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癒えぬ傷
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途端。
視界が白く染まった。平衡感覚が消滅した。
目の前で明滅する少女の顔。
ヘイスではない。
ソーニャ・コワールだ。
それを認識した時、カイトの感情は瞬時にして反転した。
蘇る恐怖。痛み。妖艶で残酷は笑みは、カイトの心を攪拌する。
「カイトさま?」
治ってなんかない。肉体の傷がどれだけ癒えようとも、精神に刻まれた傷痕はあまりにも深い。
カイトはその場に崩れ落ち、全身を震わせていた。
「カイトさまっ……カイトさま! 大丈夫です! もう大丈夫なんです!」
ヘイスの細い両腕が、カイトを抱きしめる。
優しいはずの抱擁。その感触は、この体を握り潰した巨人の手を連想してしまう。
情けない叫び声をあげ、ヘイスを振りほどく。床に尻もちをついた彼女を気に懸ける余裕もない。容赦なく押し寄せる記憶の波濤が、カイトの精神を削り取っていく。
「何事ですか」
扉を開いたのはリーティアだ。早足で入室した彼女は、息を荒げてうずくまるカイトを見とめて緋色の目を細くした。
「ヘイス。一体何があったのです?」
「フューディメイム卿。ボク――」
ヘイスには心当たりがあった。カイトがソーニャに何をされたのか、その一部始終を目撃していたからだ。ヘイスとの関わりが引き金となってカイトの記憶を刺激したのだと、直感的に理解していた。
「何も考えずに、カイトさまに酷いことを」
動揺したヘイスの様子に、リーティアも察したようだった。
「戦場での記憶が蘇ったのですね。致し方ありません」
彼女の足下に小さな魔法陣が生まれる。ルーン文字と幾何学模様で描かれた翡翠の輝きから、同色の粒子が浮かび上がり、風に流されるようにしてカイトの体を包んでいった。
恐慌状態にあったカイトは、粒子に包まれた瞬間、電源が落ちたように気を失い、その場に伏してしまう。
倒れた彼の姿に異常がないことを確認すると、リーティアは小さな吐息を漏らした。
「効果覿面ですね」
簡単な入眠魔法で瞬時に寝入ってしまうとは、改めてカイトの魔法に対する脆弱さを思い知る。
「大丈夫、なんですか?」
「ええ。一時的なものですから」
実のところ、カイトの錯乱についてリーティアはそれほど心配していなかった。戦場の悲惨を経験した兵士が、ふとした拍子にトラウマを思い出す。そんな例は数えきれないほど見てきたのだ。
「さぁ、カイトさんをベッドに運びましょう。ヘイス、手伝って」
「は、はいっ」
二人に抱え上げられたカイトは、眠りに落ちたままベッドの上に移された。その寝顔を心配そうに見つめるヘイスの肩を、リーティアがぽんと叩く。
「ほら。そんな顔しないで。目が覚める頃にはきっと落ち着いています」
「はい。ありがとうございます」
尚も悄然と俯くヘイスに、リーティアの眉も下がってしまう。
「ところでヘイス。彼があんな風になった原因は、何だったのです?」
「ええっと、それは」
ぎくりと肩を震わせ、口籠るヘイス。それでも言わずに済ますことはできないと思った彼女は、何度か口をぱくぱくさせてから、ようやく声を絞り出した。
「その……キス、です」
「キス? 口づけですか」
リーティアの視線がカイトの唇に向けられる。その瞳はあくまで真剣であり、茶化すような雰囲気は微塵もなかった。
「詳しく聞かせて頂けますか?」
ヘイスは小さく頷いてから、カイトとソーニャの戦いの顛末を語り始めた。
視界が白く染まった。平衡感覚が消滅した。
目の前で明滅する少女の顔。
ヘイスではない。
ソーニャ・コワールだ。
それを認識した時、カイトの感情は瞬時にして反転した。
蘇る恐怖。痛み。妖艶で残酷は笑みは、カイトの心を攪拌する。
「カイトさま?」
治ってなんかない。肉体の傷がどれだけ癒えようとも、精神に刻まれた傷痕はあまりにも深い。
カイトはその場に崩れ落ち、全身を震わせていた。
「カイトさまっ……カイトさま! 大丈夫です! もう大丈夫なんです!」
ヘイスの細い両腕が、カイトを抱きしめる。
優しいはずの抱擁。その感触は、この体を握り潰した巨人の手を連想してしまう。
情けない叫び声をあげ、ヘイスを振りほどく。床に尻もちをついた彼女を気に懸ける余裕もない。容赦なく押し寄せる記憶の波濤が、カイトの精神を削り取っていく。
「何事ですか」
扉を開いたのはリーティアだ。早足で入室した彼女は、息を荒げてうずくまるカイトを見とめて緋色の目を細くした。
「ヘイス。一体何があったのです?」
「フューディメイム卿。ボク――」
ヘイスには心当たりがあった。カイトがソーニャに何をされたのか、その一部始終を目撃していたからだ。ヘイスとの関わりが引き金となってカイトの記憶を刺激したのだと、直感的に理解していた。
「何も考えずに、カイトさまに酷いことを」
動揺したヘイスの様子に、リーティアも察したようだった。
「戦場での記憶が蘇ったのですね。致し方ありません」
彼女の足下に小さな魔法陣が生まれる。ルーン文字と幾何学模様で描かれた翡翠の輝きから、同色の粒子が浮かび上がり、風に流されるようにしてカイトの体を包んでいった。
恐慌状態にあったカイトは、粒子に包まれた瞬間、電源が落ちたように気を失い、その場に伏してしまう。
倒れた彼の姿に異常がないことを確認すると、リーティアは小さな吐息を漏らした。
「効果覿面ですね」
簡単な入眠魔法で瞬時に寝入ってしまうとは、改めてカイトの魔法に対する脆弱さを思い知る。
「大丈夫、なんですか?」
「ええ。一時的なものですから」
実のところ、カイトの錯乱についてリーティアはそれほど心配していなかった。戦場の悲惨を経験した兵士が、ふとした拍子にトラウマを思い出す。そんな例は数えきれないほど見てきたのだ。
「さぁ、カイトさんをベッドに運びましょう。ヘイス、手伝って」
「は、はいっ」
二人に抱え上げられたカイトは、眠りに落ちたままベッドの上に移された。その寝顔を心配そうに見つめるヘイスの肩を、リーティアがぽんと叩く。
「ほら。そんな顔しないで。目が覚める頃にはきっと落ち着いています」
「はい。ありがとうございます」
尚も悄然と俯くヘイスに、リーティアの眉も下がってしまう。
「ところでヘイス。彼があんな風になった原因は、何だったのです?」
「ええっと、それは」
ぎくりと肩を震わせ、口籠るヘイス。それでも言わずに済ますことはできないと思った彼女は、何度か口をぱくぱくさせてから、ようやく声を絞り出した。
「その……キス、です」
「キス? 口づけですか」
リーティアの視線がカイトの唇に向けられる。その瞳はあくまで真剣であり、茶化すような雰囲気は微塵もなかった。
「詳しく聞かせて頂けますか?」
ヘイスは小さく頷いてから、カイトとソーニャの戦いの顛末を語り始めた。
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