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無知なる罪 ②

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「魔王様がいかにして南部を制覇されたのか、その子から聞きました。概ね、噂通りといったところでしょうか」

「噂って?」

「森を練り歩き、郷を訪れてはお力を誇示された、と」

「そんな……」

 カイリは思わず立ち上がりそうになる。

「わたしはただ、魔族のみんなで仲よくしようって……お願いっていうか、説得っていうか、お話っていうか」

「そんなの、誰も聞いてくれなかったじゃねーか」

「そうだけど。心をこめて話せば、きっとわかってくれるよ。だって、トトともソーニャちゃんとも、仲良くなれたんだもん」

「恐れながら」

 語気強く、ソーニャが口を開く。
 カイリを見つめる魔性の美貌は、憐憫と慈愛で滲んでいた。

「魔王様は世間知らずであられます。その子は教えてくれなかったかもしれませんが……力こそ至高なんていうカビの生えた考え方の連中が、力で得たものを言葉で手放すはずありません」

 郷主とは最強の座である。座にある者は、追い落とされるリスクを抱えるものだ。故に彼らは矜持を背負い、執着を抱く。
 力とは強敵を倒してこそ証明される。郷主らがカイリを求めてきたのもそれが理由だ。より強き者の台頭によって容易く入れ替わるのが、最強の座であるのだから。

「思い出してください。どこへ行っても、昨日のようなことが起きたでしょう?」

 物憂げに頷くカイリ。言いたいことがあるなら力を示せと、魔族達から戦いを挑まれた。
 こちらの意思に構わず攻撃してくるものだから、身を守るために力を振るうしかない。半ば反射的に行使した力は、並み居る強者達を遥かに凌駕した。
 いくつかの郷で同じことが起こり、その後は姿を見せるだけで屈服する者も少なからず現れた。結果、今や森林南部はすべてカイリの領域だ。
 自身に宿る強大な力を、嫌でも自覚してしまう。トトが流布した魔王の称号を、否定できなくなるほどに。

「傷つけたくなかったのに」

 スカートの裾を握りしめ、沈痛な面持ちで俯くカイリ。頭上のシャンデリアも、足元の赤い絨毯も、彼女の目には入っていなかった。
 トトはそわそわして、カイリとソーニャを交互に見やる。
 ソーニャは落ち込む魔王の顔をじっと見つめていた。カイリの言動を優しさと表現していいものか。甘えだと諫めるか、あるいは愚かと断ずるべきか、迷っている。人間かぶれと呼ばれるソーニャにもカイリのすべてを理解することはできない。

「魔王様、どうかお聞かせください。なぜこの森を……魔族を、一つにまとめようとなさるのですか?」

 言葉を吟味した質問だった。
 大多数の魔族のように、己が武を誇示したいわけではあるまい。また多くの人間のように、権力を求めているとも思えない。そのような俗な欲望とは無縁だろう。では何故、強大な力を有しながら対話による統一を目指すのか。
 トトが不安そうにカイリを見つめる。最も長く共にあった彼女も、魔王が目論む真の目的を知らなかった。
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