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しおりを挟む「ええと、夫人…?」
「ねえジェンティアナ?あの子貴方をこちらに寄越す時、何と言っていたのかしら。詳しく教えて貰える?」
「レシュノルティア様からは、その、おめでとうと祝いのお言葉を頂きました。勿体ないことにも、君のような優秀な女性が婚約者で自分も鼻が高い、と。」
「そんな形式上の褒め言葉しか言わなかったの?」
「形式上だなんてそんな、私には勿体なきお言葉です。」
「そういうことじゃないのよぉ~…はぁ。ヘタレなのか頑固なのか、あの子はなんだって言うのよ全く。」
「どういう意味でしょうか?」
夫人は「やれやれ」と言うようにまた頭を押さえて、目にキッと睨みを効かせた。
「ふん、いいわ!ちょっとそこの貴方。」
「何でございましょう、奥様。」
廊下を歩いていた侍女が呼び止められた。先程の呆れとため息には、どういう意味合いがあったのだろうか。
「私の専属侍女のクラハを部屋に来させて欲しいの。お願いできるかしら?」
「かりこまりました、クラハにはそのように伝えておきます。」
「ありがとう。じゃあジェンティアナ、私達は行きましょう。」
「あ、はい。」
確かにレシュノルティアは私に形式上と言われれば形式上である褒め言葉だけ残した。それがどうやら夫人にはお気に召さなかったらしい。夫人が教えてくれることがない以上、彼女の言葉の真意を知ることはできない。それはまた後で聞いてみることにしよう。
「ごめんなさい、この子を迎えに行っていたから遅くなってしまったわね。」
「とんでもないです、夫人。ドレスの仕立てにまた当店をご利用いただき誠にありがとうございます。」
「こちらこそいつも最高級のドレスをありがとう。今日は私の娘のドレスを見せてもらいたいの。」
「はい、その様に聞いておりましたので今社交界で最も人気なドレスを揃えてまいりました。お嬢様のお気に召すものもきっと見つかるかと。」
「まあ、それは楽しみねジェンティアナ。」
「…………はい。」
仕立て屋が控えていた部屋に入ると、ざっと百ほどのドレスが並べられていて、この中からいくつかを選ぶ思うと、若干笑顔が引きつる。あまり流行りやドレスの価値も、子爵令嬢で侍女であった私にはよく分からないのだ。子爵、という貴族の位はあるものの犯罪にでも手を染めない限りイフェイオン家は贅沢を出来た家ではなかった。ドレスを買ってもらえるのは、年に一度の誕生日だけ。それも店の中で一番安いものだ。流行りや私の好みなど関係なく、一番安いドレスが私の所持できるドレス。買ってもらえるだけ幸せではあったが、それを笑われるのが恥ずかしくて、社交界にはあまり顔を出さなかった。だからジェンティアナには、ドレスにあまり良い印象や思い出はない。
「小公爵様からのお嬢様への品はいかがいたしましょう。夫人のご指示通り、お持ち致しましたが。」
「せっかく持ってきていただいたた所、大変申し訳ないのだけれどやっぱりあの子には直接娘に手渡させたいの。だから、まだこの子にはプレゼントできなくって。ごめんなさいね。」
「まあ!男性からの贈り物ですからね、その方がよろしいかと。」
「ええ!?あの夫人、レシュノルティア様のお手を煩わせる訳にはまいりません。どうか、その…。」
「あの頑固息子、一度私が喝をいれなくてはいけません。」
「あの、ですからレシュノルティア様に何を?」
「貴方はまだ知らなくていいのよジェンティアナ。さ、好きなものを選びなさい。」
先程から何かにつけて隠し事のように事を伏せられる。内容を少しちらつかされると、こちらも気になってしまうというのに。そしてこちらの気も知らぬまま、ドアがガチャンと開き、先程夫人が部屋に来るよう指示を残した侍女が部屋に入ってくる。
「奥様、クラハでございます。何用でございましたでしょうか。」
「ああクラハ、いらっしゃい。急に呼び出してごめんなさいね、あの頑固者に、春休暇中は家に帰ってきなさいって手紙を書きたいから便箋を用意して欲しいのよ。それと伝書鳩もね。すぐ、送りたいの。」
「お坊ちゃま…小公爵様宛にですか?お忙しいのではないでしょうか。」
「構うものですか。だってあの子、ジェンティアナに形式上程度の祝いの言葉しか残していないのよ!」
「え?……は??こ、こほん。大変失礼いたしました。それは由々しき事態ですね。小公爵様がお帰りになった際には私からも一言いってやりたい所です…。」
「でしょでしょ!?もっと言ってやって!」
「だ、だから何をですか…!?」
こうして夫人の思惑と、侍女のクラハのやり取りに頭が回らず、私はその場で完全に置いてけぼりだった。そしてその真意も分からず、この屋敷にレシュノルティアは三日過ぎてから帰ってくることになる。
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