私の婚約者は、ヒロインに選ばれずに領地へお戻りになり、そして私に求婚する予定(らしい) です。

凪鈴蘭

文字の大きさ
上 下
9 / 65

8.

しおりを挟む


「さ、お二人共。せっかくの春休暇なのですからお二人でゆっくりなさっては?」  

チアラの声に、びくりと肩が震えた。屋敷で二人で過ごすなど、今まで全くありえなかったことだ。いきなりゆっくりしろだの
二人で過ごせと言われても、緊張してしまう。


「いや、それはしかし…、」

「お坊ちゃま?まさかこの広いお屋敷にお嬢様を一日お一人になさるおつもりですか。」

「私は大丈夫ですクラハ。書物庫にいれば退屈しません。」

何故か先程から、クラハとチアラは私達に二人の時間を取れと言う。別に婚約者だからといって意識的に二人でい続ける必要も無いと思う。逆に今彼と二人きりにされたのなら、話す会話だってあまりありやしない。それ何より、先程の一件で私の顔にはすっかり熱が集まりきっている。だからそれを覚ますために一刻も早く、レシュノルティアから距離をおきたかった。

「まあ、お嬢様までそんなことを!旦那様や奥様がご指示をなさらなかったら、書物庫やお部屋に籠りきりでございませんか。」

「べ、別に私はそれでいいんです。レシュノルティア様もお忙しいでしょう?ね、そうですよね。」

「別にそんなことはない。春休暇だからな。」

「……、あ、そうでしたね。」

そしてその場に、五秒間程の沈黙が訪れた。侍女二人も苦笑いをしているので、誠に申し訳ない気持ちになる。きっぱり私とすごす事を彼が断ってくれたのなら、この様な気まずい空間に悩まずに済むのに。何度も自分に言い聞かせているが、レシュノルティアが私を婚約者に選んだのは、私の家を助けるための温情にすぎない。彼に、私を愛する気持ちなどない。全て家の一存で決まる、貴族同士の男女の婚約に愛など恋など求めるのは馬鹿馬鹿しい事だと知っている。だが、私に寄せる気持ちがないレシュノルティアに婚約者だからといって、時間を使わせたり無理をさせるのは、何か申し訳ないのだ。

「あの、私はこれで失礼させていただきますね。レシュノルティア様も久しぶりのご実家ですし、私に構わずごゆっくりなさって下さい。」

「いや待て、君は先程から顔が赤いぞ。体調が優れないのではないか?」

何故そこに気がつく、突っ込む、引き止める…!?一番気がついて欲しくなかった事に気が付かれ、私は赤くなった頬を隠す様に顔をうつむかせた。

「いえ、ご心配をおかけする程の事では。大丈夫ですわ。」

「本当にか?」

「え、ええ…。」

「いや、やはり顔が赤いのには間違いない。医者に見てもらおう、熱があるのかもしれない。」

早くどこかに行って欲しかったのに、レシュノルティアは私の手首を掴んでくる。久しぶりに触れた、彼の手。出会った頃より更に大きくなっていて、もう男性の手の形をしていた。それに、ドクンと心臓が跳ねる。レシュノルティアはもう男性なのだということ、そしてその彼が今や自分の婚約者という立場にあること、それを意識すればする程、何故か私の鼓動は焦るように早くなって行ってしまう。

「さ、さっきからっ、誰のせいだと思って…!!」

「え?」

何ということを口走ってしまったのだろうか。これでは、私は貴方にときめいてしまっています、と言っているも同然だった。
それにまたさらに、さらに顔は赤くなる。もうこの場から、いっそ消え去ってしまいたい。これ以上この状況を私一人で誤魔化すことは出来ない、と思い側に控えていたチアラに助けを求めようにも彼女らは既に空気を読んで(?)からなのか姿を消していた。

「あの、その…本当に大丈夫ですから。すみません。」

「そうか。少しジェンと話したいことがあったから、よかった。君の時間を、僕に少しくれないだろうか。」

うつむいていた顔を少し上げると、掴まれていた手は解かれ、エスコートをする様にレシュノルティアの手が優しく差し出されていた。だめだ、これ以上彼に失礼な態度を取る前に一旦冷静になろう。

「はい、よろこんで。」

私は落ち着いた笑みを見せて、彼の差し出された手を取った。












しおりを挟む
感想 106

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...