126 / 152
マナと魔力
しおりを挟む
「あなたの論が正しいとしても、だからといってあれを欲しがる理由にはならないね。人質として利用するなら、それこそ厳重に監禁しておくべきじゃないか? 魔導碍牢ならこのデルニエールにも備えてあるんだし」
魔導碍牢。罪を犯した魔術師などを幽閉する特殊な獄舎だ。魔法の構築を阻害する術式が幾重にも施されており、投獄された者は一切の魔法を使用できなくなる。四神将を管理するならこれ以上の環境はない。
「恐れながら。我々はソーニャ・コワールを人質ではなく、協力者として迎えたいと考えております」
「なんと」
驚声を発したのはジークヴァルド。
「戯言を仰るな。魔族を引き入れるなど、内から喰い破られるのが落ちであろう」
ソーンも同感だった。
魔王に忠誠を誓う魔族、まして友情を抱くというソーニャ・コワールが、命を救われたからといって寝返るとは考えにくい。然るべき処遇を怠り、僅かでも自由を与えようものなら、デルニエールは再び戦火に見舞われるだろう。そればかりは何としても避けなければならない。
そこまで考えて、ふと思い至る。
大陸全土にその名を知られるリーティア・フューディメイムともあろう者が、あえて脅威を招き入れる愚を犯すだろうか。何やら秘めた思惑があるに違いない。だが、余計な詮索は無用だ。知ればきっと面倒に巻き込まれる。
二本指を立て、ソーンはぐっと眉を吊り上げた。
「ふたつ、懸念がある」
「お聞かせください」
「ひとつはデルニエールの安全。もうひとつは陛下のご意向だ」
民の生活を守れるのであれば、わざわざ手に余る四神将など引き受けずともよい。欲しいというなら喜んでくれてやろう。
しかしカイン三世がそれを許容するだろうか。せっかく捕らえた四神将を一騎士に与えようものなら、貴族の責務を放棄したと見なされる可能性がある。そうなれば厳罰は避けられまい。
リーティアは深く頷いてから、眼鏡の位置をすっと改める。
「ソーニャ・コワールの治療にあたり、彼女の身体に特殊なルーンを刻んでおります。魔導碍牢で使われている術式の類似ですが、効果は保証いたしますわ」
聞き捨てならない説明だった。
「あれは乙女の御業。術士が刻めるものじゃない」
「はい。ですから類似なのです」
魔導碍牢は、人々の願いに応えた灰の乙女によってもたらされた神器の一種と伝えられる。ルーン文字の発明によって世界に魔法が浸透し始めた時代に、魔法の悪用や犯罪を防止するのが主な目的だった。
乙女は人々の技術体系に合わせルーン文字を用いたと言われているが、その術式は極めて複雑かつ難解であり、人知の理解をはるかに超越していた。乙女のルーンは再現できない。少なくとも今の魔法学体系ではそれが通説であり、稀代の術士だったメイホーンですらその常識を覆すことはできなかった。
「一体どんなルーンなんだい? 個人的にすごく興味がある」
瞳の奥を輝かせるソーンに、リーティアは微笑みを深くする。
「魔導碍牢の構造はご存じでしょうか?」
「ああ、うん。魔法障壁で覆った純魔晶と灰元石を規則的に配置し、乙女のルーンを刻む。それによって生まれるマナの乱流が魔力の動きを阻害し、魔法の構築を制限する。だったかな」
教本どおりの模範解答。ある程度の魔法学を修めた者ならば、このていど誰でも知っている。得意げに口にするほどでもなかったと、ソーンは密かに自省した。
「その仕組みをソーニャ・コワールの体内に構築したのです」
つかの間の自失の後、ソーンは首を振った。
「不可能だ。そんなこと」
貴重な資源を大量に用い、複雑な構造物で効果範囲を局地化し、神秘の力によって稼働する。そんな仕組みを生体の内部に構築できるはずがない。
「それができるのです。マナの本質を理解すれば、自ずと世の理も見えてくるものですわ」
マナには濃度が高いところから低いところへ流れ込むという性質が備わっている。同時に、密度が高い一点に収束しようとする力もはたらいている。
前者をマナの放散力。後者を凝集力という。
この力の均衡はわずかに放散力に傾いており、空間に遍在するマナは均一に向かってゆるやかな流動を続けている。
だが生命体の内部においてはこの力関係が逆転する。体内に取り込まれたマナ、すなわち魔力も前述の法則に従うが、肉体という限定された環境では凝集力に偏るのだ。
普遍する一大原則と、無数の小さな例外。
生命の根源であるマナには元来、世界の調和を保つ力が備わっている。
そのバランスを意図的に崩壊させるのがルーン文字の作用である。魔力の持つ凝集力を増幅させ、その性質に指向性を与えることで様々な超常現象を生じさせる。所謂これが魔法と呼ばれる業である。
「我々の用いるルーン文字は魔力の凝集力を調整することしかできません。しかしながら、乙女の御業にかかれば放散力の操作など児戯にも等しい」
ソーンは頭を回転させ、リーティアの言葉を理解しようと努める。
「魔導碍牢に刻まれた乙女のルーンは、閉鎖空間に封じ込めたマナの凝集力と放散力を常に変化させ続ける術式です。これに対し私がソーニャ・コワールに施した術式は、彼女が持つ強い凝集力を逆手に取り、断続的に放散力を強めることで魔力のはたらきを抑制するもの」
「ちょ、ちょっと待った」
そこで思わず制止の手を挙げた。
「それじゃあなに? あなたは、乙女と同じ力を扱えるってこと?」
魔導碍牢。罪を犯した魔術師などを幽閉する特殊な獄舎だ。魔法の構築を阻害する術式が幾重にも施されており、投獄された者は一切の魔法を使用できなくなる。四神将を管理するならこれ以上の環境はない。
「恐れながら。我々はソーニャ・コワールを人質ではなく、協力者として迎えたいと考えております」
「なんと」
驚声を発したのはジークヴァルド。
「戯言を仰るな。魔族を引き入れるなど、内から喰い破られるのが落ちであろう」
ソーンも同感だった。
魔王に忠誠を誓う魔族、まして友情を抱くというソーニャ・コワールが、命を救われたからといって寝返るとは考えにくい。然るべき処遇を怠り、僅かでも自由を与えようものなら、デルニエールは再び戦火に見舞われるだろう。そればかりは何としても避けなければならない。
そこまで考えて、ふと思い至る。
大陸全土にその名を知られるリーティア・フューディメイムともあろう者が、あえて脅威を招き入れる愚を犯すだろうか。何やら秘めた思惑があるに違いない。だが、余計な詮索は無用だ。知ればきっと面倒に巻き込まれる。
二本指を立て、ソーンはぐっと眉を吊り上げた。
「ふたつ、懸念がある」
「お聞かせください」
「ひとつはデルニエールの安全。もうひとつは陛下のご意向だ」
民の生活を守れるのであれば、わざわざ手に余る四神将など引き受けずともよい。欲しいというなら喜んでくれてやろう。
しかしカイン三世がそれを許容するだろうか。せっかく捕らえた四神将を一騎士に与えようものなら、貴族の責務を放棄したと見なされる可能性がある。そうなれば厳罰は避けられまい。
リーティアは深く頷いてから、眼鏡の位置をすっと改める。
「ソーニャ・コワールの治療にあたり、彼女の身体に特殊なルーンを刻んでおります。魔導碍牢で使われている術式の類似ですが、効果は保証いたしますわ」
聞き捨てならない説明だった。
「あれは乙女の御業。術士が刻めるものじゃない」
「はい。ですから類似なのです」
魔導碍牢は、人々の願いに応えた灰の乙女によってもたらされた神器の一種と伝えられる。ルーン文字の発明によって世界に魔法が浸透し始めた時代に、魔法の悪用や犯罪を防止するのが主な目的だった。
乙女は人々の技術体系に合わせルーン文字を用いたと言われているが、その術式は極めて複雑かつ難解であり、人知の理解をはるかに超越していた。乙女のルーンは再現できない。少なくとも今の魔法学体系ではそれが通説であり、稀代の術士だったメイホーンですらその常識を覆すことはできなかった。
「一体どんなルーンなんだい? 個人的にすごく興味がある」
瞳の奥を輝かせるソーンに、リーティアは微笑みを深くする。
「魔導碍牢の構造はご存じでしょうか?」
「ああ、うん。魔法障壁で覆った純魔晶と灰元石を規則的に配置し、乙女のルーンを刻む。それによって生まれるマナの乱流が魔力の動きを阻害し、魔法の構築を制限する。だったかな」
教本どおりの模範解答。ある程度の魔法学を修めた者ならば、このていど誰でも知っている。得意げに口にするほどでもなかったと、ソーンは密かに自省した。
「その仕組みをソーニャ・コワールの体内に構築したのです」
つかの間の自失の後、ソーンは首を振った。
「不可能だ。そんなこと」
貴重な資源を大量に用い、複雑な構造物で効果範囲を局地化し、神秘の力によって稼働する。そんな仕組みを生体の内部に構築できるはずがない。
「それができるのです。マナの本質を理解すれば、自ずと世の理も見えてくるものですわ」
マナには濃度が高いところから低いところへ流れ込むという性質が備わっている。同時に、密度が高い一点に収束しようとする力もはたらいている。
前者をマナの放散力。後者を凝集力という。
この力の均衡はわずかに放散力に傾いており、空間に遍在するマナは均一に向かってゆるやかな流動を続けている。
だが生命体の内部においてはこの力関係が逆転する。体内に取り込まれたマナ、すなわち魔力も前述の法則に従うが、肉体という限定された環境では凝集力に偏るのだ。
普遍する一大原則と、無数の小さな例外。
生命の根源であるマナには元来、世界の調和を保つ力が備わっている。
そのバランスを意図的に崩壊させるのがルーン文字の作用である。魔力の持つ凝集力を増幅させ、その性質に指向性を与えることで様々な超常現象を生じさせる。所謂これが魔法と呼ばれる業である。
「我々の用いるルーン文字は魔力の凝集力を調整することしかできません。しかしながら、乙女の御業にかかれば放散力の操作など児戯にも等しい」
ソーンは頭を回転させ、リーティアの言葉を理解しようと努める。
「魔導碍牢に刻まれた乙女のルーンは、閉鎖空間に封じ込めたマナの凝集力と放散力を常に変化させ続ける術式です。これに対し私がソーニャ・コワールに施した術式は、彼女が持つ強い凝集力を逆手に取り、断続的に放散力を強めることで魔力のはたらきを抑制するもの」
「ちょ、ちょっと待った」
そこで思わず制止の手を挙げた。
「それじゃあなに? あなたは、乙女と同じ力を扱えるってこと?」
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
Switch jobs ~転移先で自由気ままな転職生活~
天秤兎
ファンタジー
突然、何故か異世界でチート能力と不老不死を手に入れてしまったアラフォー38歳独身ライフ満喫中だったサラリーマン 主人公 神代 紫(かみしろ ゆかり)。
現実世界と同様、異世界でも仕事をしなければ生きて行けないのは変わりなく、突然身に付いた自分の能力や異世界文化に戸惑いながら自由きままに転職しながら生活する行き当たりばったりの異世界放浪記です。
神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。
猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。
そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。
あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは?
そこで彼は思った――もっと欲しい!
欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。
神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――
※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる