138 / 152
触れ合う心 ②
しおりを挟む
「ありがとな。ソーニャ」
「はぁ……え?」
頭がおかしくなったのかと、そう思われても仕方ない。
不思議な感覚だった。深化した生命の奥底から歓喜を伴って湧き出でるこの感情は、理性で抑えられるものでも、理屈で説明できるものでもない。この時カイトは一つの境地に辿り着いていた。否、思い出したと言うべきか。
カイリがこの世界に立った時、一体どんな気持ちだっただろう。病死の後、たった一人で見知らぬ土地に放り出され、力を信奉する魔族の社会で生き抜かなければならない。まだ十三歳の幼い少女にとってこれほど過酷な仕打ちがあろうか。たとえ魔王に能う力を持っていても心までは強くならない。その孤独と不安を思うだけで胸が張り裂けそうになる。
カイトには分かるのだ。たった一人でこの世界を生きられるわけがない。カイリにもきっと、支えとなり拠り所となる人物がいたはずだ。
「カイリと一緒に、いてくれたんだろう?」
彼が何に対して感謝しているのか、ソーニャはようやく理解する。魔性の美貌に陰りが落ち、自嘲的な追憶の微笑が生まれ、小さく首を横に振った。
「一緒にいてくれたのは……あの子の方」
何を口走っているのだろうと、ソーニャは自身の衝動を恥じた。だが、言わずにはいられない。相手が人間であろうと――否、人間だからこそ――友の苦悩を、強さを、気高さを誇りたい。言葉が枯れるまで語り尽くしたい。我らが魔王の偉大さを思い知れと。
立ち上がったカイトは俯いたままのソーニャに歩み寄る。彼女の前に膝をつき、ほんの少しの躊躇の後、重ねられた白い手に触れた。
「聞かせてくれ。カイリがこの世界で何をしてきたか。どうやって生きてきたのか」
振り払うべき手を、ソーニャは心穏やかに受け入れていた。奇妙にも嫌悪感はない。それどころか、熱を帯びた手には懐かしさすら覚える。
血染めの瞳と黒き眼。視線が交叉した時、ソーニャは胸が一杯になった。
カイトの目、力強い懇願の言葉が、彼の心を物語っている。妹への果てしない愛と、ソーニャへの深い感謝が、清らかな激流となってソーニャの不信を呑み込んでいく。
ああそっか。この男は本当に、カイリちゃんの兄なんだ。
刹那に通じ合った二人の間で、それは否定しようのない確かな真実となった。
「カイリちゃんは――」
ぽつりと、ソーニャは語り始める。
異界より現れ、魔族の危機を憂い、世界を救うため立ち上がった友の足跡を。
「はぁ……え?」
頭がおかしくなったのかと、そう思われても仕方ない。
不思議な感覚だった。深化した生命の奥底から歓喜を伴って湧き出でるこの感情は、理性で抑えられるものでも、理屈で説明できるものでもない。この時カイトは一つの境地に辿り着いていた。否、思い出したと言うべきか。
カイリがこの世界に立った時、一体どんな気持ちだっただろう。病死の後、たった一人で見知らぬ土地に放り出され、力を信奉する魔族の社会で生き抜かなければならない。まだ十三歳の幼い少女にとってこれほど過酷な仕打ちがあろうか。たとえ魔王に能う力を持っていても心までは強くならない。その孤独と不安を思うだけで胸が張り裂けそうになる。
カイトには分かるのだ。たった一人でこの世界を生きられるわけがない。カイリにもきっと、支えとなり拠り所となる人物がいたはずだ。
「カイリと一緒に、いてくれたんだろう?」
彼が何に対して感謝しているのか、ソーニャはようやく理解する。魔性の美貌に陰りが落ち、自嘲的な追憶の微笑が生まれ、小さく首を横に振った。
「一緒にいてくれたのは……あの子の方」
何を口走っているのだろうと、ソーニャは自身の衝動を恥じた。だが、言わずにはいられない。相手が人間であろうと――否、人間だからこそ――友の苦悩を、強さを、気高さを誇りたい。言葉が枯れるまで語り尽くしたい。我らが魔王の偉大さを思い知れと。
立ち上がったカイトは俯いたままのソーニャに歩み寄る。彼女の前に膝をつき、ほんの少しの躊躇の後、重ねられた白い手に触れた。
「聞かせてくれ。カイリがこの世界で何をしてきたか。どうやって生きてきたのか」
振り払うべき手を、ソーニャは心穏やかに受け入れていた。奇妙にも嫌悪感はない。それどころか、熱を帯びた手には懐かしさすら覚える。
血染めの瞳と黒き眼。視線が交叉した時、ソーニャは胸が一杯になった。
カイトの目、力強い懇願の言葉が、彼の心を物語っている。妹への果てしない愛と、ソーニャへの深い感謝が、清らかな激流となってソーニャの不信を呑み込んでいく。
ああそっか。この男は本当に、カイリちゃんの兄なんだ。
刹那に通じ合った二人の間で、それは否定しようのない確かな真実となった。
「カイリちゃんは――」
ぽつりと、ソーニャは語り始める。
異界より現れ、魔族の危機を憂い、世界を救うため立ち上がった友の足跡を。
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。
猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。
そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。
あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは?
そこで彼は思った――もっと欲しい!
欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。
神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――
※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
Switch jobs ~転移先で自由気ままな転職生活~
天秤兎
ファンタジー
突然、何故か異世界でチート能力と不老不死を手に入れてしまったアラフォー38歳独身ライフ満喫中だったサラリーマン 主人公 神代 紫(かみしろ ゆかり)。
現実世界と同様、異世界でも仕事をしなければ生きて行けないのは変わりなく、突然身に付いた自分の能力や異世界文化に戸惑いながら自由きままに転職しながら生活する行き当たりばったりの異世界放浪記です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる