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もう逃げない

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「しかし、気安く女の頭を撫でるとは、一体どんな風習なのだ?」

「異世界の、ということになるのでしょうね」

 自己嫌悪でいたたまれなくなったカイトをよそに、クディカとリーティアは談話を続ける。

「それに気になることがもう一つ。カイトさんのヘイスを見る目は、私達に向けられるものとは違います」

「む? そうか? どのあたりが」

「クディカ。そういうところに鈍感だから、行き遅れるのですよ」

「なにを。お前とて同じではないか。自分のことを棚に上げるな」

 ムキになって言い返したクディカには反応せず、リーティアはカイトに柔らかい笑みを向けた。

「カイトさん。あなたから見て、私達二人とヘイス。どういうところが違いますか?」

「そりゃあ」

 質問の意図がわからない。カイトは後頭部をかきながら、三人を見比べる。

「大人と、子ども。で分けられると思うんですけど」

「子ども……」

 当のヘイスは、顔を上げてショックな表情を隠そうともしていなかった。
 この反応を見るに、ヘイスが子どもというのは誤りらしい。幼く見えて、実はそれなりの年齢なのかもしれない。もしそうだとしたら、カイトはものすごく失礼な発言をしたことになる。

「ボク、これでも成人してますっ。今年で十二になったんですっ」

 右手を薄い胸に、左腕は大きく広げて、ヘイスは高い声を張った。

「十二? 二十じゃなくて?」

「十二ですっ」

 なんだ。やっぱり子どもじゃないか。
 と、安堵するのも束の間、カイトは異世界との文化の違いに思いを馳せて腕を組んだ。

 もとの世界でも成人年齢は国によって違っていた。だが、十二歳で成人というのは流石に早すぎるんじゃないか。いや、武家の元服は十代前半でも珍しくなかったようだし、異世界ともなれば十二歳で成人というのもおかしくないのかもしれない。
 現代日本の常識は通用しない。この世界の文化を、そういうものだと受け入れるべきなのだろう。

「ごめん。気を悪くしないでくれ。俺の住んでた国では、成人は二十歳だったんだ。そういう意味では俺だって子どもなんだよ」

「そうなんですか」

 ヘイスはわかっているのかそうでないのか微妙な表情である。

「とりあえず、お前はこの国の常識を学ぶところから始めなければいけないようだな」

 クディカの言う通りだ。しかしながらカイトの頭には、そんなことよりも急いで対処しなければならない懸念があった。

「それよりも、俺のマナ中毒の方をなんとかしないといけないんじゃ」

 自然と胸元のタリスマンに手が行く。これの効能もあと数日。それまでにマナ中毒を抑える方法を探さなければ、死線を乗り越えた意味もない。

「カイトさん。それに関しては後ほど、場を改めてお話しいたしましょう」

「はぁ」

 すぐにでも対策を教えてもらいたかったが、リーティアの言うことなら従おう。もしかしたら、そこまで深刻に考える必要もないのかもしれない。

「デュール殿」

「はっ」

 リーティアに呼びかけられたデュールは、立ち上がって居住まいを正す。

「カイトさんに個室を用意して差し上げてください。それから清潔な服と温かい食事を」

「承知しました」

「ヘイス。カイトさんの身の回りのお世話はあなたに一任します。よろしくお願いしますね」

「はいっ。頑張ります!」

「よろしい」

 頷くリーティアの微笑みを見ていると何故か安心感が生まれる。物腰柔らかな彼女の理知的な美貌は、見ているだけで癒されるようだ。

「カイト。ヘイスはお前をおとぎ話の英雄のように語っていたが……実際どの程度剣を使えるのだ?」

 思わずヘイスを一瞥すると、彼女ははにかみがちに目線を逸らした。具体的にどのように伝えられたのだろう。

「からっきしですよ。剣どころか、包丁だって握ったことありません」

「それでよくソーニャ・コワールの魔獣どもを一掃できたものだ。天賦の才か、あるいはただの幸運か」

 切れ長の碧眼がカイトを射抜く。見定めるような視線。それは確かに将軍の眼光であったが、カイトはもうたじろがない。

「よし。デュール、もう一つ仕事がある」

「なんなりと」

「カイトに剣術を仕込め。私が復帰するまでに使い物になるようにな」

「了解しました。部隊の訓練用装備を与えます」

「ああ、それでいい」

 とんとんと進んでいく話に、カイトはついていくので精一杯だ。驚きの連続で口を挟む隙もない。
 個室をあてがわれるのは良い。服も食事も欲しかったところだ。ヘイスに世話をされるのは少し気が引けるが、助けが必要なのも確かである。

 しかし、剣の訓練とはどういうことか。カイトは軍人ではないし、これからそうなる予定もない。
 自分が剣を握っている姿を想像すると、先日の戦いがフラッシュバックする。カイトからしてみればつい先刻の出来事だ。

「剣か」

 それは無邪気に抱いていた幻想の象徴であり、勇気の一歩を踏み出した証でもある。

「訓練は嫌か?」

「いえ。むしろ望むところですよ」

 自分の弱さも甘さも不甲斐なさも、死ぬほどよくわかった。
 だから、もう二度と逃げない。今、そう決めた。

 強くなるのだ。
 辛い時、誰かの為に戦えるように。
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