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騎士叙任
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その日。王城にて、カイトの騎士爵叙勲の儀式が執り行われていた。
謁見の間には文官武官が勢揃いし、玉座の正面に立つカイトに視線を注いでいる。
「これより、騎士叙任式を執り行う!」
大臣が仰々しく声を張ると、場の全員が一斉に姿勢を正した。直後に軍楽隊によるファンファーレが鳴り響き、張り詰めた空気を震わせる。
玉座には国王カイン三世が座し、カイトを見下ろしていた。
「往古、この地に並みいる群雄が割拠していた時代。我が祖先カイン一世はまさしく稀代の英雄であった。胸に志を抱き、天の意を汲み、大地の気を呑み、仁義をもって人心を安んじた」
竜頭の兜から、王の尊貴なる音声が響く。
「王を支えたるは七騎の将。それに連なる無数の騎士達。カイン一世が建国王たる所以は、忠義の騎士らの奮戦にこそあった」
カイトは新品の鎧を身に纏い、静かに玉座を見上げている。我ながら馬子にも衣裳といったところか。騎士然とした勇壮な風貌は、間に並び立つ武官達と比べてもなんら遜色ない。
「メック・アデケーの誉れ高き騎士道。汝にその後継の、重責を負う覚悟はあるか」
「ございます」
「ならば、汝の誓いを立てよ」
言いながら、王が玉座を立つ。
それを合図に、カイトはその場に跪いた。
「不肖カイト・イセ。騎士の使命を自覚し、乙女と共に正道を歩まんと誓う。人を想い天地を省みて、騎士の範を垂れんと誓う。臆さず戦場を駆け、魔王を討ちとらんと誓う」
事前に用意した口上を述べる。リーティアと相談して決めた誓いの言葉だ。今のカイトの心境を表すにこれ以上のものはない。
目の前で助けを求める一人。どこかで苦しみ喘いでいる一人。苦難に直面して尚進まんとする一人。
カイトにとっての誰かとは、万人であり個人である。
その中には、苦難から這い上がろうとする自分自身も含まれている。
誰かの為とは、自他の為。
故にカイトは戦うのだ。
「灰の乙女の名のもとに」
最後は定型句で締めくくる。力強い声は自分でも驚くほどよく通り、玉座の間を満たした。
王が頷く。
「メック・アデケー国王カイン三世の名において、ここにカイト・イセを騎士の位に任ず。灰の乙女が汝に剣を授け給う。名代は、リーティア・フューディメイム学士が務める」
並び立つ文官の列からリーティアが、対面の武官の列からはクディカが歩み出た。リーティアは臙脂色の法衣と灰色の冠を身に着け、鎧姿のクディカは帯剣したものとは別に一振りの剣を携えていた。
彼女達は跪くカイトの前まで来ると、王に一礼し、次いで互いに一礼した。
「学士リーティア・フューディメイム。謹んで、乙女の名代を拝任いたします」
厳かに宣言すると、彼女はクディカから剣を受け取る。灰と黒で装飾された鞘。刃渡りは一メートルほどの、伝統的なロングソードだ。
リーティアはカイトの正面に立ち、ゆっくりと剣を引き抜いた。
「カイト・イセ。ここに汝を騎士と認め、証の剣を授けます」
窓から差し込む陽光が、剣をきらりと輝かせる。
「乙女の道は、常に汝の中にある。どうか、共に手を取り進まんことを」
跪いたカイトの肩に鋭い刃が触れた。
特に何が起こるわけでもない。
だが、この瞬間たしかにカイトは騎士となった。
王が。国が。民が。そして自身が認める騎士に。
「三世の永遠に渡って、乙女と共にあらんことを」
カイトが誓うと、肩から剣が離れる。リーティアが一歩下がり、カイトは立ち上がった。
クディカから鞘を受け取り、腰に提げる。次いでリーティアから受け取った剣を、そこに納めた。
鞘と鍔が触れ、小気味良い響きが鳴った。腰にかかる重みがなんとなく心地よい。
リーティアとクディカが元の位置に戻る頃、大臣が再び声を張り上げた。
「以上をもって、騎士叙任式を終了とする! 百官は急ぎ、軍務政務に戻られよ!」
それを合図に、文官武官らは一斉に動き出す。王に臣下の礼を取るや否や、みな足早に去っていく。彼らの顔は溌溂として気力に満ちていた。
報によれば、デルニエール攻防戦はすでに始まっているとのこと。本来ならば式典など行っている場合ではないが、王命によって断行された。
儀式はあくまで形式に過ぎない。ただ行えばよいというわけではなく、それを通して人の心が変わることにこそ意味がある。
王はそれをよく理解していた。劣勢にある国運を回復するため、百官を鼓舞する必要があったのだ。ある意味、カイトの騎士叙任式は都合よく訪れた好機と言えた。
「騎士カイト」
玉座から立ち上がった王。その竜眼が、悠然とカイトを見下ろす。
些か気が抜けていたカイトであったが、王の分厚い声を受けて居住まいを正した。
「貴殿に命を下す。明朝デルニエールへ赴き、我が従兄弟ティミドゥス公に加勢せよ。白将軍の麾下で、敵将ソーニャ・コワールを討ち取って参れ」
心臓が跳ねた。
ソーニャ・コワール。
その名を耳にしただけで、あの時の記憶が脳裏に蘇る。視界が曖昧になり、にわかに眩暈が訪れた。
だが、それも一瞬。カイトはきっと眉を吊り上げると、機敏な動作で敬礼をとった。
「全力を尽くします」
前に進む以上、避けては通れぬ道だ。ならば後回しにするより、さっさと乗り越えてしまった方がいい。ソーニャ・コワールを下し、彼女の呪縛から自身の心を解き放つのだ。
王に命じられなくとも、すでに決意は固まっていた。
「武運を祈る」
それだけを残し、王は玉座を去った。
心配そうに見守っていたクディカとリーティアであったが、カイトの精悍な面持ちを見ると、互いに微笑を浮かべて頷き合う。
いざ、デルニエール。
これからカイトがどのように戦い、いかように生きていくか。
全てはこの一戦にかかっている。
謁見の間には文官武官が勢揃いし、玉座の正面に立つカイトに視線を注いでいる。
「これより、騎士叙任式を執り行う!」
大臣が仰々しく声を張ると、場の全員が一斉に姿勢を正した。直後に軍楽隊によるファンファーレが鳴り響き、張り詰めた空気を震わせる。
玉座には国王カイン三世が座し、カイトを見下ろしていた。
「往古、この地に並みいる群雄が割拠していた時代。我が祖先カイン一世はまさしく稀代の英雄であった。胸に志を抱き、天の意を汲み、大地の気を呑み、仁義をもって人心を安んじた」
竜頭の兜から、王の尊貴なる音声が響く。
「王を支えたるは七騎の将。それに連なる無数の騎士達。カイン一世が建国王たる所以は、忠義の騎士らの奮戦にこそあった」
カイトは新品の鎧を身に纏い、静かに玉座を見上げている。我ながら馬子にも衣裳といったところか。騎士然とした勇壮な風貌は、間に並び立つ武官達と比べてもなんら遜色ない。
「メック・アデケーの誉れ高き騎士道。汝にその後継の、重責を負う覚悟はあるか」
「ございます」
「ならば、汝の誓いを立てよ」
言いながら、王が玉座を立つ。
それを合図に、カイトはその場に跪いた。
「不肖カイト・イセ。騎士の使命を自覚し、乙女と共に正道を歩まんと誓う。人を想い天地を省みて、騎士の範を垂れんと誓う。臆さず戦場を駆け、魔王を討ちとらんと誓う」
事前に用意した口上を述べる。リーティアと相談して決めた誓いの言葉だ。今のカイトの心境を表すにこれ以上のものはない。
目の前で助けを求める一人。どこかで苦しみ喘いでいる一人。苦難に直面して尚進まんとする一人。
カイトにとっての誰かとは、万人であり個人である。
その中には、苦難から這い上がろうとする自分自身も含まれている。
誰かの為とは、自他の為。
故にカイトは戦うのだ。
「灰の乙女の名のもとに」
最後は定型句で締めくくる。力強い声は自分でも驚くほどよく通り、玉座の間を満たした。
王が頷く。
「メック・アデケー国王カイン三世の名において、ここにカイト・イセを騎士の位に任ず。灰の乙女が汝に剣を授け給う。名代は、リーティア・フューディメイム学士が務める」
並び立つ文官の列からリーティアが、対面の武官の列からはクディカが歩み出た。リーティアは臙脂色の法衣と灰色の冠を身に着け、鎧姿のクディカは帯剣したものとは別に一振りの剣を携えていた。
彼女達は跪くカイトの前まで来ると、王に一礼し、次いで互いに一礼した。
「学士リーティア・フューディメイム。謹んで、乙女の名代を拝任いたします」
厳かに宣言すると、彼女はクディカから剣を受け取る。灰と黒で装飾された鞘。刃渡りは一メートルほどの、伝統的なロングソードだ。
リーティアはカイトの正面に立ち、ゆっくりと剣を引き抜いた。
「カイト・イセ。ここに汝を騎士と認め、証の剣を授けます」
窓から差し込む陽光が、剣をきらりと輝かせる。
「乙女の道は、常に汝の中にある。どうか、共に手を取り進まんことを」
跪いたカイトの肩に鋭い刃が触れた。
特に何が起こるわけでもない。
だが、この瞬間たしかにカイトは騎士となった。
王が。国が。民が。そして自身が認める騎士に。
「三世の永遠に渡って、乙女と共にあらんことを」
カイトが誓うと、肩から剣が離れる。リーティアが一歩下がり、カイトは立ち上がった。
クディカから鞘を受け取り、腰に提げる。次いでリーティアから受け取った剣を、そこに納めた。
鞘と鍔が触れ、小気味良い響きが鳴った。腰にかかる重みがなんとなく心地よい。
リーティアとクディカが元の位置に戻る頃、大臣が再び声を張り上げた。
「以上をもって、騎士叙任式を終了とする! 百官は急ぎ、軍務政務に戻られよ!」
それを合図に、文官武官らは一斉に動き出す。王に臣下の礼を取るや否や、みな足早に去っていく。彼らの顔は溌溂として気力に満ちていた。
報によれば、デルニエール攻防戦はすでに始まっているとのこと。本来ならば式典など行っている場合ではないが、王命によって断行された。
儀式はあくまで形式に過ぎない。ただ行えばよいというわけではなく、それを通して人の心が変わることにこそ意味がある。
王はそれをよく理解していた。劣勢にある国運を回復するため、百官を鼓舞する必要があったのだ。ある意味、カイトの騎士叙任式は都合よく訪れた好機と言えた。
「騎士カイト」
玉座から立ち上がった王。その竜眼が、悠然とカイトを見下ろす。
些か気が抜けていたカイトであったが、王の分厚い声を受けて居住まいを正した。
「貴殿に命を下す。明朝デルニエールへ赴き、我が従兄弟ティミドゥス公に加勢せよ。白将軍の麾下で、敵将ソーニャ・コワールを討ち取って参れ」
心臓が跳ねた。
ソーニャ・コワール。
その名を耳にしただけで、あの時の記憶が脳裏に蘇る。視界が曖昧になり、にわかに眩暈が訪れた。
だが、それも一瞬。カイトはきっと眉を吊り上げると、機敏な動作で敬礼をとった。
「全力を尽くします」
前に進む以上、避けては通れぬ道だ。ならば後回しにするより、さっさと乗り越えてしまった方がいい。ソーニャ・コワールを下し、彼女の呪縛から自身の心を解き放つのだ。
王に命じられなくとも、すでに決意は固まっていた。
「武運を祈る」
それだけを残し、王は玉座を去った。
心配そうに見守っていたクディカとリーティアであったが、カイトの精悍な面持ちを見ると、互いに微笑を浮かべて頷き合う。
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