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灰の乙女ネキュレー
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「これは問題の先延ばし。あなたにとってマナが猛毒なことに変わりはない」
「そりゃあ……うん、まぁ。そっか。やっぱそんなもんだよな」
「何かの拍子に落としたり、失くしたり、戦いで壊されたりしたら……マナは容赦なくあなたを殺す」
「怖い言い方するなよ。ちゃんとわかってるって」
いささかの落胆はあったが、戸惑いや文句はなかった。ひとまず余命を伸ばせただけでも万々歳。感謝して然るべきだろう。
ただ不思議なのは、灰の乙女ならカイトの体質を根本から改善できるとのリーティアの推測が外れたことだ。ネキュレーの力を過大評価していたか、あるいはカイトの抱える問題が想像以上に厄介であったか。
「俺の体質は改善できないのか?」
「ほぼ不可能。そもそもあなたに問題はない。改善しなければならないのはマナの方。長い年月で、たくさんの不純物が混ざってしまった」
「不純物……」
灰の巡礼が滞れば、世界にマナの淀みが生まれると聞いた。カイトのマナ中毒はそれが原因なのかもしれない。ならば、カイトが真に安心して生きるためには、灰の巡礼を再開させねばならぬということか。
「キミは、好きにすればいいって言ったよな。転生に目的はないって。それってさ、何の為に召喚されたとか、何の為に生きるのかとか、そういうのを自分で決めなくちゃいけないってことなのか?」
ネキュレーは答えない。ただ、カイトの目をじっと見つめていた。
「そうだよな。これを聞いたら意味ないか」
「すべてあなた次第」
彼女が放った一言は、間違いなく最大の激励だった。
自分の人生は自分で決める。環境や境遇ではない。重要なのは、目の前の問題とどう向き合い、どこまで真剣に立ち向かえるか。
すべて自分次第。今のカイトなら、その本質を理解できる。
苦しみ、悩み、耐え、戦ってこそ拓ける道があるのだと、身をもって証明したのだから。
「俺は、魔王を倒すよ」
女神を害し、人々を傷つけ、世界の調和を乱す存在。そんなものを、放っておくわけにはいかない。
「誰かの為に戦うって、妹と約束したしな」
魔王を打ち倒し、この国を救うことが、亡き妹への手向けにもなるはずだ。
「そう」
ネキュレーは俯く。
しばらく、閉ざされた神殿が無言で満たされた。
窓も扉もない。外界と隔絶されたこの場所に、彼女はずっと一人ぼっちだったのだろうか。
「ところでさ、どうしてこんなところに? もっと他に、例えば街とか城で暮らすっていうのもアリなんじゃ」
魔族から守るためなら、別にこんなところでなくてもいい。安全な場所くらい王都にはいくらでもあるだろうに。
「へいき」
何か事情があるのか、ネキュレーは俯いたままそう漏らした。
ここにきて、カイトは妙な胸騒ぎを覚える。
目の前の小さな少女は、神と呼ぶにはあまりにも儚げに思えた。このまま消えてしまうのではないか。ここからいなくなってしまうのではないか。
わからない。心が軋む。彼女と会えて嬉しいはずなのに、どうしようもない悲哀が湧き水のように溢れてくる。
この感情はなんだ。本当に自分のものなのか。
想いのままに、カイトはネキュレーを抱きしめた。
「カイト」
抵抗はない。身を委ねてくる彼女を一層強く抱きしめる。
少しでも、胸の痛みを癒そうと。
「何か事情があるなら言ってくれ」
もし彼女が苦しんでいるのなら、助けになりたい。
一時は憎みもした相手にこんなことを想うのは不自然だろうか。いや、自然だろうが不自然だろうがこの気持ちは本物だ。意地を張るのは、自分に対して誠実じゃない。
「私は、あなたを導けない」
それは沈痛な、小さな叫びだった。
「あなたは、あなた自身の力で真実に辿りつかないといけない」
ネキュレーは、そっとカイトの胸を押す。
体を離すのは名残惜しく、しかしカイトは未練を見せなかった。
「わかった。今は、決めたことをやり遂げる」
魔王を倒せば、彼女もここから出られるはずだ。
そしてまた、使命の旅を始められる。
カイトとネキュレーは、互いの姿を目に焼き付けんばかりに、まっすぐに見つめ合った。
やがてカイトは、踵を返す。
やるべきことは決まった。これ以上ここに留まっては、せっかく定めた決意が揺らいでしまう。
「カイト」
背中にかけられた声に足を止める。
振り返るかどうか考えて、やはりカイトは振り返らない。
「待ってる」
心震わせる信頼の言葉だった。
ネキュレーからの贈り物。それは無限の勇気に他ならない。
背中越しに手を挙げ、カイトは神殿を去った。
この場所で誓った願いを、決して破らぬと心に決めて。
「そりゃあ……うん、まぁ。そっか。やっぱそんなもんだよな」
「何かの拍子に落としたり、失くしたり、戦いで壊されたりしたら……マナは容赦なくあなたを殺す」
「怖い言い方するなよ。ちゃんとわかってるって」
いささかの落胆はあったが、戸惑いや文句はなかった。ひとまず余命を伸ばせただけでも万々歳。感謝して然るべきだろう。
ただ不思議なのは、灰の乙女ならカイトの体質を根本から改善できるとのリーティアの推測が外れたことだ。ネキュレーの力を過大評価していたか、あるいはカイトの抱える問題が想像以上に厄介であったか。
「俺の体質は改善できないのか?」
「ほぼ不可能。そもそもあなたに問題はない。改善しなければならないのはマナの方。長い年月で、たくさんの不純物が混ざってしまった」
「不純物……」
灰の巡礼が滞れば、世界にマナの淀みが生まれると聞いた。カイトのマナ中毒はそれが原因なのかもしれない。ならば、カイトが真に安心して生きるためには、灰の巡礼を再開させねばならぬということか。
「キミは、好きにすればいいって言ったよな。転生に目的はないって。それってさ、何の為に召喚されたとか、何の為に生きるのかとか、そういうのを自分で決めなくちゃいけないってことなのか?」
ネキュレーは答えない。ただ、カイトの目をじっと見つめていた。
「そうだよな。これを聞いたら意味ないか」
「すべてあなた次第」
彼女が放った一言は、間違いなく最大の激励だった。
自分の人生は自分で決める。環境や境遇ではない。重要なのは、目の前の問題とどう向き合い、どこまで真剣に立ち向かえるか。
すべて自分次第。今のカイトなら、その本質を理解できる。
苦しみ、悩み、耐え、戦ってこそ拓ける道があるのだと、身をもって証明したのだから。
「俺は、魔王を倒すよ」
女神を害し、人々を傷つけ、世界の調和を乱す存在。そんなものを、放っておくわけにはいかない。
「誰かの為に戦うって、妹と約束したしな」
魔王を打ち倒し、この国を救うことが、亡き妹への手向けにもなるはずだ。
「そう」
ネキュレーは俯く。
しばらく、閉ざされた神殿が無言で満たされた。
窓も扉もない。外界と隔絶されたこの場所に、彼女はずっと一人ぼっちだったのだろうか。
「ところでさ、どうしてこんなところに? もっと他に、例えば街とか城で暮らすっていうのもアリなんじゃ」
魔族から守るためなら、別にこんなところでなくてもいい。安全な場所くらい王都にはいくらでもあるだろうに。
「へいき」
何か事情があるのか、ネキュレーは俯いたままそう漏らした。
ここにきて、カイトは妙な胸騒ぎを覚える。
目の前の小さな少女は、神と呼ぶにはあまりにも儚げに思えた。このまま消えてしまうのではないか。ここからいなくなってしまうのではないか。
わからない。心が軋む。彼女と会えて嬉しいはずなのに、どうしようもない悲哀が湧き水のように溢れてくる。
この感情はなんだ。本当に自分のものなのか。
想いのままに、カイトはネキュレーを抱きしめた。
「カイト」
抵抗はない。身を委ねてくる彼女を一層強く抱きしめる。
少しでも、胸の痛みを癒そうと。
「何か事情があるなら言ってくれ」
もし彼女が苦しんでいるのなら、助けになりたい。
一時は憎みもした相手にこんなことを想うのは不自然だろうか。いや、自然だろうが不自然だろうがこの気持ちは本物だ。意地を張るのは、自分に対して誠実じゃない。
「私は、あなたを導けない」
それは沈痛な、小さな叫びだった。
「あなたは、あなた自身の力で真実に辿りつかないといけない」
ネキュレーは、そっとカイトの胸を押す。
体を離すのは名残惜しく、しかしカイトは未練を見せなかった。
「わかった。今は、決めたことをやり遂げる」
魔王を倒せば、彼女もここから出られるはずだ。
そしてまた、使命の旅を始められる。
カイトとネキュレーは、互いの姿を目に焼き付けんばかりに、まっすぐに見つめ合った。
やがてカイトは、踵を返す。
やるべきことは決まった。これ以上ここに留まっては、せっかく定めた決意が揺らいでしまう。
「カイト」
背中にかけられた声に足を止める。
振り返るかどうか考えて、やはりカイトは振り返らない。
「待ってる」
心震わせる信頼の言葉だった。
ネキュレーからの贈り物。それは無限の勇気に他ならない。
背中越しに手を挙げ、カイトは神殿を去った。
この場所で誓った願いを、決して破らぬと心に決めて。
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