上 下
73 / 152

女子会②

しおりを挟む
 リーティアは、カイトがソーニャとの戦いで心の傷を負ったことを説明する。
 その話を神妙に聞き終える頃には、クディカのカップから紅茶がなくなっていた。

「ふむ、なるほどな。初陣での惨事が尾を引くのはよくあることだ。別にカイトに限った話ではあるまい」

「だからといって軽んじるわけにもいきません。ソーニャ・コワールを前にして戦えなくなるようでは、勇者としては失格です」

「乗り越えられるさ。その為に鍛えているのだ。私とて同じような経験がある。十三の頃、ボウダームの将軍ウルティナと戦った時のことだ。今でもよく覚えている」

 クディカが始めた昔話に、ヘイスが反応した。カイトがトラウマを克服する糸口が見つかるかもしれない。

「当時私が所属していた隊は数十人規模で、それなりに功績も立てていた。戦場で一騎駆けのウルティナを見た時は、手柄が向こうからやってきたと浮かれていたよ。ところが結果は惨敗。隊は彼女一人に軽く蹴散らされた。私もひどい怪我を負ってな。全身の骨が砕け、内臓もいくつか潰れていた。リーティアが駆けつけてくれなければ間違いなく野垂れ死んでいただろう」

「ありましたねぇ。そんなこと」

 リーティアが紅茶を注ぎながら、懐かしそうに呟いた。

「その日の晩はとても寝つけなかった。怪我の痛みもそうだが、目の前で殺された仲間達の姿が目に焼き付いて消えなかった。しばらく不意に思い出しては、赤子のように泣いたものだ」

 興味深い話である。勇猛果敢を体現したようなクディカにも、そのような時期があったのか。そう思うと、不思議と親近感も湧いてくる。

「将軍はその傷を、どのように克服されたのですか?」

「一か月後の会戦でウルティナを討ち取ってやったよ」

「……はい?」

 あまりの唐突な展開に、ヘイスは目を丸くした。

「私はウルティナが怖くて仕方なかった。戦神とはまさにあれを指して言うのだろうな。また彼女と戦わなければならないのかと思うと、剣を握ることさえままならなかったし、馬蹄の音を聞いただけで足が竦んでいた。終いには軍から抜け出して故郷に帰ろうとまでした。だがそんな時だ。私に天啓が舞い降りたのは」

 クディカは腕を組み、したり顔を浮かべてみせた。

「ウルティナが怖いなら、奴より強くなればいい。そうなればまったく怖くない、とな。だから私は死に物狂いで特訓し、次にまみえた戦場にて、一騎討ちでウルティナを下したのだ」

 語気を強くして言い切ったクディカ。
 膝に手をついて聞き入っていたヘイスは、初めて耳にした白将軍の武勇伝に感激すら覚えていた。まるで英雄譚の一幕のようだ。

「すごいですね……!」

 このエピソードに、カイトが心の傷を克服する手がかりがあるのではないか。クディカの行動をなぞり、カイトがソーニャを打倒できればと夢想する。

「ヘイス。あまり真に受けてはいけませんよ。この子は見た目に反して粗野で豪胆ですから。カイトさんのように繊細ではありません」

「なにを。これこそ一番手っ取り早いやり方だろう」

「彼とあなたを一緒にしないでください。たったひと月でウルティナに勝つ方がおかしいのです。それに、今はヘイスに何ができるかを考えた方がよいのではありませんか?」

「む……そうだな。確かにそうだ」

 仕切り直しとばかりに紅茶を口にする美女二人。ヘイスもそれに倣う。

「カイトのやつが余計なことを考えず、訓練に集中できるよう助けるのが最善か?」

 クディカの発言に、ヘイスが同意する。

「ボクもそう思います。というか、ボクにはそれくらいしかできませんから」

 食事の用意、掃除に洗濯といった家事をはじめ、武具の手入れや勉強用具の調達など、細かく挙げていけばキリがない。だが、そういった細かな配慮にこそ人の心は表れる。ヘイスはどんなことにも決して手を抜くつもりはなかった。

「なにも生活のお世話だけに絞らずともよいのですよ。傍に寄り添い、話を聞くだけでも大きな支えになりますとも」

「はいっ。そうですよね。ボクがカイトさまの心を癒せるよう頑張ります!」

 ヘイスが拳を握る。やる気は十分だ。
 その向かいでは、クディカが顎を押さえて紅茶の水面を見つめていた。

「癒す、か。男を癒すには肌を重ねるのが一番と聞くが……この場合は当てはまらんか」

「性を感じさせるものは避けた方がいいでしょうね。例の記憶を呼び起こしかねません」

 安易な近道はできないということだ。
 ソーニャとの出来事がなければ、この三人で色仕掛けという手段も――実行するかどうかは別として――提案されたかもしれない。初心なカイトを癒すだけならそれが最も単純かつ効果的である。
 それができない以上、カイトを助けるにはヘイス自身の成長が不可欠に思えた。

「ボクにできることはなんでもやります。カイトさまの為ならなんでも。ですから、ボクにも色々と教えてください。カイトさまのお役に立ちたいんです!」

 勢いよく立ち上がり、ヘイスは深く頭を下げた。
 カイトには命を救われたのだ。決して楽に助けてもらったわけじゃない。カイトは自ら窮地に陥っていながら、死を厭わずに剣を取ったのだ。
 ヘイスはすでに、一生をカイトに捧げる覚悟を終えていた。

「立派ですね、ヘイス。私も負けじと力を尽くします」

 リーティアが温かく微笑む。

「だがよいのか? お前は武勲を立てるため軍に志願したのだろう? カイトの従者になれば、その機会は失われてしまうのだぞ」

「はい、かまいません。どのみちボクじゃ武勲なんて立てられそうもありませんし……それに」

 ヘイスは庭の中央で戦うカイトを見据える。

「あの人を、好きになってしまいましたから」

 その視線は、恋する乙女と形容するにはあまりにも真摯だった。恋慕だけでなく、強い感謝と尊敬の念がこもっていた。
 彼女の純粋な瞳と率直な言葉は、聞く側の二人を赤面させるほどだ。

「リーティア」

「なんでしょう」

「私達にも、いい相手が見つかるといいな」

「あら。自分より弱い男に興味はないと豪語していた割に、夢のあることを言うのですね。あなたより強い殿方なんてこの大陸に何人いるのかしら」

「ええいうるさいな。そこは唯一譲れない部分なのだ。すこしくらい夢を見てもいいではないか。そういうお前はどうなのだ」

「そうですね。今のお仕事が一段落つけば、そういったことも考えられるようになるかもしれません」

 リーティアは最後の紅茶を飲み干すと、ヘイスを一瞥し、その視線の先のカイトを追いかけた。
 クディカも同じく、デュールと立ち合うカイトを見やる。
 しばらく三人は、訓練に励むカイトの姿をじっと眺めていた。

 この場の女性三人が何を思っているのか。
 カイトは知る由もない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。 ※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。 ※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・) 更新はめっちゃ不定期です。 ※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...