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今度は勘違いじゃない?
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つい先ほどまでは生き残ったことや勇者と称えられたことに舞い上がっていたはずなのに、その前向きな感情は見る影もない。
人の心とはどうしてこうも不安定なのか。その時々の状況や環境に紛動され、投げかけられた言葉に影響され、留まることなく流転する。浮き沈みの激しい自身の心に振り回され、払拭しようのない自己嫌悪に引き摺られていく。
ふと、テーブルに落としていた目線を上げると、向かいに座っていたヘイスがいなくなっていた。
「あの、カイトさま」
いつの間にかすぐ傍に立っていたヘイスに些か驚いたが、彼女の不安げな表情を見てすぐに居住まいを正した。
「ボクはカイトさまのお世話を任されました。正式な身分ではありませんが、カイトさまの従者になったつもりです。ですから、なんでもお申し付けください。カイトさまが元気になるなら、ボク、なんでもさせて頂きます!」
ヘイスはその場に跪き、カイトを見上げる。潤いのある栗色の瞳には、確かな想いが込められていた。
飾り気のない率直な言葉。だからこそ、カイトの心を強く打つ。
カイトはヘイスの命を救った。それは見返りを求めたからではない。目の前の一人を命がけで助けることを、自身の戦いの理由としただけだ。
けれどヘイスにとってそんなことは関係ない。カイトは紛れもなく命の恩人なのだ。
どちらの想いも純粋であるが故に、ヘイスの想いは真っすぐカイトに伝わった。
「ヘイス」
カイトは自らを恥じた。強くなると決意した、その舌の渇かぬうちから弱気になっていた。そのことに気付けたからには、気合を入れ直し、改めて決意を固めるしかない。
「ありがとう」
ヘイスが鏡となって、自身の弱い心を映してくれた。年下の女の子の励まされるのは少しだけ気恥ずかしかったが、それ以上に嬉しさがこみ上げた。ここまで自分なんかのことを考えてくれるなんて、なんていい子なのだろう。ここまで思われる自分は、なんと幸せ者なのだろう。
栗色の髪に覆われた小さな頭を、カイトは優しく撫でていた。
そう、ついうっかり。
「あ」
体に染みついた癖というのは厄介なものだ。無意識の行為であったが、この状況でそれがどんな意味を持つのか、カイトにとっては既知だった。
ヘイスの顔は真っ赤に染まり、目を丸くして唇を引き結んでいる。
「今度は勘違いじゃ、ありませんよね……」
「いや、あの」
「カイトさまがお望みならっ。ボクも、その……やぶさかではありませんっ」
俯いたヘイスの視線が、部屋のベッドにちらりと向けられる。
まずいことになった。非常にまずい展開だ。
正直、カイトにそんなつもりは毛頭なかった。まさかこんなことになるなんて。
いや待て。よく考えてみよう。何か問題があるだろうか。
いいじゃないか。合意の上だし。十二歳だけど、この国ではもう立派なレディーだ。こんなかわいい子がなんでもしてくれるって言ってるんだから、遠慮なんてすることはない。
けど、妹の面影と重なる子とそういう関係になるのはいかがなものだろうか。
「カイトさま……」
ヘイスは頭に乗ったカイトの手を取り、その指に口づけをした。
どうしてこんなに緊張するんだ。まだ剣を取った時の方が気楽だったかもしれない。
こうなってしまっては、下手にごまかすのもヘイスに失礼だ。というより、カイトの理性が耐えられない。控えめな胸の膨らみや、スカートから伸びる細い脚線。幼げな唇はやけに煽情的だ。今までは気にも留めなかったヘイスの色気の片鱗が、カイトの意識を満たしていく。
明日も知れない身で無責任かもしれない。けど彼女との関わりが傷んだ心を癒すというのなら、ありがたく好意を受け取りたい。
カイトはヘイスの腕を掴み、自分と一緒に立ち上がらせる。
頬を紅潮させたヘイスが、上を向いて目を閉じた。この世界でも、最初はキスから始めるものらしい。
心臓が割鐘のように鳴り響いている。緊張と興奮で固くなりながら、ヘイスの華奢な肩に手を置き、カイトはゆっくりと唇を近付けた。
人の心とはどうしてこうも不安定なのか。その時々の状況や環境に紛動され、投げかけられた言葉に影響され、留まることなく流転する。浮き沈みの激しい自身の心に振り回され、払拭しようのない自己嫌悪に引き摺られていく。
ふと、テーブルに落としていた目線を上げると、向かいに座っていたヘイスがいなくなっていた。
「あの、カイトさま」
いつの間にかすぐ傍に立っていたヘイスに些か驚いたが、彼女の不安げな表情を見てすぐに居住まいを正した。
「ボクはカイトさまのお世話を任されました。正式な身分ではありませんが、カイトさまの従者になったつもりです。ですから、なんでもお申し付けください。カイトさまが元気になるなら、ボク、なんでもさせて頂きます!」
ヘイスはその場に跪き、カイトを見上げる。潤いのある栗色の瞳には、確かな想いが込められていた。
飾り気のない率直な言葉。だからこそ、カイトの心を強く打つ。
カイトはヘイスの命を救った。それは見返りを求めたからではない。目の前の一人を命がけで助けることを、自身の戦いの理由としただけだ。
けれどヘイスにとってそんなことは関係ない。カイトは紛れもなく命の恩人なのだ。
どちらの想いも純粋であるが故に、ヘイスの想いは真っすぐカイトに伝わった。
「ヘイス」
カイトは自らを恥じた。強くなると決意した、その舌の渇かぬうちから弱気になっていた。そのことに気付けたからには、気合を入れ直し、改めて決意を固めるしかない。
「ありがとう」
ヘイスが鏡となって、自身の弱い心を映してくれた。年下の女の子の励まされるのは少しだけ気恥ずかしかったが、それ以上に嬉しさがこみ上げた。ここまで自分なんかのことを考えてくれるなんて、なんていい子なのだろう。ここまで思われる自分は、なんと幸せ者なのだろう。
栗色の髪に覆われた小さな頭を、カイトは優しく撫でていた。
そう、ついうっかり。
「あ」
体に染みついた癖というのは厄介なものだ。無意識の行為であったが、この状況でそれがどんな意味を持つのか、カイトにとっては既知だった。
ヘイスの顔は真っ赤に染まり、目を丸くして唇を引き結んでいる。
「今度は勘違いじゃ、ありませんよね……」
「いや、あの」
「カイトさまがお望みならっ。ボクも、その……やぶさかではありませんっ」
俯いたヘイスの視線が、部屋のベッドにちらりと向けられる。
まずいことになった。非常にまずい展開だ。
正直、カイトにそんなつもりは毛頭なかった。まさかこんなことになるなんて。
いや待て。よく考えてみよう。何か問題があるだろうか。
いいじゃないか。合意の上だし。十二歳だけど、この国ではもう立派なレディーだ。こんなかわいい子がなんでもしてくれるって言ってるんだから、遠慮なんてすることはない。
けど、妹の面影と重なる子とそういう関係になるのはいかがなものだろうか。
「カイトさま……」
ヘイスは頭に乗ったカイトの手を取り、その指に口づけをした。
どうしてこんなに緊張するんだ。まだ剣を取った時の方が気楽だったかもしれない。
こうなってしまっては、下手にごまかすのもヘイスに失礼だ。というより、カイトの理性が耐えられない。控えめな胸の膨らみや、スカートから伸びる細い脚線。幼げな唇はやけに煽情的だ。今までは気にも留めなかったヘイスの色気の片鱗が、カイトの意識を満たしていく。
明日も知れない身で無責任かもしれない。けど彼女との関わりが傷んだ心を癒すというのなら、ありがたく好意を受け取りたい。
カイトはヘイスの腕を掴み、自分と一緒に立ち上がらせる。
頬を紅潮させたヘイスが、上を向いて目を閉じた。この世界でも、最初はキスから始めるものらしい。
心臓が割鐘のように鳴り響いている。緊張と興奮で固くなりながら、ヘイスの華奢な肩に手を置き、カイトはゆっくりと唇を近付けた。
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