私の婚約者は、ヒロインに選ばれずに領地へお戻りになり、そして私に求婚する予定(らしい) です。

凪鈴蘭

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「…、何を言っているんだ君は。僕の婚約者はジェンただ一人だぞ。」

もちろんそうだ、私とレシュノルティアの婚約は今日決定した。だがヒロインが誰を選ぶか分からない以上、そして彼がいずれ私以外の女性を愛してしまった時のために、罪悪感を感じさせないよう言っておきたかった。

「ええ、そうですとも。」

「君は僕との婚約が嫌になったのか?」

「いいえ、でなければ私は今日の結果を残しておりませんから。貴方様の婚約者になるために、今日この瞬間まで精進してきたつもりです。」

「ふむ、では何故先程の様なことを言う。僕が別の女性を連れてきて、君を蔑ろないがしにするとでも?」

「いいえ。」

私の前を歩いていてくれたレシュノルティアを、無礼にも追い抜かすように三歩程進み、そして足を止めた。

「閣下が私に貴方の婚約者として選ばれるチャンスをお与え下さったのは、レシュノルティア様が私を拾ってきたことへの"責任"。
貴方が私を婚約者としてお選びになったのは哀れな者に対する、"温情"。…故に、私の今の立場はお二人の救いからなる、責任と温情から成り立っています。ですから、私は無礼にも貴方が心から、本気で愛したいと思った女性にとても興味があるのです。」

これは、乙女ゲームを愛していた前世の自分の考えではなく、この十五年間アルカンディア帝国で過ごしてきたジェンティアナとしての意見で考えだ。レシュノルティアは、基本少し無愛想であまり笑わない。そして趣味もあまり無ければ好き嫌いも無い。何か関心があるものを見つけることも、滅多にない。学院生活中は寮生活であったため、学院では身分の差を弁えてあまり会話をすることはなかった。

だから、私はあまりこの方の人柄を理解できなかった。でも、没落寸前の子爵家の子女で、容姿が大変整っている訳でもなく、大した学も無い私を拾ってチャンスを与えてくださった私の恩人。その方のお役に立ちたくて、今日まで自分のことに精一杯になっていた。故に私はこの人のことを、実はあまりよく知らないのだ。だからジェンティアナとして生きていく中で、そんな人がこの先どのようにヒロインに恋をして、どんなところ好きになっていくのかに、興味があるのだ。

「ジェンはおかしな事を言うな。もし僕が他の女性を連れてきたらどうするつもりなんだ。」

「今まで自分のことに精一杯だった分、貴方様のことが知りたいのです。…もし他の女性を妻にしたいと貴方がアスクレピアスに帰ってきたら、その時はその時ですわね。もしものその時、決してその女性に危害などは加えるつもりございません。」

「…やはり君が何故その様なことを言うのか分からないな。」

「そのうちきっと、私より素晴らしい女性に貴方が出会うかもしれないからです。」

「ふん、馬鹿馬鹿しい。」

レシュノルティアは鼻で小さく笑うと、自分より少し前に立っていた私の手を、エスコートするように引き始めた。

「…エスコート?して下さっていますかもしかして。」

「エスコートしているのだよ、玄関先までだがね。」

「玄関先までであれば…エスコートは必要ないのでは?」

そんなこんなで、よく分からない場所で彼のエスコートが始まり困惑しているうちに学院の門までたどり着く。そこにはアスクレピアス公爵家の家紋が描かれた、立派な馬車が止まっていた。

「お待ちしておりました、ジェンティアナ様。」

「!」

馬車の前で、執事長が待機していた。だが、彼は私の上司に当たる人物で、私に様を付けるような立場では無かった。そんな人が、
私に「様」をつけて頭を下げてくる。今この瞬間から、私はレシュノルティアの婚約者として扱われるということになる、という実感が今更湧いてくる。

「…いいかジェン、何と言おうが君が僕の婚約者だ。それだけは何があっても覆らない事実で決定事項、君の夫となるのは僕で、僕の妻になるのは君だけ。だからジェンをエスコートするのも今日から僕だけの役目で、領地で花嫁修業を積むのも君だけの役目だ。…いいね。」

「……はい。」

「よろしい。では執事長、彼女を頼む。」

「かしこまりました、小公爵様。さ、ジェンティアナ様、公爵閣下が屋敷でお待ちです。参りましょう。」








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