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ソーニャ・コワール ②

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「話し合いなんて、意味ないでしょーに」

 住民の序列は、魔族がなによりも重要視する個の武勇によって決められる。普通は上位の者の意見が優先されるものだが、今はちょうど同列の者達の間で意見が割れていた。郷主フィリウスの不在が対立に拍車をかけていた。
 とはいえ、手段は違っても目的は同じ。誰もがこの郷と、そこに住む人々を守ろうとしている。彼らにも郷土愛があり、住みつく地を守ろうという熱意があるのだ。
 個人主義の魔族といっても、共同体の中では互助的な生活を営む。郷によって差異はあるものの、多くは共通の不文律に則っており、種の文化ないし慣習として定着していた。

 弱者は従い、働き、貢ぐ。
 強者は導き、守り、与える。
 それが魔族の法だった。

 一方ソーニャには郷を守る気などさらさらなかった。縁もゆかりもない土地だ。誰のものだとか、どのように変わるだとか、そんなことはどうだっていい。彼女の好奇心は、ただ魔王なる人物だけに向けられている。
 魔族社会にあって、ソーニャははぐれ者だった。強さを至高の価値とする古臭い観念がどうにも肌に合わなかったのだ。力の価値を否定するわけではない。生きる為、望みを叶える為の力は必要だ。ソーニャとて力を得るための鍛錬は欠かさない。けれど他にもっと大切な事があるんじゃないか。着飾ったり、芸を嗜んだり、美しいものを愛でたり、人生は未知なる価値で溢れている。
 むろん魔族にも風流を見出す感性がないわけではない。絵の道を極めようとする男もいれば、美食に生活を捧げる女もいる。娯楽に興じる老人がいて、学問に没頭する若人がいた。だが彼らは皆、軽蔑の対象とされた。古くから力を持つ魔族が形成した因習のせいで。

 趣を是とするソーニャは、郷を転々としては新しい魔族のあり方を模索し続けている。
 そんな彼女を、魔族達は人間かぶれと揶揄した。
 それでいい。ソーニャは、人間と人間が作り上げた文化が好きだった。憧れていると言ってもいいくらいに。
 騒ぎの原因である魔王もまた、魔族らしからぬ価値観を持っていると風の噂に聞いていた。だから興味が湧くのだ。一体どんな人物なのか。

「来た……!」

 遠方。長く曲がりくねった林道に、小さな二つの影が現れた。
 立ち上がって目陰を作るソーニャ。
 黒一色の異装。黒髪の若い女。隣に幼い子どもを連れている。
 この辺りでは見ない顔だ。風聞にある魔王の特徴とも一致する。

 間違いない。ようやくやってきた。
 力を是とする魔族の世で、王を自称する不敵な輩。
 カイリ・イセのお出ましだ。
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