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訓練

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 ネキュレーを訪れた翌日。
 その日の出から、カイトの特訓が始まった。

 イキシュ邸の中庭。庭と呼ぶにはあまりにも広大な敷地は、よく手入れされた芝生で覆われている。元々クディカが訓練の為に作ったものであり、当面カイトにあてがわれることになった。

「いいかカイト。戦に出るなら、剣に頼る心は捨てるんだ。間合いが短く威力もない。そんなものを一振り持っていったところで、まともに戦うことなんかできないからな」

 カイトは簡素な軽鎧を装備し、息を乱しながら剣を振るう。打ち合う相手は平服姿のデュールだ。

「剣はあくまで護身用。例えば混戦になった時、身軽にならざるを得ない時、あるいは武器を失った時。そうなってようやく抜くものと思え」

 カイトの拙い剣筋はいとも容易く見切られ、受け止められる。断続する鈍い金属音。両手に伝わってくる重い衝撃が、体力と集中力を奪っていく。
 立ち合いはもう一時間以上も続いている。剣の持ち方、振り方を簡単に教わっただけで技術的な指導は一切ない。剣を持った時の動き方は、まず体で覚えろということらしい。
 スタミナの限界を感じたカイトは、一旦後退して大きく深呼吸を行った。

「つまり剣は、予備の武器ってことですか?」

「ああ、その認識で構わない」

 握った剣をまじまじと見てみる。ブロードソードと呼ばれる幅広の刀身を持つ剣。刃渡りはカイトの片腕くらい。それほど長くはない。重量は三キロもないだろうが、何度も振るっているとその重みがじわじわと腕の筋肉を責めてくる。

「もちろん例外はあるがな」

 漫画やアニメでは剣をメインウェポンに据えて活躍する主人公が多かった。混沌に満ちた戦場において、一振りの剣がどれほどの力を持つものか。言われてみれば、確かに頼りなく思えてきた。
 デュールが距離を詰める。彼にとっては遊びのような斬撃が、カイトの余裕を奪い去る。必死の思いで防御に徹して、やっと凌げる剣筋だ。恐れず前に出て受けるよう教えられたが、思わず後退してしまう。想像以上に精神をすり減らす訓練だった。

「軍の兵士ならスピアやメイスを持つことが多いだろう。突くだけ、殴るだけのような単純な武器は使い勝手がいいし、訓練にも時間がかからない」

「でもっ――俺は、剣を……習うんですよねっ?」

「そうだ。何故だかわかるか?」

 わざわざ定石から外れた装備をする理由は何か。カイトが剣を持つメリットは何か。
 デュールの連撃を辛くも捌き、カイトは反撃の隙を見出す。

「剣の方が、かっこいいからぁッ!」

 口をついて出た本音と共に、半歩を踏みしめ渾身の切り上げを放つ。

「いい踏み込みだな」

 デュールは危なげなくカイトの側面に回り込み、剣の腹でがら空きの腹部を打った。
 剣を振り上げた直後のカイトは、無様にもバランスを崩し尻もちをついてしまう。

「痛って……」

 額に汗を滲ませ座り込むカイト。呼吸は絶え絶え、肩を上下させて酸素を取り込む。
 肩に剣を担いだデュールが、涼しい顔で見下ろしてきた。

「これで二十本。どうした、一本くらいは取ってみろ」

「わかってますよ……」

 白将軍の副官であり歴戦の将であるデュールは、言わずもがな個の武勇にも優れている。平時は兵を鍛える立場であり、戦場ではクディカと肩を並べて奮闘する。兵に対しては、時にトップであるクディカより厳しく接しなければならない。
 そもそも、ずぶの素人が渡り合える相手ではないのだ。

「剣の方が格好いいか。なかなかいいところをついているぞ」

 節張った手で顎をさするデュール。
 カイトには疑問だった。自分で言っておいてなんだが、そんな個人的な感想が正解だとは思えない。もっと他に、剣を使うことの利点があると思うのだが。

「歴代のめざめの騎士達は、誰もが剣で戦っていた。ある意味で、剣は騎士の象徴なんだ。国王陛下がお認めになった以上、君の存在はめざめの騎士として国中に喧伝される。下がり切った国内の士気をもう一度高めるためにな」

「つまり……政治的な理由ってやつですか」

 デュールは首肯する。

「剣を持った騎士という記号的要素が必要なんだ。民衆は分かりやすいイメージに迎合しやすい。だから、剣の方が格好いいという君の意見は概ね正しいといえる」

 なんとも複雑な気分だった。仕方ないとはいえ、めざめの騎士を騙ったことでプロパガンダに利用される羽目になろうとは。

「そもそも君が戦場に出ること自体、想定していないしな」

「へ?」

 じゃあ何の為に訓練をしているのか。

「言うなれば君は暗殺者だ。対魔王の最終兵器。このあたりは、フューディメイム卿から改めて説明を受けるだろう」

 つまりカイトに求められているのは、正面切っての戦いではない。魔王に肉薄し致命の一撃をいれる。それだけに特化した力があればいいということ。確かにそれなら剣一振りで事足りるかもしれない。

「さぁ立つんだ。旗印とはいえ、君は決してお飾りじゃない。めざめの騎士に相応しい剣技を身につけなければ、全ては水の泡と消える」

「よっしゃ!」

 魔王を倒すための最短距離。それを行く為の訓練を施されているのだ。一番頑張らなければならないのは自分だろうと、カイトは気合を入れ直す。
 跳び起きて、再び剣を構える。両腕にずっしりとのしかかる剣の重みが、心地良いとさえ感じる。

「残り八十本だ。それまでに僕から一本取ってみろ」

「りょーかい!」

 カイトは腹に息を吸い込み、歯を食いしばって踏み込んだ。

「終わったら走り込みだぞ。三時間は休まず走ってもらうからな」

「……はいよッ!」

 後のことを考えて滅入りそうになる心を強く叱咤する。
 愚痴も文句もない。
 今はただ、強くなるために。
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