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しおりを挟む休んでいる暇が、いつもどこにもなかった。レシュノルティアの隣に相応しい女性になるには、礼儀作法から勉学、魔術、魔法、それらにおいて全て私が一番優秀でなければいけなかったから。だからこうやって、今みたいに意識が朦朧としても、倒れそうになっても、私は励まなければいけない。私を家柄で判断しなかったあの方に、私を一家没落という寸前で救ってくれたあの方の、
少しでもお役に立つために。
「…あ、ら。」
何か悪い夢を見ていたんじゃないかと思う程、目覚めた時の気持ちはすっきりしていた。どうやら、いつのまにか気を失っていたらしい。目をぱちくりと何回か瞬きをさせると、そこが学院の医務室だということに気が付く。ぼーっと天井をしばらく眺めると、ひらひら揺れる白いカーテンと、雲が薄く広がる青空が私を覗いていた。
「…鍛錬、鍛錬はまだ、終わっていないわ。今から、休んでしまった分もしないと…。」
これが私の口癖なような気がする。もうこれ以上、この学院で努力することはさっきの試験の場を持って終わったはずなのに、無意識に私の意識はまた自分の身体を痛めつけて、「鍛錬」と言う言葉でたきつけようとしている。その無意識は、驚くことにも私に付いてくれていたレシュノルティアに気づかせてさえくれなかった。
「こら、どこに行こうというんだ。君がこの学院でできる努力はもうないはずだが?」
「…?しょ、小公爵様!!いつからそこに…。」
慌てた勢いで、かけられていた布団で思わず自分の顔を覆った。寝起きだ、寝ぐせだってついているかもしれないし、だらしのない顔をしていたかもしれない。
「小公爵様、と君は婚約者をそう呼ぶのか。」
「あ…、」
私は今日の結果が出るまで、正式な彼の婚約者ではなかった。故にアスクレピアス公爵家で身を預かってもらっている間は不確定な身分であることや、働かざる者食うべからずという自分の精神で、公爵邸の侍女として働いていた。侍女や執事、使用人は皆レシュノルティアのことを「小公爵様」と呼ぶ。だから屋敷にいる間は彼のことを名前で呼ぶことはほとんどなかった。その名残で、小公爵様と呼んでしまったようだ。
「失礼いたしました、レシュノルティ様。
…して、本当にご当主様が貴方の婚約者として私を認めて下さったのでしょうか?」
「当り前だろう、公爵家の名に懸けて父は約束を破ったりしないさ。それにほら、それを証明する証書も届いている。明日には君の領地に使いが行くだろう。」
「そう、ですか。」
彼の手に広げられた証書には、しっかりと公爵家の家紋と、現公爵であるイライジャからのサインもある。だが残念ながら、何となくそれを見ても喜べなかった。今までの、何にも気が付いていなかった自分であれば
心の中では飛んで跳ね、涙を流して喜んだことだろう。だが春になれば徐々に、徐々に、ぽっと出のヒロインに彼の心は惹かれていくのだ。それが何とも虚しく、ひどく私の心を空っぽにさせた。もしかしたらいつか、レシュノルティアはヒロインと共にアスクレピアスの領地に帰って来るのかも…ー、
「…い、おい聞いているのかジェン。やはりまだ気分が優れないのか?」
「え、あ、いいえ全然。もうとっても私元気です。あはは、」
「あれだけ見事な魔法を完成させたのだから、疲れていて当然だ。皇帝陛下や教員も皆感心していたよ。それに、君のような実力者が中等部で学院を去るのが惜しいとも言っていた。君の婚約者として鼻が高いよ。」
嘘つき、と思った。貴方何にも関心しているような顔をしていなかった。何だか曇ったみたいな顔でこちらを見ていたくせに、私が貴方を見ていたことにも気が付いていたくせに、ひとつも笑わなかった。私を救ってくれたのは貴方、でも私を選んだのも貴方。だったらちょっとぐらい、自分で選んだ婚約者に笑顔を見せてくれても良かったじゃない。そんな、そんな良くない考えが脳裏に渦巻く。
「そう、言っていただけて嬉しいですわ。でも、もう本当に私大丈夫なんです。」
「ふむ、そうか。ではアスクレピアスから迎えが来ているからこちらにおいで。」
「はい。」
ベッドから降りて、医務室の教員に私は礼を言うと彼の後ろをついて行った。
良くない感情が先程から、嫌というほどごぽりごぽりと溢れて来るけれど、それもきっとしばらく経てば整理がつくだろうから、今はその真っ黒な気持ちやくやしさを静観するとしよう。何なら、前世はこの作品のファンだったのだから、この世界と他の攻略対象とのヒロインの恋を陰ながら見守るのも楽しいかもしれない。うん、きっとそうした方がこの世界がどこなのか気が付いてしまった私には楽に違いない。だから物語の結末に最後苦しまないために、彼が私を婚約者扱いしてくれる最後のこの時に、言っておこう。
「あの、レシュノルティア様。」
「何だ?ジェン。」
「もしも、もしもの話なのですけれど…、これからの学院生活の中で、心から愛する人を見つけたならば、きっと私に紹介してくださいましね。」
そんな、とんでもなく、今は思ってもみない台詞を清々しい笑顔で伝えると、レシュノルティアはひどく驚いた顔で、私の顔を見上げた。
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