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アーシィ・イーサム
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アーシィ・イーサムの勇名は、歴代めざめの騎士の中でもとりわけ強い存在感を放っている。
そもそも騎士の個人名が広く人々に知られることは稀である。灰の乙女が秘密主義であるのに加え、メック・アデケー建国後の灰の巡礼がひっそりと行われていたことが最大の理由だった。
永き間、乙女は顔を、騎士は名を、世界に忘れ去られていた。
アーシィ・イーサムの名が世界中に轟く契機となったのは、七年前に勃発したボウダームとの戦争である。大陸の人間国家を統一したとはいえ、ひとたび海を越えれば友好とは言い難い列強諸国が名を連ねている。共和制国家のボウダームもその内の一つだった。
閉鎖的かつ排他的な国柄で知られるボウダームは、島国であるが故に慢性的な資源不足に悩まされていた。問題解消のため侵略に次ぐ侵略を繰り返し、いくつかの属国を有していたが、近隣諸国の介入によりその体制は瓦解。国家危機に瀕することになる。そこで目を付けたのが、広く豊かな大地を持つメック・アデケー王国だった。
ある時ボウダームは、メック・アデケー国王カイン三世へ国交の締結を求める使者を遣わした。体面こそ友好的であったが、ボウダームが提示した貿易の条件は、国交とは名ばかりの実質的な脅迫であった。言外に示されたのは『継続して資源を献上せよ、さもなくば侵攻する』との通告だ。ある意味、それは宣戦布告にも等しい。ボウダームの強硬的な外交姿勢が露骨に表れた結果といえる。
激怒したカイン三世はこれを一蹴。ボウダームの使者はあえなく処刑され、両国間の軍事的緊張は一気に高まることになる。
状況はボウダームの思惑通りに推移していた。甘んじて資源を差し出すならよし、たとえ戦争になったとしても、使者を殺されたという大義名分を掲げ堂々と侵略ができる。
メック・アデケー=ボウダーム戦争は、このような経緯から始まった。
過去、海上戦を経験することの少なかったメック・アデケーは、ボウダームの精強な海軍に苦しめられた。大陸の東海岸に位置するマイギーン半島は瞬く間に上陸占領され、周辺の制海権までも奪われてしまう。ここにきて、大陸内で覇を争い外に目を向けようとしなかった歴史の付けが回ってきたのだ。
緒戦の敗北は、ただ国土を失っただけではない。大陸侵攻の橋頭保を築いたボウダームは、自らの大義名分を喧伝し世論を味方につけた。これに乗じ、大陸の領土分割を目論む列強諸国が次々と参戦を表明する。ボウダームは好機とばかりに、半島より先の侵攻を開始。世界を敵に回したメック・アデケー王国の崩壊は、誰の目にも明らかであった。
だが、ここでボウダームにある誤算が生じる。唯一にして最大の誤算だ。
当代の灰の乙女が、メック・アデケー王国に生まれ落ちていたことが発覚した。かてて加えて、あろうことか乙女は戦火に巻き込まれ、巡礼の中断を強いられていたのだ。この事実は世界中を震撼させた。情報は瞬く間に広まり、列強諸国は慌てて参戦を撤回する。
そもそもメック・アデケー王国は、乙女が初めてこの世界に降臨したとされる地である。敬虔な信仰者からすればまさしく聖地。そのような地に攻め入ること自体、神に仇為す所業であると疑ってやまない。それを思い出した世界の人々は、自らの浅慮を恥じて顔を覆う他なかった。
ところが、永く巡礼の対象になっていなかったボウダームでは、乙女への信仰が薄れていた。国家首脳陣は乙女の存在を軽視し、戦争の継続を訴える。彼らには目の前の損得しか見えていなかったのだろう。無論これを諫め、即時撤退と謝罪を進言する賢者もいたが、首脳陣は聞く耳を持たず、乙女を尊ぶ声は封殺された。
翻って、沸き立ったのはメック・アデケーである。
自国に乙女が降臨しているという自覚は、彼らの士気を大きく高めた。乙女を守り、ひいては世界を守るための戦い。カイン三世はこれを聖戦と銘打ち、正義を掲げて自ら最前線へと赴いた。
この時点で既に世論は裏返っていた。乙女は不可侵であるべきとの考えから他国の参戦はなかったものの、メック・アデケーを擁護しボウダームを非難する声が各地で叫ばれていた。使者の処刑など最初からなかったかのように。世界にとって、乙女とはそういう存在なのだ。
とはいえボウダームとしてはここで立ち止まるわけにはいかなかった。相変わらずの資源不足に加え、投入した戦費を回収する手立てもなかったからだ。撤退したとしても国家としての地位を失うのは明白。引くに引けなくなった彼らもまた、士気旺盛とならざるを得なかった。
メック・アデケー=ボウダーム戦争は、ここからが本番であった。
そもそも騎士の個人名が広く人々に知られることは稀である。灰の乙女が秘密主義であるのに加え、メック・アデケー建国後の灰の巡礼がひっそりと行われていたことが最大の理由だった。
永き間、乙女は顔を、騎士は名を、世界に忘れ去られていた。
アーシィ・イーサムの名が世界中に轟く契機となったのは、七年前に勃発したボウダームとの戦争である。大陸の人間国家を統一したとはいえ、ひとたび海を越えれば友好とは言い難い列強諸国が名を連ねている。共和制国家のボウダームもその内の一つだった。
閉鎖的かつ排他的な国柄で知られるボウダームは、島国であるが故に慢性的な資源不足に悩まされていた。問題解消のため侵略に次ぐ侵略を繰り返し、いくつかの属国を有していたが、近隣諸国の介入によりその体制は瓦解。国家危機に瀕することになる。そこで目を付けたのが、広く豊かな大地を持つメック・アデケー王国だった。
ある時ボウダームは、メック・アデケー国王カイン三世へ国交の締結を求める使者を遣わした。体面こそ友好的であったが、ボウダームが提示した貿易の条件は、国交とは名ばかりの実質的な脅迫であった。言外に示されたのは『継続して資源を献上せよ、さもなくば侵攻する』との通告だ。ある意味、それは宣戦布告にも等しい。ボウダームの強硬的な外交姿勢が露骨に表れた結果といえる。
激怒したカイン三世はこれを一蹴。ボウダームの使者はあえなく処刑され、両国間の軍事的緊張は一気に高まることになる。
状況はボウダームの思惑通りに推移していた。甘んじて資源を差し出すならよし、たとえ戦争になったとしても、使者を殺されたという大義名分を掲げ堂々と侵略ができる。
メック・アデケー=ボウダーム戦争は、このような経緯から始まった。
過去、海上戦を経験することの少なかったメック・アデケーは、ボウダームの精強な海軍に苦しめられた。大陸の東海岸に位置するマイギーン半島は瞬く間に上陸占領され、周辺の制海権までも奪われてしまう。ここにきて、大陸内で覇を争い外に目を向けようとしなかった歴史の付けが回ってきたのだ。
緒戦の敗北は、ただ国土を失っただけではない。大陸侵攻の橋頭保を築いたボウダームは、自らの大義名分を喧伝し世論を味方につけた。これに乗じ、大陸の領土分割を目論む列強諸国が次々と参戦を表明する。ボウダームは好機とばかりに、半島より先の侵攻を開始。世界を敵に回したメック・アデケー王国の崩壊は、誰の目にも明らかであった。
だが、ここでボウダームにある誤算が生じる。唯一にして最大の誤算だ。
当代の灰の乙女が、メック・アデケー王国に生まれ落ちていたことが発覚した。かてて加えて、あろうことか乙女は戦火に巻き込まれ、巡礼の中断を強いられていたのだ。この事実は世界中を震撼させた。情報は瞬く間に広まり、列強諸国は慌てて参戦を撤回する。
そもそもメック・アデケー王国は、乙女が初めてこの世界に降臨したとされる地である。敬虔な信仰者からすればまさしく聖地。そのような地に攻め入ること自体、神に仇為す所業であると疑ってやまない。それを思い出した世界の人々は、自らの浅慮を恥じて顔を覆う他なかった。
ところが、永く巡礼の対象になっていなかったボウダームでは、乙女への信仰が薄れていた。国家首脳陣は乙女の存在を軽視し、戦争の継続を訴える。彼らには目の前の損得しか見えていなかったのだろう。無論これを諫め、即時撤退と謝罪を進言する賢者もいたが、首脳陣は聞く耳を持たず、乙女を尊ぶ声は封殺された。
翻って、沸き立ったのはメック・アデケーである。
自国に乙女が降臨しているという自覚は、彼らの士気を大きく高めた。乙女を守り、ひいては世界を守るための戦い。カイン三世はこれを聖戦と銘打ち、正義を掲げて自ら最前線へと赴いた。
この時点で既に世論は裏返っていた。乙女は不可侵であるべきとの考えから他国の参戦はなかったものの、メック・アデケーを擁護しボウダームを非難する声が各地で叫ばれていた。使者の処刑など最初からなかったかのように。世界にとって、乙女とはそういう存在なのだ。
とはいえボウダームとしてはここで立ち止まるわけにはいかなかった。相変わらずの資源不足に加え、投入した戦費を回収する手立てもなかったからだ。撤退したとしても国家としての地位を失うのは明白。引くに引けなくなった彼らもまた、士気旺盛とならざるを得なかった。
メック・アデケー=ボウダーム戦争は、ここからが本番であった。
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