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力量 ②

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 だが。

「……は?」

 青年は愕然とした。
 かき消えた炎の中から、腕で顔を覆うカイリが現れた。体にも衣服にもかすり傷一つついていない。何事もなかったかのように佇んでいる。顔を守ったのは防御ではなく、まったく反射の行動でしかなかった。

「ウソ? 不発?」

「……いや」

 カイリの足元から背後にかけて、爆炎の影響ははっきりと現れている。大地は抉れ、草花は燃え尽き、樹齢百年を超える大木が幾本もへし折れている。余波だけでこの威力。直撃を受けたカイリが原型を保っていることに、彼らは目を疑った。

「あの、ごめんなさい」

 口をついて出たのは再三の謝罪。

「本当にわたし、戦いたくないんです。あなた達を傷つけたくないんです」

 きっとそれは偽りない本心であったが、魔族の耳は挑発と聞く。
 魔族古来の文化に、情けや手心といった概念はない。ひとたび戦いが始まれば、全身全霊をもって勝敗を決する。たとえ望んだ戦いでなくとも、それが挑んできた相手への敬意であるからだ。現代日本的なカイリの振る舞いは、彼らに対して無礼千万といえた。

「ほら、トトも謝って。失礼なこと言ったでしょ?」

「何言ってんだよ魔王様。謝る必要なんかねぇって。下っ端のザコなんだしさー」

「もう。この子ったら」

 彼女はこれまでにも同じような場面を何度も経験している。郷を訪れる度に戦いを挑まれても、一貫して平和的な姿勢を崩さない。懲りずにそんなことを続けていると、終いには問答無用で襲いかかられる始末。
 心を開いて語り合えば、きっとわかり合える。生まれた世界で培ったカイリの信条は、異世界という新天地において通用しなかった。あるいはこれが人間の住む地であるならば、また違ったのかもしれない。
 ただ一人、ここにカイリの心境を理解できる者がいる。人間かぶれのソーニャ・コワール。彼女はカイリの人間的な思考を敏感に感じ取っていた。

「よし」

 ソーニャは機を見て、さっと梢から飛び降りる。軽やかに着地する様は舞い落ちる羽毛のよう。対峙する青年とカイリの間に割って入ることで、困惑に満ちた場を途端に制してしまった。

「はいはい、もういいでしょ。おしまいおしまい」

 ぱんぱんと手を叩いたソーニャに若者の視線が集中する。それに背を向けて、彼女は呆けるカイリの手を取った。

「はじめまして魔王様。あたしはソーニャ・コワール。郷主のフィリウスはただいま不在でして、よろしければ帰ってくるまであたしの家でおくつろぎください」

「へ? あ、えっと……あ、ありがとう?」

 突然降ってきた見目麗しい少女に、カイリは困惑する。ソーニャの装いは他の魔族とは趣向を大きく異にしていた。フリルをふんだんにあしらったドレスは、いかにも人間文化的であるように見える。

「おいコワール! テメェまた邪魔する気かコラ!」

「あらぁまだいたの? ていうか、邪魔するも何もあなたの負けでしょー? 負けっていうか惨敗? 勝負にもなってなかったけどねぇ。だからほら、とっとと消えちゃっていいわよぉ」

 眼中にないとばかりに、ソーニャは青年を一瞥しただけ。

「ほざけや!」

 青年の両手が再び爆ぜた。先程と同じく二発の炎弾が飛来する。

「あっ」

 カイリの声。
 ソーニャは振り返ることもなく、迫る炎弾に向けて指先をぴんと弾く。そこから放たれた木の実ほどの黒い火が、赤紫の炎を貫いて消し飛ばした。黒い火はそのまま青年の胴体に着弾。分厚い爆音が轟き、黒煙が膨れ上がった。 

「愚図が構わないでくれる? 力の差もわかんないくせに」

 返事はない。青年は白目を剥き出して崩れ落ちていた。上衣は無残にも吹き飛び、たくましい肉体から皮膚がほとんど剥がれ落ちている。

「さ、行きましょう。魔王様」

「え? あの、でも……」

「いいからいいから」

 カイリは倒れた青年を見て、その痛ましさに目を逸らしてしまう。

「あの人、大丈夫なの?」

「死んじゃいませんよ。消えない傷は残るでしょうけど」

 心配そうに見つめるカイリと、その手を引いて郷に向かうソーニャ。それに付き従うトト。
 周囲の若者達は、ただ呆気に取られ言葉を失っていた。
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