112 / 152
継承
しおりを挟む
マイギーン半島を舞台に繰り広げられる、激戦に次ぐ激戦。両国とも一進一退の攻防が続き、激化の一途を辿っていく。
戦乱は英雄を生む。この戦いにおいて、王国は多くの人材を輩出した。
不死身のジークヴァルド。双竜のブル・ベル兄弟。千人斬りのハーフェイ・ウィンドリン。三枚舌の軍師ラー・ゼーイン。爆炎のシロン。花騎士クディカ・イキシュ。名を挙げればキリがない。
それはボウダームも同様であり、度重なる侵略戦争で鍛え上げられた豪傑、知恵者たちが居並んでいた。
その中で際立って英名を馳せたのが、めざめの騎士アーシィ・イーサムである。
彼の戦いはもはや神の領域だと謳われた。ひとたび剣を振るえば、天を斬り裂き大地を砕く。槍を握れば山を貫き、弓を引けば星を射抜いたという。乙女の加護を一身に受け、その身は光り輝いていたと。
無論これは一種のプロパガンダである。士気の上昇を促し、灰の乙女は我が方にありと号するための神話。だが、一概に誇張だと言えないのがアーシィ・イーサムの凄まじいところだ。
彼を語る上で欠かすことのできない逸話がある。
開戦まもなく、ボウダームの兵はマイギーン半島に上陸し、数日でその半分まで前線を押し上げた。電光石化の進撃に王国軍は為す術もなかった。
数々の街や村が略奪の被害に遭う中、ボウダーム勢力圏内にありながら占領を免れた町が一つ。そこは、偶然にも灰の乙女が滞在していた宿場町だった。
町の人々が怯える中、アーシィ・イーサムは剣を手にし、ただ一人ボウダーム軍に立ち向かったのだ。彼は瞬く間に数百の敵を斬り伏せ、町に平穏をもたらした。翌日、ボウダーム軍は千の兵力で町を攻めた。アーシィ・イーサムは傷を負いながらもこれを撃退した。数日の後、今度は五千の軍勢が襲来したが、町を落とすこと能わず。その次も、次の次も、どれほどの戦力を投入しようと、ボウダーム軍は屍の山に変わるのみ。
アーシィ・イーサムはたった一人で、一か月もの間その宿場町を守り抜いたのだ。
死闘であった。何度も死にかけた。だが彼は一歩たりとも退かなかった。
何故か。それが彼の生きる意味であったからだ。乙女は決して戦いを望まなかったが、騎士の使命は乙女を守ること。命の賭ける理由など、それ以外に必要なかった。
一ヵ月に渡る孤軍奮闘は、宿場町の名を取りオーテルの戦いと呼ばれ、乙女と騎士の存在を世界に知らしめる発端となった。世に名高きアーシィ・イーサムの伝説は、ここから始まったのだ。
戦争が終結するまでのおよそ一年間。アーシィ・イーサムは王国軍と協力しながら戦い続けた。昼は最前線で剣を振るい、夜は奇襲を仕掛け、求められればどこでも駆けつけた。名のあるボウダームの将の内、半数は彼が討ち取ったとされている。間断なき戦いの果てに勝利を収めた時、彼は世界に名を轟かす天下無双の英傑となったのだ。
終戦の後、かつて栄華を誇ったボウダームは衰退の一途を辿ることになる。戦争賠償金の支払いに加え、乙女に弓引いた汚名は拭い難い。かつて多くの属国を従えたボウダームは、自らが大国の庇護下に入る選択を強いられた。
対してメック・アデケー王国は国家としての地位を高め、その影響力は全世界に波及し始める。
以後、王国には束の間の平穏が訪れた。乙女は灰の巡礼を再開し、アーシィ・イーサムは陰の如く付き従う。国内の巡礼はつつがなく終わり、乙女と騎士はやがて北へと歩を進めた。巡礼の対象は、魔族領へと移ったのだ。
その後、二人の身に何が起こったのかは定かではない。
傷付いた姿で王国へ帰還した乙女は、ただ一つ騎士の死だけを明言し、それ以降は口を閉ざし何も語ろうとしなかった。アーシィ・イーサムの訃報は国中に広まり、国民は嘆き、悼み、そして恐怖した。
カイン三世は乙女を保護し、巡礼の中止を上奏する。騎士を失った乙女に旅を続ける力はない。乙女はそれを受け入れざるを得なかった。
この時より、人間と魔族の関係は急速に悪化する。互いに不干渉を貫いていた双方が、徐々に敵対意識を持ち始めたのである。ついには魔王の出現が引き金となり、今日まで続く人間と魔族の全面戦争に至ったのだ。
かくして、めざめの騎士アーシィ・イーサムの伝説は幕を閉じた。
ここから先は、彼の後を継ぐ異界の勇者の物語だ。
戦乱は英雄を生む。この戦いにおいて、王国は多くの人材を輩出した。
不死身のジークヴァルド。双竜のブル・ベル兄弟。千人斬りのハーフェイ・ウィンドリン。三枚舌の軍師ラー・ゼーイン。爆炎のシロン。花騎士クディカ・イキシュ。名を挙げればキリがない。
それはボウダームも同様であり、度重なる侵略戦争で鍛え上げられた豪傑、知恵者たちが居並んでいた。
その中で際立って英名を馳せたのが、めざめの騎士アーシィ・イーサムである。
彼の戦いはもはや神の領域だと謳われた。ひとたび剣を振るえば、天を斬り裂き大地を砕く。槍を握れば山を貫き、弓を引けば星を射抜いたという。乙女の加護を一身に受け、その身は光り輝いていたと。
無論これは一種のプロパガンダである。士気の上昇を促し、灰の乙女は我が方にありと号するための神話。だが、一概に誇張だと言えないのがアーシィ・イーサムの凄まじいところだ。
彼を語る上で欠かすことのできない逸話がある。
開戦まもなく、ボウダームの兵はマイギーン半島に上陸し、数日でその半分まで前線を押し上げた。電光石化の進撃に王国軍は為す術もなかった。
数々の街や村が略奪の被害に遭う中、ボウダーム勢力圏内にありながら占領を免れた町が一つ。そこは、偶然にも灰の乙女が滞在していた宿場町だった。
町の人々が怯える中、アーシィ・イーサムは剣を手にし、ただ一人ボウダーム軍に立ち向かったのだ。彼は瞬く間に数百の敵を斬り伏せ、町に平穏をもたらした。翌日、ボウダーム軍は千の兵力で町を攻めた。アーシィ・イーサムは傷を負いながらもこれを撃退した。数日の後、今度は五千の軍勢が襲来したが、町を落とすこと能わず。その次も、次の次も、どれほどの戦力を投入しようと、ボウダーム軍は屍の山に変わるのみ。
アーシィ・イーサムはたった一人で、一か月もの間その宿場町を守り抜いたのだ。
死闘であった。何度も死にかけた。だが彼は一歩たりとも退かなかった。
何故か。それが彼の生きる意味であったからだ。乙女は決して戦いを望まなかったが、騎士の使命は乙女を守ること。命の賭ける理由など、それ以外に必要なかった。
一ヵ月に渡る孤軍奮闘は、宿場町の名を取りオーテルの戦いと呼ばれ、乙女と騎士の存在を世界に知らしめる発端となった。世に名高きアーシィ・イーサムの伝説は、ここから始まったのだ。
戦争が終結するまでのおよそ一年間。アーシィ・イーサムは王国軍と協力しながら戦い続けた。昼は最前線で剣を振るい、夜は奇襲を仕掛け、求められればどこでも駆けつけた。名のあるボウダームの将の内、半数は彼が討ち取ったとされている。間断なき戦いの果てに勝利を収めた時、彼は世界に名を轟かす天下無双の英傑となったのだ。
終戦の後、かつて栄華を誇ったボウダームは衰退の一途を辿ることになる。戦争賠償金の支払いに加え、乙女に弓引いた汚名は拭い難い。かつて多くの属国を従えたボウダームは、自らが大国の庇護下に入る選択を強いられた。
対してメック・アデケー王国は国家としての地位を高め、その影響力は全世界に波及し始める。
以後、王国には束の間の平穏が訪れた。乙女は灰の巡礼を再開し、アーシィ・イーサムは陰の如く付き従う。国内の巡礼はつつがなく終わり、乙女と騎士はやがて北へと歩を進めた。巡礼の対象は、魔族領へと移ったのだ。
その後、二人の身に何が起こったのかは定かではない。
傷付いた姿で王国へ帰還した乙女は、ただ一つ騎士の死だけを明言し、それ以降は口を閉ざし何も語ろうとしなかった。アーシィ・イーサムの訃報は国中に広まり、国民は嘆き、悼み、そして恐怖した。
カイン三世は乙女を保護し、巡礼の中止を上奏する。騎士を失った乙女に旅を続ける力はない。乙女はそれを受け入れざるを得なかった。
この時より、人間と魔族の関係は急速に悪化する。互いに不干渉を貫いていた双方が、徐々に敵対意識を持ち始めたのである。ついには魔王の出現が引き金となり、今日まで続く人間と魔族の全面戦争に至ったのだ。
かくして、めざめの騎士アーシィ・イーサムの伝説は幕を閉じた。
ここから先は、彼の後を継ぐ異界の勇者の物語だ。
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
チートを極めた空間魔術師 ~空間魔法でチートライフ~
てばくん
ファンタジー
ひょんなことから神様の部屋へと呼び出された新海 勇人(しんかい はやと)。
そこで空間魔法のロマンに惹かれて雑魚職の空間魔術師となる。
転生間際に盗んだ神の本と、神からの経験値チートで魔力オバケになる。
そんな冴えない主人公のお話。
-お気に入り登録、感想お願いします!!全てモチベーションになります-
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界でスキルを奪います ~技能奪取は最強のチート~
星天
ファンタジー
幼馴染を庇って死んでしまった翔。でも、それは神様のミスだった!
創造神という女の子から交渉を受ける。そして、二つの【特殊技能】を貰って、異世界に飛び立つ。
『創り出す力』と『奪う力』を持って、異世界で技能を奪って、どんどん強くなっていく
はたして、翔は異世界でうまくやっていけるのだろうか!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる