…。」

本当は、自分の敵になるやもしれない女に自らダンスを教えるだなんてことはしたくない。だが私はここではレシュノルティアの婚約者ではなく、教員だ。ドクンドクンと、彼女に怯える心臓の音が消えてくる中、私はごくりと唾を飲みこんだ。そして、もしかしたらその生徒はルミエールでないかもしれない、全然違う生徒かもしれないじゃないか。と、そんな希望を抱いて、震える声で尋ねた。

「その、生徒の名前は…?」
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