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束の間の休息
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少し遅めの昼食を終えたカイトは、部屋の窓から見える景色を飽きることなく眺めていた。
用意された個室は二十畳程度。一人では些か持て余すくらいの広さだ。調度品は最低限で、ベッドとサイドテーブル、食卓にチェスト、それに燭台らしき器具がいくつかあるだけ。板張りの床と青い壁紙の組み合わせは、日本では見慣れない色合いである。壁に設置された暖炉は、寒くなるまでお役御免のようだった。
窓から見えるデルニエールの街並みは、何から何までカイトがイメージする中世ヨーロッパ風なファンタジーそのままである。
木造やレンガ造りの建築物が混在し、街路樹を等間隔に置いた街並みは清潔感に溢れている。老若男女が活気よく行き交い、商人が客引きの声を張り上げ、厳めしい衛兵が目を光らせている。街の人々が挨拶を交わし合う様子は、現代日本よりも遥かに温かな世間に思えた。
「やっぱり、珍しいものなんですか?」
「ん、まあね。珍しいっていうか。初めての体験っていうか」
ヘイスの声で我に返ったカイトは、部屋の中央に鎮座する食卓につく。向かいの席にちょこんと座るヘイスを見ると、不思議と気分が落ち着いた。
白いブラウスと膝丈のスカート。当たり前だが、ヘイスの装いは戦場で出会った時とは違う。革鎧から一転、素朴な少女らしさを感じさせる服装は、彼女の熟しきらない可憐さを際立たせていた。栗色の瞳と髪。何度見ても、カイトはヘイスに亡き妹の面影を重ねてしまう。
「ひとつ聞きたいんだけど」
「はい! 何でも聞いてくださいっ」
役に立てることが嬉しいのか、ヘイスは握りこぶしを作って元気のいい声をあげた。
「どうして魔族と戦争を?」
これはなんとなく思い付いただけの、興味本位の質問だった。
人間と魔族が争っているということ自体に疑問はない。こう言ってはなんだが、ファンタジーの世界観では人間と魔族の戦争などよくある話だ。けれど、その原因には少なからず好奇心がくすぐられる。
ヘイスはきょとんとした表情でカイトを見つめてから、思い出したようにぽんと手を合わせた。
「そっか。それもご存じないんですよね」
テーブルに目を落とし、彼女はうーんと考え込む。
「どこからお話ししましょうか。カイトさまは、灰の乙女についてはお聞きになられましたか?」
「灰の、乙女?」
慣れない敬称にむず痒い思いをしながら、カイトは腕を組んだ。
灰の乙女というワードには、思い当たる節がある。
「この世界の調律を司る女神様が、人の身をとって現世に具現された姿です」
「女神だって?」
半ば無意識のうちに口を開いていた。
おそらく、いや、十中八九間違いない。灰の乙女とは、カイトが出会ったあの女神のことだ。一面灰色の景色に一人立つ彼女の姿を思い出す。なるほど、確かに灰の乙女と呼ぶに相応しい。
「はい、女神様です。えっと、女神様っていうのは、わかりますよね?」
「……ああ。それはわかるよ。ごめん、続けて」
とにかく今は最後まで話を聞くべきだ。
「一から説明させて頂きますね」
そう前置きして、ヘイスはこほんと咳払いを漏らす。
「灰の乙女は、尊いお役目を果たしておられます。灰の巡礼といって、世界のマナのバランスを保つために休むことなく世界中を巡られているんです」
そう聞くと大変そうな役目に思えるが、女神からすれば世界中を巡るなど容易いのだろう。そうでなければ、休息もなく旅を続けるなんて身も心ももたない。
そんなカイトの感想は、続くヘイスの言葉によって覆された。
「ですが、乙女はもう何年も旅をせず、王都の神殿で休養をとられています」
「そりゃまた、どうして」
「巡礼中に魔族に襲われたんです。彼女はなんとか助かりましたが、お供の騎士を失ってしまいました。傷付いた乙女は、助けを求めてこの国に辿り着き、それ以来神殿で傷を癒しておられるんです。それが、えっと……たしか五年くらい前の話だったかな?」
「傷を癒す、ねぇ」
五年も経てば完治しているのではないか。この世界には治癒魔法という医者要らずの便利なものがあるというのに。
体ではなく、心の傷だろうか。トラウマを持つ女神というのも想像しにくいけど。
「じゃあ、その時から戦争が始まったってわけか」
乙女の命を狙う魔族と、それを守ろうとする王国の戦い。女神を巡って種族間の争いが勃発したとなれば、十分理解できる話だ。
わかったような気になったカイトであったが、ヘイスはふるふるを首を横に振った。
「そういうわけではないんです。乙女が保護されてからしばらくは平和でした」
「そうなのか?」
ヘイスは頷く。
だったら今までの話は何だったのだろう。灰の乙女が襲われた一件が戦争の直接的な原因ではないとするならば、引き金となったのは一体何なのか。
「戦争が始まったのは、魔王のせいです」
ヘイスの口から出た言葉に、カイトはさほど驚かない。ファンタジー世界において、それはあまりにも陳腐な単語だった。
用意された個室は二十畳程度。一人では些か持て余すくらいの広さだ。調度品は最低限で、ベッドとサイドテーブル、食卓にチェスト、それに燭台らしき器具がいくつかあるだけ。板張りの床と青い壁紙の組み合わせは、日本では見慣れない色合いである。壁に設置された暖炉は、寒くなるまでお役御免のようだった。
窓から見えるデルニエールの街並みは、何から何までカイトがイメージする中世ヨーロッパ風なファンタジーそのままである。
木造やレンガ造りの建築物が混在し、街路樹を等間隔に置いた街並みは清潔感に溢れている。老若男女が活気よく行き交い、商人が客引きの声を張り上げ、厳めしい衛兵が目を光らせている。街の人々が挨拶を交わし合う様子は、現代日本よりも遥かに温かな世間に思えた。
「やっぱり、珍しいものなんですか?」
「ん、まあね。珍しいっていうか。初めての体験っていうか」
ヘイスの声で我に返ったカイトは、部屋の中央に鎮座する食卓につく。向かいの席にちょこんと座るヘイスを見ると、不思議と気分が落ち着いた。
白いブラウスと膝丈のスカート。当たり前だが、ヘイスの装いは戦場で出会った時とは違う。革鎧から一転、素朴な少女らしさを感じさせる服装は、彼女の熟しきらない可憐さを際立たせていた。栗色の瞳と髪。何度見ても、カイトはヘイスに亡き妹の面影を重ねてしまう。
「ひとつ聞きたいんだけど」
「はい! 何でも聞いてくださいっ」
役に立てることが嬉しいのか、ヘイスは握りこぶしを作って元気のいい声をあげた。
「どうして魔族と戦争を?」
これはなんとなく思い付いただけの、興味本位の質問だった。
人間と魔族が争っているということ自体に疑問はない。こう言ってはなんだが、ファンタジーの世界観では人間と魔族の戦争などよくある話だ。けれど、その原因には少なからず好奇心がくすぐられる。
ヘイスはきょとんとした表情でカイトを見つめてから、思い出したようにぽんと手を合わせた。
「そっか。それもご存じないんですよね」
テーブルに目を落とし、彼女はうーんと考え込む。
「どこからお話ししましょうか。カイトさまは、灰の乙女についてはお聞きになられましたか?」
「灰の、乙女?」
慣れない敬称にむず痒い思いをしながら、カイトは腕を組んだ。
灰の乙女というワードには、思い当たる節がある。
「この世界の調律を司る女神様が、人の身をとって現世に具現された姿です」
「女神だって?」
半ば無意識のうちに口を開いていた。
おそらく、いや、十中八九間違いない。灰の乙女とは、カイトが出会ったあの女神のことだ。一面灰色の景色に一人立つ彼女の姿を思い出す。なるほど、確かに灰の乙女と呼ぶに相応しい。
「はい、女神様です。えっと、女神様っていうのは、わかりますよね?」
「……ああ。それはわかるよ。ごめん、続けて」
とにかく今は最後まで話を聞くべきだ。
「一から説明させて頂きますね」
そう前置きして、ヘイスはこほんと咳払いを漏らす。
「灰の乙女は、尊いお役目を果たしておられます。灰の巡礼といって、世界のマナのバランスを保つために休むことなく世界中を巡られているんです」
そう聞くと大変そうな役目に思えるが、女神からすれば世界中を巡るなど容易いのだろう。そうでなければ、休息もなく旅を続けるなんて身も心ももたない。
そんなカイトの感想は、続くヘイスの言葉によって覆された。
「ですが、乙女はもう何年も旅をせず、王都の神殿で休養をとられています」
「そりゃまた、どうして」
「巡礼中に魔族に襲われたんです。彼女はなんとか助かりましたが、お供の騎士を失ってしまいました。傷付いた乙女は、助けを求めてこの国に辿り着き、それ以来神殿で傷を癒しておられるんです。それが、えっと……たしか五年くらい前の話だったかな?」
「傷を癒す、ねぇ」
五年も経てば完治しているのではないか。この世界には治癒魔法という医者要らずの便利なものがあるというのに。
体ではなく、心の傷だろうか。トラウマを持つ女神というのも想像しにくいけど。
「じゃあ、その時から戦争が始まったってわけか」
乙女の命を狙う魔族と、それを守ろうとする王国の戦い。女神を巡って種族間の争いが勃発したとなれば、十分理解できる話だ。
わかったような気になったカイトであったが、ヘイスはふるふるを首を横に振った。
「そういうわけではないんです。乙女が保護されてからしばらくは平和でした」
「そうなのか?」
ヘイスは頷く。
だったら今までの話は何だったのだろう。灰の乙女が襲われた一件が戦争の直接的な原因ではないとするならば、引き金となったのは一体何なのか。
「戦争が始まったのは、魔王のせいです」
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