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ソーニャ・コワール ①
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二年前、某日。大陸南部の大森林。
朝陽は曇天に遮られている。全身に纏わりつく湿気た空気がひたすら不快だ。
切り立った断崖の中ほどから大きく波打って伸びた大木の上で、ソーニャは優雅に脚を組んでいた。
「まだ来ないのかしら」
何度目になるかわからない呟きを漏らし、彼女は眼下の郷に目を落とす。
大きく開けた地に乱立しているのは、木材や岩石、土砂を魔法で加工した家屋だ。規模も外観も様々あり、それぞれが個性と嗜好を主張している。
ここでは数百の魔族が小さな社会を形成していた。政治的な結びつきではない。そもそも国家を持たない魔族は、権力や経済といった概念とは無縁である。魔族における郷とは、強者の縄張りに住まう者達の共同体であり、その名は縄張りの主が持つ族号から取られることが通例だ。故にこの場所はパテルの郷と呼ばれていた。
「ピリピリしちゃって。みっともないったらありゃしない」
湿った風がフリルのスカートを揺らす。郷を一望できるこの場所から、果物でも齧って住民の生活をのんびりと眺めるのがソーニャの日課だった。
この郷は長らく平穏だ。郷主であるフィリウス・パテルは、この地域において頭一つ抜けた強さを持ちながら温厚な気質で知られていた。住人達は争わず戦わず、魔族にしては和やかな関係を築き上げている。
だが、今日ばかりはいつもと事情が違った。広場に顔を揃えた住人らは皆一様に浮足立ち、喧々と議論を交わしたり争ったりしている。理由は他でもない。この地に魔王なる者がやってくるという知らせのせいであった。
「魔王……ねぇ。大袈裟も大袈裟。実際どんな奴なのかしら」
この日からおよそ一か月前。南海岸に魔王を名乗る者が現れたとの噂が流れた。その者はまるで狩りでもするかのように森を練り歩き、郷を訪れては強大な力でことごとくを平定したという。すでに森林の南半分は魔王の手の中。魔族の過半数が魔王に屈服していた。
その魔王がここにやってくる。もちろん縄張りを奪うために違いない。郷の住人達は戦って力を示すべきか、戦うことなく服従するかで割れていた。
強さとは実戦の中でこそ明らかになる。だから魔王と一戦交えるべきだ。
否。多くが従属した今、すでに力は示されたも同然。
戦にて武勇を示すは我らの誇り。戦って勝つもよし、敗れて死ぬもまたよし。
否。無駄な血を流す必要はない。強さとは生きる為の力であり、滅びへの動力であってはならない。
ソーニャの艶やかな唇から、ふわりと吐息が漏れた。
朝陽は曇天に遮られている。全身に纏わりつく湿気た空気がひたすら不快だ。
切り立った断崖の中ほどから大きく波打って伸びた大木の上で、ソーニャは優雅に脚を組んでいた。
「まだ来ないのかしら」
何度目になるかわからない呟きを漏らし、彼女は眼下の郷に目を落とす。
大きく開けた地に乱立しているのは、木材や岩石、土砂を魔法で加工した家屋だ。規模も外観も様々あり、それぞれが個性と嗜好を主張している。
ここでは数百の魔族が小さな社会を形成していた。政治的な結びつきではない。そもそも国家を持たない魔族は、権力や経済といった概念とは無縁である。魔族における郷とは、強者の縄張りに住まう者達の共同体であり、その名は縄張りの主が持つ族号から取られることが通例だ。故にこの場所はパテルの郷と呼ばれていた。
「ピリピリしちゃって。みっともないったらありゃしない」
湿った風がフリルのスカートを揺らす。郷を一望できるこの場所から、果物でも齧って住民の生活をのんびりと眺めるのがソーニャの日課だった。
この郷は長らく平穏だ。郷主であるフィリウス・パテルは、この地域において頭一つ抜けた強さを持ちながら温厚な気質で知られていた。住人達は争わず戦わず、魔族にしては和やかな関係を築き上げている。
だが、今日ばかりはいつもと事情が違った。広場に顔を揃えた住人らは皆一様に浮足立ち、喧々と議論を交わしたり争ったりしている。理由は他でもない。この地に魔王なる者がやってくるという知らせのせいであった。
「魔王……ねぇ。大袈裟も大袈裟。実際どんな奴なのかしら」
この日からおよそ一か月前。南海岸に魔王を名乗る者が現れたとの噂が流れた。その者はまるで狩りでもするかのように森を練り歩き、郷を訪れては強大な力でことごとくを平定したという。すでに森林の南半分は魔王の手の中。魔族の過半数が魔王に屈服していた。
その魔王がここにやってくる。もちろん縄張りを奪うために違いない。郷の住人達は戦って力を示すべきか、戦うことなく服従するかで割れていた。
強さとは実戦の中でこそ明らかになる。だから魔王と一戦交えるべきだ。
否。多くが従属した今、すでに力は示されたも同然。
戦にて武勇を示すは我らの誇り。戦って勝つもよし、敗れて死ぬもまたよし。
否。無駄な血を流す必要はない。強さとは生きる為の力であり、滅びへの動力であってはならない。
ソーニャの艶やかな唇から、ふわりと吐息が漏れた。
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