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郷主の宴
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郷の広場には宴席が設けられていた。
北部各地から集結した郷主達、あるいは孤高の戦士達が顔を並べている。有名無名問わず、自身こそ最強と信じて疑わない猛者達。彼らは各々の居住まいで郷民のもてなしを受けていた。酒を呷る者、威圧的な眼光を散らす者、静かに時を待つ者、様々。
「此度は我が郷への来訪、まこと歓迎いたしますぞ」
上席で声を響かせた大男こそ、この郷の主フィリウス・パテルであった。三つ編みに結った真白い長髪と、蓄えられた立派な髭は、歴戦の貫禄を思わせる風貌である。彼は柔和な表情で宴席を見渡し、愉快そうに皴を作った。
「この郷を魔王終着の地としたい。かの者の神をも畏れぬ所業は、淀んだこの地に吹く清々しい新風ではあるまいか。乙女が愚人の虜となってからというもの、森の芽吹きも遅くなった。ところが我らときたらどうだ。かの者が現れ魔王を名乗るまで、郷に籠り爪を研ぐばかり。力に生きる魔族の本分を忘れていた」
分厚く落ち着いた威厳ある声。皮肉混じりの言葉は、宴席に笑いをもたらす。
「聞くところによれば、北部では何者が魔王を打ち倒すのかがもっぱらの関心であるとか。各々方においては、戦士の誇りをかけて此度の戦に臨んで頂きたく。最も強く、偉大であるのは誰か。ちっぽけな称号に囚われた小人に、思い知らせてくれようぞ!」
彼の口調には、魔王への揶揄が多分に含まれていた。それに同調する声もいくつか上がっている。この場の誰しもが共通して抱く『自分を差し置いて最強を名乗るなどけしからん』という思いを上手く刺激する物言いであった。
場はにわかに熱を帯びていた。雄々しい活気や単なる騒々しさではない。静かなる戦意の高揚が郷の隅々にまで行き渡っている。
「ルークの奴ぁ来てねぇのか」
列席の一人が呟くと、皆が揃って視線を巡らせた。
「珍しい事もあるもんだなぁ。強者と聞けば嬉々として飛んでくるあいつが」
豪快に酒を呷るのは、鮮やかな赤髪を生やした巨躯の男。厳めしい顔面や剥き出しの大腕に夥しい傷痕が刻まれている。筋骨隆々という言葉が弱く聞こえるほど、彼の肉体は巨岩の如く鍛え上げられていた。
名をオーダックス・パノルゴス。ルーク・ヴェルーシェとは旧知の仲であり、一騎討ちにおいて互角の実力を持つ正真正銘の豪傑である。
「めざめの騎士との戦いの傷が、未だ癒えておらぬと聞く。まったく情けない。名声と実質は異なるということだな。魔王を名乗る不届き者は、このアモルクス・ギャラムが華麗に討ち取ってみせようではないか」
「そうかい。そいつぁ楽しみだな」
見知らぬ誰かが揚々と放った言葉を、オーダックスは笑い飛ばした。本心を口にしないのは言葉の無常であるを悟っているが故だ。彼もまた魔族の例に漏れず、力を最上の価値と信ずる戦士である。フィリウスの誘いに乗ってこの郷に来たのも、最強の自負を携えるからこそ。
そしてそれはオーダックスに限らない。打倒魔王は建前に過ぎず、その名分に乗じて最強を決する意図がこの戦の本質だった。
戦士達は静謐なる闘争心を滾らせている。魔王のみならず、同席の者に対しても。その様子をじっと見据えていたフィリウスは、ふと視線を隣の侍従に移した。
「ルモート。魔王は如何様な者であったか」
「カイリ・イセと名乗る、一見して凡庸な小娘でありました。しかしながら、噂通り言動は風変わり。いやに慇懃であり、また、あの人間かぶれの住処に好意を示しておりました」
「あの城もどきを」
低い笑声を短く切り、フィリウスは髭を撫でる。
「して、コワールは魔王に下ったのか?」
「左様でございます。あのような者を真っ先にしもべにするとは、魔王の器も知れるというもの」
ルモートの言葉を聞いた列席者らは、笑いをあげたり頷いたり、また首を傾げたりしていた。
人間かぶれのソーニャ・コワール。彼女の名と奇行は多くの魔族が知るところである。取るに足りぬ者達は彼女を軽んじていたが、フィリウスはその限りではない。奇異の内に猛る黒き火炎をしかと見抜いていた。
「侮れぬぞ。存外」
噂が影を呼び寄せたか。深刻げに呟いたフィリウスの視界に、懸念の対象が現れた。
曇天を背負い舞い降りてきたのは、漆黒のドレスを纏った美貌の少女。銀の髪をなびかせ、血染めの瞳に強い意思を宿している。
宴席の直前にふわりと着地したソーニャは、場の視線を一身に集めながら鋭く一礼した。触れ合った拳と掌が小気味よい音を鳴らす。
「何者だ?」
誰かが発した質問に、彼女は微笑みをもって答えた。
「ソーニャ・コワール。魔王様の使いよ」
フリルをあしらったドレスが風を浴びて揺れる。人間文化的な趣向を凝らした装いは、宴席に生温い失笑をもたらした。
「人間かぶれとはよく言ったものだ」
「魔族の誇りを、どこぞに捨て置いてきたのか?」
強さを是とする価値観においても、装いや振る舞いはもれなく重んじられる。戦士然とした佇まいはそのまま武の象徴となるからだ。弱い人間の真似事など蔑まれて然るべき。それが魔族の共通認識であった。
北部各地から集結した郷主達、あるいは孤高の戦士達が顔を並べている。有名無名問わず、自身こそ最強と信じて疑わない猛者達。彼らは各々の居住まいで郷民のもてなしを受けていた。酒を呷る者、威圧的な眼光を散らす者、静かに時を待つ者、様々。
「此度は我が郷への来訪、まこと歓迎いたしますぞ」
上席で声を響かせた大男こそ、この郷の主フィリウス・パテルであった。三つ編みに結った真白い長髪と、蓄えられた立派な髭は、歴戦の貫禄を思わせる風貌である。彼は柔和な表情で宴席を見渡し、愉快そうに皴を作った。
「この郷を魔王終着の地としたい。かの者の神をも畏れぬ所業は、淀んだこの地に吹く清々しい新風ではあるまいか。乙女が愚人の虜となってからというもの、森の芽吹きも遅くなった。ところが我らときたらどうだ。かの者が現れ魔王を名乗るまで、郷に籠り爪を研ぐばかり。力に生きる魔族の本分を忘れていた」
分厚く落ち着いた威厳ある声。皮肉混じりの言葉は、宴席に笑いをもたらす。
「聞くところによれば、北部では何者が魔王を打ち倒すのかがもっぱらの関心であるとか。各々方においては、戦士の誇りをかけて此度の戦に臨んで頂きたく。最も強く、偉大であるのは誰か。ちっぽけな称号に囚われた小人に、思い知らせてくれようぞ!」
彼の口調には、魔王への揶揄が多分に含まれていた。それに同調する声もいくつか上がっている。この場の誰しもが共通して抱く『自分を差し置いて最強を名乗るなどけしからん』という思いを上手く刺激する物言いであった。
場はにわかに熱を帯びていた。雄々しい活気や単なる騒々しさではない。静かなる戦意の高揚が郷の隅々にまで行き渡っている。
「ルークの奴ぁ来てねぇのか」
列席の一人が呟くと、皆が揃って視線を巡らせた。
「珍しい事もあるもんだなぁ。強者と聞けば嬉々として飛んでくるあいつが」
豪快に酒を呷るのは、鮮やかな赤髪を生やした巨躯の男。厳めしい顔面や剥き出しの大腕に夥しい傷痕が刻まれている。筋骨隆々という言葉が弱く聞こえるほど、彼の肉体は巨岩の如く鍛え上げられていた。
名をオーダックス・パノルゴス。ルーク・ヴェルーシェとは旧知の仲であり、一騎討ちにおいて互角の実力を持つ正真正銘の豪傑である。
「めざめの騎士との戦いの傷が、未だ癒えておらぬと聞く。まったく情けない。名声と実質は異なるということだな。魔王を名乗る不届き者は、このアモルクス・ギャラムが華麗に討ち取ってみせようではないか」
「そうかい。そいつぁ楽しみだな」
見知らぬ誰かが揚々と放った言葉を、オーダックスは笑い飛ばした。本心を口にしないのは言葉の無常であるを悟っているが故だ。彼もまた魔族の例に漏れず、力を最上の価値と信ずる戦士である。フィリウスの誘いに乗ってこの郷に来たのも、最強の自負を携えるからこそ。
そしてそれはオーダックスに限らない。打倒魔王は建前に過ぎず、その名分に乗じて最強を決する意図がこの戦の本質だった。
戦士達は静謐なる闘争心を滾らせている。魔王のみならず、同席の者に対しても。その様子をじっと見据えていたフィリウスは、ふと視線を隣の侍従に移した。
「ルモート。魔王は如何様な者であったか」
「カイリ・イセと名乗る、一見して凡庸な小娘でありました。しかしながら、噂通り言動は風変わり。いやに慇懃であり、また、あの人間かぶれの住処に好意を示しておりました」
「あの城もどきを」
低い笑声を短く切り、フィリウスは髭を撫でる。
「して、コワールは魔王に下ったのか?」
「左様でございます。あのような者を真っ先にしもべにするとは、魔王の器も知れるというもの」
ルモートの言葉を聞いた列席者らは、笑いをあげたり頷いたり、また首を傾げたりしていた。
人間かぶれのソーニャ・コワール。彼女の名と奇行は多くの魔族が知るところである。取るに足りぬ者達は彼女を軽んじていたが、フィリウスはその限りではない。奇異の内に猛る黒き火炎をしかと見抜いていた。
「侮れぬぞ。存外」
噂が影を呼び寄せたか。深刻げに呟いたフィリウスの視界に、懸念の対象が現れた。
曇天を背負い舞い降りてきたのは、漆黒のドレスを纏った美貌の少女。銀の髪をなびかせ、血染めの瞳に強い意思を宿している。
宴席の直前にふわりと着地したソーニャは、場の視線を一身に集めながら鋭く一礼した。触れ合った拳と掌が小気味よい音を鳴らす。
「何者だ?」
誰かが発した質問に、彼女は微笑みをもって答えた。
「ソーニャ・コワール。魔王様の使いよ」
フリルをあしらったドレスが風を浴びて揺れる。人間文化的な趣向を凝らした装いは、宴席に生温い失笑をもたらした。
「人間かぶれとはよく言ったものだ」
「魔族の誇りを、どこぞに捨て置いてきたのか?」
強さを是とする価値観においても、装いや振る舞いはもれなく重んじられる。戦士然とした佇まいはそのまま武の象徴となるからだ。弱い人間の真似事など蔑まれて然るべき。それが魔族の共通認識であった。
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