異世界転移で無双したいっ!

朝食ダンゴ

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確かな実り

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「カイトさんこちらへ。今のうちに」

 リーティアに腕を引かれ、ふらふらと脚を動かす。抵抗はしない。そんな気力はすでに失われていた。一度途切れた集中力はもはや元には戻らない。
 それはルークも同様らしく、距離を取るカイトに一瞥すらくれなかった。

「座ってください」

 ある程度離れた場所で、カイトは崩れ落ちるように尻もちをつく。傍に膝をついたリーティアが切断された左上腕を確認すると、小脇に抱えていたある物を傷口にあてがった。断ち切られたカイトの左腕である。

「綺麗な切断面です。これなら」

 治癒魔法の光がカイトを癒す。ありがたい。戦いの興奮が醒め、ちょうど痛みを認識し始めたところだった。千切れた左腕は瞬時に元通りになり、全身に及ぶ裂傷や切創が跡形もなく治っていく。軽くなっていた左腕に、慣れ親しんだ重みが戻った。
 リーティアはカイトの傷が治ってからも、健在であることを確かめるように手を離さなかった。元通りになった左腕にしがみつき、ただカイトが無事であることを灰の乙女に感謝していた。
 健気な仕草と真心に、カイトはひとときの安息を得る。乱れていた呼吸が間もなく落ち着いた。

「リーティアさん」

 彼女の手に触れ、視線を合わせる。緋色の瞳はほんの少し潤んでいる。愛用の眼鏡はない。戦いの余波でどこかへ飛ばされたのだろう。
 二人は離れることなく立ち上がり、ルークへと向き直る。
 シェリンを抱きかかえ起き上がるルーク。先程までの苛烈さは鳴りを潜め、まるで割れ物でも扱うかのような物柔らかさでシェリンを抱き寄せると、そのままカイトと対峙した。

「すまん。連れが無粋をした」

 静かな謝罪であった。

「どうして謝るのよ。私べつに悪いことしてない」

 不満げな面持ちでルークを見上げていたシェリンであったが、カイトとリーティアを見た途端に目を丸くした。

「あら?」

 口元を押さえ、驚きを声にする。

「ねぇルーク。わかる?」

「ああ」

「この感じ。あの時を……思い出すね」

 寂しげな微笑にある追憶の眼差しが、カイトをひどく困惑させる。彼女は一体、カイトとリーティアの面影に何を見ているのか。
 決まっている。アーシィ・イーサムとネキュレーに、カイト達を重ねているのだ。
 今カイトが覚えている既視感、あるいは既知感を、もはや奇妙とは言うまい。傷だらけのルークと、彼に寄り添うシェリン。見たこともない光景を、はっきりと思い出せる。

「カイト・イセ。勝負は預けるぞ」

 ルークの言葉とほぼ同時に、シェリンの足元から藍色の魔法陣が広がる。飛空魔法が発動し、二人をゆっくりと宙に押し上げた。

「次は、決着をつける」

 再戦を断言する声が、カイトの肩に重く圧し掛かる。

「また会おうね。そっくりさん達」

 ルークとシェリンは揃って両の手を重ねる。魔族の礼儀。去り際でさえ、彼らは最大の敬意を表していた。

「待――」

 カイトが何か言う前に、二人は天高く飛翔した。煌びやかな閃きを放って急上昇した二つの光点は、まるで夜空を駆ける流星だ。二条に並ぶ光芒の軌跡を、カイトは憮然とした目で追いかけるだけ。
 聞きたいことがあった。アーシィとネキュレーの過去。ルーク達との関係。彼らは一体、何を知っているのか。意味深な言葉だけを残して、何も教えてはくれないのか。
 もし、問い詰める機会があるとすれば。

「次か」

 乾いた笑いが漏れる。

「二度と、やりたくねぇや」

 二つの光が見えなくなると、全身の力が一気に抜け落ちた。更地と化したかつての森の真ん中で大の字に倒れてしまう。
 傍らに座り込んだリーティアの手が、そっとカイトの胸に置かれた。品のある美貌には、深い疲労が滲んでいる。それでいて尚、カイトを労わってくれているのだ。彼女の強さを垣間見て、カイトの胸に名状しがたい感情が去来する。

「……リーティアさん。ありがとうございます」

 生き残った。四神将を撃退した。
 一騎討ちの決着はつかずじまいだが、大局的には勝利と言える。なにせ、デルニエールへ進軍するクディカ達を守れたのだ。
 全てはリーティアのおかげ。彼女が共にいてくれなければ、戦うことも出来なかったし、左腕も失ったままだった。くっついたばかりの左手で胸の上に置かれた手を握る。

「お礼を言わなければならないのは私の方です。あなたがいなければ、私達は何もできなかった」

 いつのも柔和な微笑みとは違う、無垢な少女のような笑顔。カイトは不覚にもどきりとしてしまう。リーティアにもこの振動は伝わったはずだ。
 深呼吸。
 体の傷は癒えている。だが摩耗した精神力はすぐには戻らない。曖昧な思考の隣で、疲労に満ちた清々しい心地ばかりが大きくなる。

「かっこよかったですよ。カイトさん」

 真っすぐ目を見て伝えられた言葉に、カイトは赤面を避けられない。

「はは。そうでしょう? 見る目ありますよリーティアさん」

 得意満面で笑ってみせたのは、あからさまな照れ隠しだ。
 けれど、実は本心の素直な吐露でもあった。
 強大な敵に立ち向かい、最高の結果を勝ち取った。あの時絶望に打ちひしがれていた自分が、ここまで変わることができた。強くなることができた。
 今なら胸を張って言える。誰に対しても、誇れる自分であると。
 思い浮かぶのは亡き妹の姿。いつかあの世で会ったなら、自慢の兄だと褒めてくれるに違いない。

「約束、守ってるからな」

 嘯きは夜空へ溶けていく。
 得意げな笑みを浮かべ、満天の星を眺めるカイト。
 涼しい夜風が、汗ばんだ額を撫でていった。
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