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しおりを挟む「はい、ワンツースリー!うん、完璧ねジェンティアナ。やっぱりダンスや礼儀作法のことは教えることがないわ。」
「ありがとうございます。」
もうレシュノルティアが学院での生活を送り始めて一週間が経った頃、私は屋敷のダンスホールで夫人からのレッスンを受けていた所だった。だが彼女からは礼儀作法などの指導やアドバイスを貰うことはあまりない。私の学院生活での成績が役に立っているため、ダンスや儀礼などは全て完璧にこなせる。故に教えてもらうのは屋敷の家計管理のことが中心だ。
「流石でございます、お嬢様。あの、お客様がいらっしゃっていますがどうされますか?」
私に誰かが会いに来るだなんて、本当に珍しいことなので驚いた。フォレスティンヌの方を見ると、「いってらっしゃい」と言ってくれた。なので頭を下げてホールを出ようとしたその時、元気よく音を立てて扉が開いた。
「ごきげんよう!!叔母様、ジェンティアナ!あ、クラハもごきげんよう。」
「あら、ミーハニアじゃない。相変わらず元気ねぇ。」
「ええ!いきなりお邪魔して申し訳ありません。」
よく知る人物に、はしたなくもぽかんと口を開けた。突然元気よく登場した彼女の名は、ミーハニア・ラ・ストレリチア。ミーハニアはアスクレピアス公爵家の分家、ストレリチア侯爵家の令嬢で、レシュノルティアとは従兄弟にあたる。そして一方的に私に友人宣言をかました事がある、はちゃめちゃな子だ。
「貴方だったらいつでもいいのよ。ジェンティアナとはお友達って聞いているわ。」
「ありがとうございます!はい!ジェンティアナと私はお友達です!」
確かに彼女とは友人、という関係になる。最初は一方的に「お友達になりましょう!!」と言われていて、私は自分の身分を口実にそれを断っていた。が、ミーハニアのグイグイと来る姿勢に根負けし、話をするにつれ彼女とは仲良くなって行った。
「して、私に何かご用でしたかミーハニア。」
「ま!用がなければ来てはなりませんか?」
「そういうことじゃないの。貴方は会いに来るなら約束を取り付けるでしょうから、急な用なのかなって思っただけです。」
「急にごめんなさいね。そして急な用が貴方にあるのですよ。」
「急な用、とは?」
なんだか少し、嫌な予感がする。本当に彼女が言い出すことはいつも突拍子のないことばかりで、振り回された経験が無いわけじゃない。そんな彼女が急な用、と言うのだから思わず身構えてしまう。
「先程のダンス、お見事でした!さすがどの授業でも一位だっただけありますわね。」
「え?あ、ありがとうございます…。それで?」
「ジェンティアナ、貴方に学院中等部のダンス講師をしてもらいたいんです。あっ、あと魔法学の講師も!臨時で!」
「えぇ!?」
本当に急な事すぎて、驚きの声を上げる。確かストレリチア侯爵家は学院の管理を任される一族であり、彼女の父は学院長でもある。そんな一家の人間に、急に学院の講師をしろだなんて言われるとは、思ってもみなかった。
「お願いよ、ジェンティアナ。中等部で魔法学を教えていた教師も、ダンスを教えていたディビッド夫人も病に倒れてしまったの。」
「私が先生って、おかしいでしょう。だって私、結婚して夫人になった訳でもないし、ただの子爵令嬢ですし…他の夫人を当たってみるのがよろしいかと。」
「それが、他にあまり教えられるほどの腕を持った方はいらっしゃらないのよ…失礼ですけど。」
本当に失礼だ。基本はダンスや礼儀作法を教えてくれるのは、美しさのお手本とも言えるような腕を持った貴婦人なのだが、学院の管理者の一族として、半端な事を教えてしまう指導者を用意する訳にはいかないというのは分かる。だが、本当にただの子爵令嬢に頼まなければならないほど人が足りていないのだろうか。
「そこでね!貴方ってダンスもお上手だし、魔法学も魔術も得意だし、教え方も本当に分かりやすいじゃない?だから是非お願いしたいの!大丈夫、教員のブローチを付けていれば爵位にものを言わすことはできませんわ。」
「え、えぇ、別にそんなことないですし…。あの、フォレスティンヌ夫人…。」
あまりにもぐいぐいと攻められすぎて、すぐ「いいえ」とは言えなくなってしまう。そのため、フォレスティンヌに助けを求めるも、にこりとだけ笑われてしまう。あ、嫌な予感が倍増してしまった。
「いいんじゃないかしら。貴方は言ったことは一回で覚えちゃうし、中々教えられることもないわ。後輩達にしっかりとお見本を見せていらっしゃい。もちろん、ジェンティアナが良かったらだけど。」
なんて事だ、ここまで言われたら断るに断れない。うーんと顔を悩ませたが、最終的にはミーハニアのキラキラとした眼光にやられてしまった。
「…臨時ですからね。」
「ご協力感謝致しますわ!ありがとうジェンティアナ!」
「はい。また詳細はきちんと教えてくださいね。」
「もちろんですわ!中等部の生徒で貴方の名を知らない子なんていませんから、みんな喜びますわね。」
「え?うーん、そうだったらいいんですけどね。」
一応三年間ずっと首席だったわけであるし、あのアスクレピアス公爵家の婚約者として選ばれたばかりだから、もしかしたら名が広がっている…何てこともあるのだろうか。
「…あと、今レシュノルティアの周りをうろちょろとしていが女もいますから、しっかりと見張っておいて下さいませね。」
可愛く元気な声とは正反対の、聞いたこともないような少し低い彼女の声が忠告だと言うように、耳元で囁かれた。
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