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19.
しおりを挟む「この屋敷に勤めながら、僕と彼女が婚約を結んだことを知らなかったと言うのか。カペル子爵令息?」
「ええ、大変申し訳ないのですが存じておりませんでした。」
レシュノルティアの威圧をかわすように、アルトはへらりとした笑いを見せた。まずい、彼は自覚が無いまま人を怒らせるタイプの人間で、自分に向けられた感情に大変疎い。このままではレシュノルティアの機嫌を損なってしまうかもしれない。
「あ、レイ。彼は本当に書庫以外の事には興味がない方で…ここからもあまり出ないんです。だからただ知らなかっただけではないでしょうか。」
「ほう、彼のことをよく知っているみたいだな。」
「ええまあ、彼女とは親しくさせていただいてもらっておりました。本の趣味が大変合うもので…。」
「貴方は少し黙っていなさい!」
別に悪いとは言わないが、アルトは本当に空気が読めない。先程からじわじわと発せられる怒りのようなものを全く彼は感じていない。私からすれば心臓に悪いぐらいの恐怖があるのに、本当度胸があると言うか、肝が据わっていると言うか…。
「何ですかジェンティアナ。貴方が侍女だった頃は本当に色々な話をしたではないですか。」
「全部本の話でしょう!誤解を招くようなことを言わないで頂戴。」
「誤解?何の誤解です?」
「ああもう本当に貴方って人は…。」
本当に何一つ今の現状を理解していないようで、私は呆れるように頭を抱えた。
「…司書官殿、社交界などでの場で彼女を友人として名で呼ぶ事は構わないが…この屋敷にいる間、ジェンティアナは僕の婚約者だ。しかるべき呼び方で彼女を呼ぶように。」
「ええ、それはもちろんですね。失礼いたしました、小公爵様、お嬢様。」
「分かったならいい。」
あまり荒れることなく事は済んだようで安心して、私はほっと一息をついた。何だか、レシュノルティアは独占欲が強い方なのかもしれない。乙女ゲーム内ではヒロインに近づく男に対して嫉妬をする…などという描写はあまり描かれていなかったので、知られざる
一面だ。今度から屋敷内の男性と話す時は気を付けよう。男性と話す度にこの威圧を放たれては、その人が可哀想というものだ。
「それで、レイ。何用でございましたでしょうか。」
「ああ、少しジェンと話をしたかっただけだったのだが…本を読んでいたなら邪魔したかな。」
いや、あんなに嫉妬心全開で話をされていたのだから、ここで司書のアルトが四六時中いる書庫に残れるわけがない。私は持っていた本をパタンと閉じて、本棚に戻した。
「いいえ。レイのお誘いならば断わるわけにはまいりませんもの。今はしごから降りますから少々お待ちを…。」
「いい。そこから飛び降りておいで。」
「えっ?」
確かに本棚に立てかけられたはしごはそこまで長くはないが、まさか飛び降りろと言われるとは思わなかった。レシュノルティアが受け止めてくれるということだろうか。
「あの、私重いですし…。」
「僕は男だぞ。大丈夫、ほらおいで。」
先程のことがあった今、この要求を断ると何だかまずい気がする。アルトを目の前にして、レシュノルティアの胸に飛び込むのは気が引けるが、いたしかたない。少し迷った末はしごからレシュノルティアめがけて飛び降りると、彼は私を優しく抱きとめてくれた。だがこれでは完全なる姫抱き…というやつなのではなかろうか。それを意識してしまってから、私は恥ずかしくて今すぐ降りたくなってしまった。
「ありがとう、ございます。」
「いい。では失礼させていただく。」
「あ、はい。」
アルトがぽかんと口を開けたまま頭を下げると、レシュノルティアは私を抱えたまま歩きだしてしまう。何故降ろしてくれない!?と彼の顔色をうかがうが、どうやら無視をしているつもりらしい。私と目も合わせずレシュノルティアはずんずんと早い足取りでどこかに向かっている。
「あの、レイ?今からどちらに?」
「僕の部屋だが。」
「あ、そこでお話をするということですね…。というか、降ろして頂いても?」
「却下だ。…というか、話ができる暇があると思うな。」
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