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新たな試練
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「七将軍が一騎。能器将軍、ハーフェイ・ウィンドリン」
名乗りを上げたのは、澄んだ青空のような髪色をした美丈夫であった。
「この者がめざめの騎士だというのなら、まず騎士としての武を示すべきかと存じます。かのアーシィ・イーサムがどれほどの豪傑であったか、陛下もよくご存じでありましょう」
ハーフェイの碧眼と王の竜眼が、静かに交錯する。
アーシィ・イーサム。五年前、魔族との戦いで命を落としためざめの騎士の名である。カイトにとって初めて耳にする名だったが、不思議とどこか懐かしい響きを感じる。
「いかにして、力を測るか」
「このハーフェイとの手合わせをもって、試金石といたしましょうぞ」
雲行きが怪しくなってきた。
無論この展開は予想していた。めざめの騎士を名乗るなら力を示さねばならないと、リーティアも言っていたからだ。
「お待ちください陛下」
ハーフェイの提案に抗議したのは、クディカである。
「カイトはまだ召喚されたばかり、戦う力は育っておりません。歴代の騎士とて、目覚めた頃は凡夫であり、試練を重ねて英雄になるものです」
「異なことを申すな、白将軍」
クディカの言葉尻に、ハーフェイが噛みついた。
「それでは間に合わぬから召喚されたのだろう。即戦力にならなければ、わざわざ異界から呼び出す意味もあるまい」
「む。それは……そうだが」
正論を突きつけられ、クディカは口を噤んでしまう。
嘲笑混じりに鼻を鳴らして、ハーフェイは再び王を見上げた。
「陛下、どうかお許しを。この能器将軍を下すほどの猛者であれば、誰人も文句は言いますまい」
「よかろう」
王が重々しく首肯すると、ハーフェイの口元に小さな笑みが浮かぶ。
やはり、こうなってしまったか。カイトは胸を押さえる。心臓は痛いほど高鳴り、全身に血を駆け巡らせている。
「予定通りです。落ち着いて、冷静に対処してください」
リーティアの耳打ち。そんなことを言われても、怖いものは怖い。
「では決闘の場を設ける。カイト・イセ。受ける者として、望みを申せ」
王から急に話を振られても、カイトに困惑はなかった。こういう流れになるだろうと、事前にリーティアが教えてくれていたからだ。
王が尋ねたのは、決闘の場所と時間。それは受ける側に決める権利がある。
今一度、カイトは大きく息を吸い込んだ。
「俺には時間がありませんから、今この場で済ませませんか?」
我ながら肝の据わった発言だと、カイトは内心で冷や汗をかいていた。リーティアに指示された通りを言葉にしたものの、実際に声に出すと粋がっている感が否めない。
案の定、ハーフェイがぎろりとカイトを睨んだ。
「ほう? 鎧も身に着けぬ、剣も帯びぬ身で剛毅なことだ。それに……済ませるだと? この私も随分と見くびられたものだな」
「見た目で判断するなよ。本物の騎士っていうのは、剣や鎧に頼ったりしない」
「なんだと?」
お前ごときに装備など必要ない。決闘の場を設けるだけ時間の無駄だ。無自覚ではあったが、カイトは言外にそう伝えているのだ。
ハーフェイの整った顔が怒りを湛えていた。彼は将軍として新任ではあったが、自身の武勇に絶対の自信を持っている。自分よりも若い、どこの馬の骨とも知らぬ男に軽んじられては、将軍としての沽券に関わる。彼の中では、すでに決闘の理由が変わりつつあった。めざめの騎士かどうかを確認するためではなく、自身の面子を保つために。
玉座の間に、王の笑いが響き渡った。兜の奥から鳴るくぐもった重たい笑声に、臣下達は不安を募らせる。
「実に面白い。異界の勇者とやらがどれほどのものか……余に見せてみよ」
玉座に腰を下ろした王。謁見の場で剣を抜くことを許すのは、彼の治世下で類を見ない歴史的大事件であった。にわかに緊迫感が迸り、静寂を生む。
「陛下のお許しが下った」
ハーフェイが腰の剣を勢いよく抜き放つ。ただそれだけの動作に、彼の尋常でない戦闘技術が見て取れた。
「カイト・イセ。どれほどの論を並べ立てようと、弱き者を騎士とは呼ばぬ。啖呵を切ったのだ。相応の実力を示してもらおう!」
長剣の切っ先を向けられ、カイトは目を細めた。先端恐怖症でなくとも、武器を向けられれば怖気づきもする。だが、カイトも少しは修羅場を潜ったのだ。これくらいではたじろぎはしない。
「用心しろカイト。あやつはあらゆる武器を極めた男。一対一なら私でも後れを取りかねん。能器将軍の名は伊達ではないぞ」
隣のクディカが言い残し、その場を離れていく。
「カイトさん。私は何も心配していません。あなたの力を、信じています」
リーティアがそっと肩に触れ、物腰柔らかにクディカの後に続いた。
カイトは急に心細くなる。観衆の中にありながらひとりぼっちになったような感覚。
当然だ。いざ戦いが始まれば、他人を頼る心は捨てなければならない。
強くなると。そして強くあると決めたのだから。
「よし。いっちょやるか!」
カイトは両頬を叩いた。自身の肉体の変化を確かめ、努めて冷静を保つ。
この勝負、小芝居を打ってくれた二人の為にも、どうせなら圧勝で終わらせよう。
十歩の距離を空けて、カイトはハーフェイと対峙した。
「では――始めよ」
王の号令が下る。
決闘の始まりだ。
名乗りを上げたのは、澄んだ青空のような髪色をした美丈夫であった。
「この者がめざめの騎士だというのなら、まず騎士としての武を示すべきかと存じます。かのアーシィ・イーサムがどれほどの豪傑であったか、陛下もよくご存じでありましょう」
ハーフェイの碧眼と王の竜眼が、静かに交錯する。
アーシィ・イーサム。五年前、魔族との戦いで命を落としためざめの騎士の名である。カイトにとって初めて耳にする名だったが、不思議とどこか懐かしい響きを感じる。
「いかにして、力を測るか」
「このハーフェイとの手合わせをもって、試金石といたしましょうぞ」
雲行きが怪しくなってきた。
無論この展開は予想していた。めざめの騎士を名乗るなら力を示さねばならないと、リーティアも言っていたからだ。
「お待ちください陛下」
ハーフェイの提案に抗議したのは、クディカである。
「カイトはまだ召喚されたばかり、戦う力は育っておりません。歴代の騎士とて、目覚めた頃は凡夫であり、試練を重ねて英雄になるものです」
「異なことを申すな、白将軍」
クディカの言葉尻に、ハーフェイが噛みついた。
「それでは間に合わぬから召喚されたのだろう。即戦力にならなければ、わざわざ異界から呼び出す意味もあるまい」
「む。それは……そうだが」
正論を突きつけられ、クディカは口を噤んでしまう。
嘲笑混じりに鼻を鳴らして、ハーフェイは再び王を見上げた。
「陛下、どうかお許しを。この能器将軍を下すほどの猛者であれば、誰人も文句は言いますまい」
「よかろう」
王が重々しく首肯すると、ハーフェイの口元に小さな笑みが浮かぶ。
やはり、こうなってしまったか。カイトは胸を押さえる。心臓は痛いほど高鳴り、全身に血を駆け巡らせている。
「予定通りです。落ち着いて、冷静に対処してください」
リーティアの耳打ち。そんなことを言われても、怖いものは怖い。
「では決闘の場を設ける。カイト・イセ。受ける者として、望みを申せ」
王から急に話を振られても、カイトに困惑はなかった。こういう流れになるだろうと、事前にリーティアが教えてくれていたからだ。
王が尋ねたのは、決闘の場所と時間。それは受ける側に決める権利がある。
今一度、カイトは大きく息を吸い込んだ。
「俺には時間がありませんから、今この場で済ませませんか?」
我ながら肝の据わった発言だと、カイトは内心で冷や汗をかいていた。リーティアに指示された通りを言葉にしたものの、実際に声に出すと粋がっている感が否めない。
案の定、ハーフェイがぎろりとカイトを睨んだ。
「ほう? 鎧も身に着けぬ、剣も帯びぬ身で剛毅なことだ。それに……済ませるだと? この私も随分と見くびられたものだな」
「見た目で判断するなよ。本物の騎士っていうのは、剣や鎧に頼ったりしない」
「なんだと?」
お前ごときに装備など必要ない。決闘の場を設けるだけ時間の無駄だ。無自覚ではあったが、カイトは言外にそう伝えているのだ。
ハーフェイの整った顔が怒りを湛えていた。彼は将軍として新任ではあったが、自身の武勇に絶対の自信を持っている。自分よりも若い、どこの馬の骨とも知らぬ男に軽んじられては、将軍としての沽券に関わる。彼の中では、すでに決闘の理由が変わりつつあった。めざめの騎士かどうかを確認するためではなく、自身の面子を保つために。
玉座の間に、王の笑いが響き渡った。兜の奥から鳴るくぐもった重たい笑声に、臣下達は不安を募らせる。
「実に面白い。異界の勇者とやらがどれほどのものか……余に見せてみよ」
玉座に腰を下ろした王。謁見の場で剣を抜くことを許すのは、彼の治世下で類を見ない歴史的大事件であった。にわかに緊迫感が迸り、静寂を生む。
「陛下のお許しが下った」
ハーフェイが腰の剣を勢いよく抜き放つ。ただそれだけの動作に、彼の尋常でない戦闘技術が見て取れた。
「カイト・イセ。どれほどの論を並べ立てようと、弱き者を騎士とは呼ばぬ。啖呵を切ったのだ。相応の実力を示してもらおう!」
長剣の切っ先を向けられ、カイトは目を細めた。先端恐怖症でなくとも、武器を向けられれば怖気づきもする。だが、カイトも少しは修羅場を潜ったのだ。これくらいではたじろぎはしない。
「用心しろカイト。あやつはあらゆる武器を極めた男。一対一なら私でも後れを取りかねん。能器将軍の名は伊達ではないぞ」
隣のクディカが言い残し、その場を離れていく。
「カイトさん。私は何も心配していません。あなたの力を、信じています」
リーティアがそっと肩に触れ、物腰柔らかにクディカの後に続いた。
カイトは急に心細くなる。観衆の中にありながらひとりぼっちになったような感覚。
当然だ。いざ戦いが始まれば、他人を頼る心は捨てなければならない。
強くなると。そして強くあると決めたのだから。
「よし。いっちょやるか!」
カイトは両頬を叩いた。自身の肉体の変化を確かめ、努めて冷静を保つ。
この勝負、小芝居を打ってくれた二人の為にも、どうせなら圧勝で終わらせよう。
十歩の距離を空けて、カイトはハーフェイと対峙した。
「では――始めよ」
王の号令が下る。
決闘の始まりだ。
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