私の婚約者は、ヒロインに選ばれずに領地へお戻りになり、そして私に求婚する予定(らしい) です。

凪鈴蘭

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レシュノルティアのエスコートにより、着いたのは中庭を抜けた先にある小さな温室だった。立ち入った事はないのに、よく知っている様に思えてしまう美しい場所。それは、いったい何故なのだろう。…ああそうか、私はこの場所をゲームでプレイして知った。

ここはヒロインがレシュノルティアルートを選んだ場合にのみ、入ることが出来る温室だ。確かこの温室は、フォレスティンヌ夫人がレシュノルティアの十歳の誕生日に贈ったという、彼だけの所有物だ。そして屋敷や建物から少し離れた場所であり、見渡す限り木々にも覆われているため人目につくことはない様に思える。であるからして、お互いの思いを確かめ合った二人が人目を気にせずいちゃつくのには絶好の場所ということだ。そんな場所にレシュノルティアの婚約者として足を踏み入れるとことには、何とも複雑だと言うべきか。

「ここは?」

一応ジェンティアナとしては、知らない場所なのでレシュノルティアに尋ねておく。

「十歳の誕生日に母様が贈ってくれた温室だ。この場所は僕と僕が許可した人間しか立ち入ることは出来ない。だからこの場所なら、心置き無く君がと話しが出来ると思ってな。」

「まあ、この様な素敵な温室に案内していただけたのですからよほど重要なお話なのでしょうか。」

「はぐらかさないでもらいたいな。…まあいい、入ってくれ。君は客人だ、僕が茶を淹れよう。」

「ご招待いただけて光栄です。ありがとうございますわ。」

レシュノルティアがドアの鍵を開けてくれたので、そのまま進む。どうやら中は庭園のような作りになっているみたいだ。季節の花々が咲き誇り、噴水まで付いている。そして温度調節まで完璧と来た、とても過ごしやすい空間。さすが公爵家、プレゼントも一級品だ。

「どうぞ、かけてくれ。」

「…あら?」

笑顔が、一瞬にして引つる。何だこの椅子は、ベッドソファーではないか。一対一でかけられる椅子が存在していないだと?それもそうか。ここはレシュノルティアだけのためのリラックスルーム、つまりは客人が来ると想定された作りでは無いということだ。

「すまないな、大きさはあるとはいえベッドソファーの様な椅子で。二人がけになるが、狭くはないと思う。」

「はあ、し、失礼いたしますわ。」

上品にソファーにかけると、もふり、というものすごい柔らかさに身体が吸い込まれて行く感じがした。だが緊張しているのか、今は最高級であろう椅子の良さが分からない。

レシュノルティアは茶を入れ終わったのか、傍にあったテーブルに二人分のティーセットを置いた。そして、私の隣に掛けてくる。

「すまない、湯加減を少し間違えてしまったから、飲むのはもう少し後にした方が良さそうだ。」

「そうですか、ありがとうございます。」

それからまた五秒間程の沈黙。気まずい、大変気まずい。大体、四年間の付き合いはあるのに三年間ろくに話していなかった男女がいきなり話すのには無理があるのだ。というか、話があると誘ったのはレシュノルティアだ。話があるなら早くその用件を聞きたい。

「あの、レシュノルティア様?お話、というのは何でしょう。」

「元々は、春休暇中この屋敷に帰ってくるつもりは無かった。」

「え?あ、ええ。奥様からのお呼び出し…でしたのでしょう?」

「それも二割あるが、僕は君に用ができたから帰ってくるつもりでいた。」

「私に、ですか?何用でございましたでしょうか。」

「とぼけないでくれ。君の言ったことの真意を、しっかり確認したかったからに決まっているだろう。」

「私が言ったことで?」

思い当たる節なら、無くはない。レシュノルティアに、好きな女性が出来たら私にも紹介して下さいね…といったあれだろうか。だがあの場で彼は、少し乱暴にも「僕の婚約者は君で、君の婚約者は僕だ。」と言い放っていたではないか。であるのに、何故私に聞くことがあるのだろう。

「そうだ。もう一度確認する、ジェンティアナ。君は僕との婚約が嫌だと思っている訳では無いのだな?」

「あの場でもお伝えした通り、私がそんなこと思う理由はございませんわ。」

「では本当に、ジェンは将来私の妻となるということに間違いはないという事だな。」

「ええ。何度も申し上げている通り、貴方様が他の女性に恋焦がれ、その女性を妻にしたいと願わぬ限りは…私は貴方の妻となれるのでしょうね。」

「何故そのような事を君は言ったんだ。そんな女が現れれば、君の立場をおびやかすほかないだろう。」

何故って、それは確定していることだから。ヒロインが誰を選ぶかは知らないが、選ばれなかった者も長くヒロインを想い続けるのだ。その後の第二のヒロインなんて、「lumtèreルミエール」には存在しない。だから最初から、レシュノルティアには
乙女ゲームの設定上いるはずのない婚約者の私が、邪魔になること間違いないのだ。

「何故って、レシュノルティア様が私をお選びになったのは貴方がたった十二の頃ですわよ。高等部での生活が始まれば、きっと素敵なご令嬢もいますでしょうから。」

彼は私の事をただの哀れな女だと思い拾い上げてくれただけ。だからその恩を返すとなれば、我が身を引くのもまた彼への恩返しであろう。でも少し、よく知らない彼のことをまだ知りたい気持ちもあった。だから、あんな風に「好きな女性ができたら紹介して下さいね」だなんて言ってしまった。ただ私は、彼の恋を見守るつもりだった。なのに、彼は予想以上に私と接触してくるものだから、困ったものだ。


「……ジェンは卒業試験があった日から、僕が、君と結婚しないことを分かっているような言い方をするな。もしや、君は僕のことが嫌いなのだろうか。…だから、学院内でも僕をあんなに避けたのか?」
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