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革命は成った
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デルニエールは大いに沸き立った。
眼前に迫った魔獣は一体残らず消滅し、それを従えていた魔族達は敗走。なにより四神将のうち二人が参戦したにも拘らず、その両方を撃退ないし捕縛した。
王国側の死傷者は援軍を含め七千余り。決して少なくない数ではあるが、その内訳は王都からの援軍が半数以上を占めており、デルニエールが抱える戦力の損耗は二割程度に抑えられていた。
デルニエール始まって以来の逆転劇。
メック・アデケー王国史に残る歴史的大勝利。
まとめられた報告を聞き終えたソーンは、幼い顔に疲れた笑みを浮かべる。彼は失った同胞を思って胸を痛めつつも、この結果にいたく満足していた。入念な準備を積み重ね、果敢に指揮を執り、悪しき魔族の手から故郷を守り抜いたのだ。臣下の手前ゆえ泰然とした振る舞いを崩さないが、心中は湧き上がる歓喜で満たされていた。
主の胸の内を代弁するかのように、ジークヴァルドら将校が城壁の上で勝鬨をあげる。次第に兵や住民の声が合わさり、熱狂は都市全体を包み込んだ。日が沈むまで響き続けた大合唱は、かつてなく民心が一つになった証であった。
二人の四神将、そして十万の大軍を打ち破ったこの戦いは、後にデルニエールの奇跡と呼ばれ、公太子ソーンの名と共に語り継がれることになる。
翌朝。ソーンは城門の上からデルニエールの街を見下ろしていた。清々しい陽光に照らされる街並みを見ていると、大きな達成感と深い感慨に包まれる。
力を尽くして守った故郷。感無量とはまさにこのことだろう。
「若。今朝はお早いですな」
現れたのはジークヴァルド。戦いは終わったというのに、傷だらけになった甲冑姿のままだ。
傍らにやってきた老将を、ソーンは不思議そうに見上げる。
「なぜ鎧を? 眠っていないのかい?」
「勝手ながら、余力のある兵を率いて哨戒の任に当たっておりました」
「そっか。ご苦労だったね」
「はっ」
労いの裏で、ソーンは自身の詰めの甘さを猛省していた。戦闘終了からまもなく気絶するように眠ってしまったせいで、後の対応を下知することができなかった。えてして勝利の中に、次の敗北の因があるものだ。
その心中を察しつつも、ジークヴァルドは何も言わない。主君の不足を補うのもまた臣下の役目である。
兜を小脇に抱え、老将は昇りゆく朝日に目を細めた。
「無事、成し遂げられましたな」
「……ああ」
街を眺める二人の間を、陽気な風が通り抜けていく。
「あなたのおかげだ。将軍」
「ご冗談を。此度の私は無様を晒すばかりでした」
自嘲の笑いを漏らすジークヴァルドに、ソーンは首を振った。
「昨日今日の話じゃない。あなたはずっと未熟な僕を傍で支えてくれた。お父上を殺すと決めたあの日から、ずっとね」
「若。口に出してはなりませぬ」
「これで最後だ。自分へのけじめと、あの人の弔いも兼ねて」
民を欺き、私腹を肥やし、仮初の威厳を振りかざす領主を、ソーンはどうしても許すことができなかった。亡き母の思想を継いだ彼は、愚かな父の排除を望んでいたのだ。
しかし、国王の従兄弟であるティミドゥス公を失脚させるのは難しい。栄えあるデルニエールの歴史に暗殺の汚点を刻むこともできない。故にソーンは信用できる同志と共に、機会の訪れを耽々と待っていたのだ。魔王軍の攻撃は最大の危機に他ならなかったが、それゆえ水面下で事を運ぶにはうってつけであった。
軍を率いて打って出たティミドゥス公は、混乱する戦場で勇敢に戦い、人知れず名誉の死を遂げた。記録にはそう残されている。
「革命は成った」
ソーンは爵位を継ぎ、デルニエールの統治者となる。ようやくスタートラインに立てたのだ。それがなによりも喜ばしい。民もまた、ティミドゥス公の死を悼むのも忘れ、新たな領主の誕生に歓喜するだろう。
激戦の裏に隠された小さな革命を知る者はごく僅かである。
「若の祖父君は、強く英明な領主であられた」
「王弟フラテルダス」
ジークヴァルドは頷く。
「私はデルニエールの発展を、この目で見て参りました。若き日には傭兵として各地を巡りましたが、あれほどの方に出会ったことはありませぬ」
「そんな明主から、どうしてあんな男が生まれたのか」
「はっは。それは若にも言えることですぞ。他生の縁があるだけで、親と子はまったくの別人。顔立ちや肌の色が同じであろうと、才や資質が継承されるとは限りませぬ」
「違いない」
祖父の遺産を食い潰すだけだった愚かな父。ソーンはそれを反面教師とし、この街の更なる発展を目指す。偉人の資質とは、血ではなく志に宿るものだ。
ソーンは戦いで散った同胞に黙祷を捧げ、父に別れを告げる。後悔はなかった。
「ところで将軍。我らが英雄は今どこにおられる? 実を言うと、早くお目にかかりたくてうずうずしているんだ」
「そのことですが……白将軍の軍師が若にお会いしたいと申しておりましてな。ここに参ったのは、それをお伝えするためでもあるのです」
浮かれていたソーンは首を傾げる。
「英雄の彼よりも先にってことだよね?」
「あちらにも事情があるようですな」
「ふーん。まぁ、功労者の申し出を無下にもできないか……わかった。後で僕の部屋に来るよう伝えてくれ」
「御意」
「あと、将軍もゆっくり休むんだよ。もう結構な歳なんだしさ」
「なんの。まだまだ現役。歳を言い訳にはできませぬ」
城壁の上には、二人の軽快な笑いが木霊する。
ソーンは腹心である老将軍との時間をなにより大切にしていた。
愚鈍な父を持ったがゆえに、理想の父親像を彼に見ていたのかもしれない。
眼前に迫った魔獣は一体残らず消滅し、それを従えていた魔族達は敗走。なにより四神将のうち二人が参戦したにも拘らず、その両方を撃退ないし捕縛した。
王国側の死傷者は援軍を含め七千余り。決して少なくない数ではあるが、その内訳は王都からの援軍が半数以上を占めており、デルニエールが抱える戦力の損耗は二割程度に抑えられていた。
デルニエール始まって以来の逆転劇。
メック・アデケー王国史に残る歴史的大勝利。
まとめられた報告を聞き終えたソーンは、幼い顔に疲れた笑みを浮かべる。彼は失った同胞を思って胸を痛めつつも、この結果にいたく満足していた。入念な準備を積み重ね、果敢に指揮を執り、悪しき魔族の手から故郷を守り抜いたのだ。臣下の手前ゆえ泰然とした振る舞いを崩さないが、心中は湧き上がる歓喜で満たされていた。
主の胸の内を代弁するかのように、ジークヴァルドら将校が城壁の上で勝鬨をあげる。次第に兵や住民の声が合わさり、熱狂は都市全体を包み込んだ。日が沈むまで響き続けた大合唱は、かつてなく民心が一つになった証であった。
二人の四神将、そして十万の大軍を打ち破ったこの戦いは、後にデルニエールの奇跡と呼ばれ、公太子ソーンの名と共に語り継がれることになる。
翌朝。ソーンは城門の上からデルニエールの街を見下ろしていた。清々しい陽光に照らされる街並みを見ていると、大きな達成感と深い感慨に包まれる。
力を尽くして守った故郷。感無量とはまさにこのことだろう。
「若。今朝はお早いですな」
現れたのはジークヴァルド。戦いは終わったというのに、傷だらけになった甲冑姿のままだ。
傍らにやってきた老将を、ソーンは不思議そうに見上げる。
「なぜ鎧を? 眠っていないのかい?」
「勝手ながら、余力のある兵を率いて哨戒の任に当たっておりました」
「そっか。ご苦労だったね」
「はっ」
労いの裏で、ソーンは自身の詰めの甘さを猛省していた。戦闘終了からまもなく気絶するように眠ってしまったせいで、後の対応を下知することができなかった。えてして勝利の中に、次の敗北の因があるものだ。
その心中を察しつつも、ジークヴァルドは何も言わない。主君の不足を補うのもまた臣下の役目である。
兜を小脇に抱え、老将は昇りゆく朝日に目を細めた。
「無事、成し遂げられましたな」
「……ああ」
街を眺める二人の間を、陽気な風が通り抜けていく。
「あなたのおかげだ。将軍」
「ご冗談を。此度の私は無様を晒すばかりでした」
自嘲の笑いを漏らすジークヴァルドに、ソーンは首を振った。
「昨日今日の話じゃない。あなたはずっと未熟な僕を傍で支えてくれた。お父上を殺すと決めたあの日から、ずっとね」
「若。口に出してはなりませぬ」
「これで最後だ。自分へのけじめと、あの人の弔いも兼ねて」
民を欺き、私腹を肥やし、仮初の威厳を振りかざす領主を、ソーンはどうしても許すことができなかった。亡き母の思想を継いだ彼は、愚かな父の排除を望んでいたのだ。
しかし、国王の従兄弟であるティミドゥス公を失脚させるのは難しい。栄えあるデルニエールの歴史に暗殺の汚点を刻むこともできない。故にソーンは信用できる同志と共に、機会の訪れを耽々と待っていたのだ。魔王軍の攻撃は最大の危機に他ならなかったが、それゆえ水面下で事を運ぶにはうってつけであった。
軍を率いて打って出たティミドゥス公は、混乱する戦場で勇敢に戦い、人知れず名誉の死を遂げた。記録にはそう残されている。
「革命は成った」
ソーンは爵位を継ぎ、デルニエールの統治者となる。ようやくスタートラインに立てたのだ。それがなによりも喜ばしい。民もまた、ティミドゥス公の死を悼むのも忘れ、新たな領主の誕生に歓喜するだろう。
激戦の裏に隠された小さな革命を知る者はごく僅かである。
「若の祖父君は、強く英明な領主であられた」
「王弟フラテルダス」
ジークヴァルドは頷く。
「私はデルニエールの発展を、この目で見て参りました。若き日には傭兵として各地を巡りましたが、あれほどの方に出会ったことはありませぬ」
「そんな明主から、どうしてあんな男が生まれたのか」
「はっは。それは若にも言えることですぞ。他生の縁があるだけで、親と子はまったくの別人。顔立ちや肌の色が同じであろうと、才や資質が継承されるとは限りませぬ」
「違いない」
祖父の遺産を食い潰すだけだった愚かな父。ソーンはそれを反面教師とし、この街の更なる発展を目指す。偉人の資質とは、血ではなく志に宿るものだ。
ソーンは戦いで散った同胞に黙祷を捧げ、父に別れを告げる。後悔はなかった。
「ところで将軍。我らが英雄は今どこにおられる? 実を言うと、早くお目にかかりたくてうずうずしているんだ」
「そのことですが……白将軍の軍師が若にお会いしたいと申しておりましてな。ここに参ったのは、それをお伝えするためでもあるのです」
浮かれていたソーンは首を傾げる。
「英雄の彼よりも先にってことだよね?」
「あちらにも事情があるようですな」
「ふーん。まぁ、功労者の申し出を無下にもできないか……わかった。後で僕の部屋に来るよう伝えてくれ」
「御意」
「あと、将軍もゆっくり休むんだよ。もう結構な歳なんだしさ」
「なんの。まだまだ現役。歳を言い訳にはできませぬ」
城壁の上には、二人の軽快な笑いが木霊する。
ソーンは腹心である老将軍との時間をなにより大切にしていた。
愚鈍な父を持ったがゆえに、理想の父親像を彼に見ていたのかもしれない。
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