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序章

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 数時間前、私にとって今まで生きてきた人生の中で、早く終わってほしいと願った時間だった。
 
 大勢の生徒が集まる卒業式会場。
 その会場で私は婚約者から婚約破棄の宣言をされた。
 
 それと同時にその婚約者にもたれかかり悲しみの表情で涙を流す……演技をしている女を苛めたという理由で、国外追放を言い渡されたからだ。
 

 大勢の生徒や関係者の視線を感じながら退場したが、その後待っていたのは家族からの叱責である。
 
 心優しい家族であればその宣言に少しでも疑いを持ってくれてもいいものだけど、我が親は子への愛情より自分の身分の安全が優先だったらしく、家に帰るなり暴言と共に私を少しの荷物と共に屋敷から追い出した。
 同じ血を分けた弟に関しては、婚約者の隣にいた女に恋心を抱いているから私の意見など聞く耳持たず、きっと泣いて喜ぶあの女の隣で共に喜んでいる事だろう。


 私は言われた通り宛ても無く、ただ国を出るために遠くへ向かう荷馬車に乗って、国境へと向かっていた……はずだった。
 



 ――あれから数時間経った、現在。


「こうしてご挨拶するのは初めてですね。私、ベスティア王国セヴェリーノ侯爵家当主のクラウディオ・セヴェリーノと申します」


 深々と綺麗な礼を見せる一人の男。
 格好は貴族らしく元侯爵令嬢の私が見てもいいお値段だと思うほどの豪華な紺の礼服を身に着けている。
 
 ベスティア王国は私の住んでいるシンパティーア王国の隣国にある大きな国だ。
 そんな隣国の侯爵家の方が私に対して初めましてと挨拶をするけど、私は彼の事を知ってる。
 
 そして、彼も私のことは知っているし、『逢った』こともある。



「……どうして」


 私は混乱していた。

 色々な驚きが私を襲う中で、一番驚いてるのは今目の前に居るこの人物が私の前にいるからだ。
 声が震えて上手く声が出ない。この人に聞きたいことは山ほどあるのに、必死に捻り出して口から出てきた言葉はその四文字だけだった。
 

「どうして、と言われましても。そうですね、貴女をこの場所へお連れしたのは私です」
「つ、連れてきたってなによ……っ! あれは拉致じゃない!」

 住んでいた街が見えなくなって暫しの時間が経過して、突然私の乗っていたボロボロの荷馬車は二人組の黒づくめの人物に襲われた。
 あまりに突然の出来事にこのまま私は殺されてしまうのでは、と恐怖から荷馬車の中で震えていたら、何故か黒づくめの人物の一人に俵のように担がれてそのまま拉致されてしまった。
 現場が森だった為か、木の上を上がったり下がったりする、まるでジェットコースターのような激しい移動に私の弱い三半規管は数分も持たず、そのまま意識は途絶えた。

 そして気付いた時には見知らぬ部屋のベッドに横たわっていたのだった。
 
 何故ここに自分が居るのか必死に思い出そうとしていた時、突然扉をノックする音が聞こえた。
 そして扉が開いた瞬間、私の目に入ったのが彼だった。
 
 
 その時の私の心臓ときたら、驚きを通り越して痛みを感じたほどだ。
 
 
 白い長い髪に、頭の上には犬特有の耳。感情を表すようにかすかに揺れる髪色と同じ尻尾。そして私を見つめる赤い瞳。聞き慣れた低い声。
 
 その全てを見て聞いて感じて、私の知る彼だと私の本能が肯定してしまう。
 認識すればするほど反比例して頭の中が謎でいっぱいになり、訳が分からないから胸の痛みが強くなる。


「確かに、そう言われれば拉致になるかもしれませんね。でも……漸く貴女を救い出せたのですから」

 
 混乱する私とは対照的に彼は笑顔を見せて、そして大きな手が私の髪や頬に触れる。
 一つも傷がつかないように優しく、そして丁寧な仕草に心臓が早くなる。
 でも私はこの好意を素直に受け止める事は出来なかった。


「や、やめて。離して!」
「嫌だ。絶対に、貴女をもう私の傍から離さない……っ!」

 拒絶する私をこれ以上抵抗が出来ぬよう彼はその腕の中へ私を閉じ込めた。
 力強い腕はまるで私を逃さないと鎖のように絡みつく。身動きが出来ないのにその温もりが心地よく感じてしまって、私は困惑した。
 


(なんでここにいるの? どうして私を抱きしめているの??
 
 貴方は――じゃない!!)


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