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いつかの記憶 ①

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 記憶の片隅に追いやっていた言葉がある。
 殺風景な病室。ベッドの上から外の景色を眺める海璃と、その傍らに立つ海斗。

「あのなぁ海璃。お前、いつまであんなこと続けるんだ?」

 何度訪れても、この場所の独特な匂いには慣れない。

「いいじゃない別に。私にとっては大切なことなの」

「絶対安静だって言われてるんだろ。病室抜け出しておしゃべりばっかしてたんじゃ、治るもんも治らない」

 海斗はぶっきらぼうに言う。一応これでも妹を心配しているのだ。

「おしゃべり? うーん、おしゃべりかぁ……ふふ、そっかそっか」

 何故か顔を綻ばせる海璃。

「なんだよ」

「ううん。なんか、嬉しいなって思って」

「はぁ?」

「だっておしゃべりするとみんな元気になるんだよ? ありがとう、一緒に頑張ろうねって、素敵な笑顔を見せてくれるんだから」

 外出を禁じられていた海璃は、同じ病院の患者達とよく話をしていた。その内容は他愛もない世間話のような内容ではあったが、素直で裏表のない海璃の人柄は、病魔に侵され悲観に陥った患者達の励ましとなっていた。

 同年代の少女と流行の雑誌を読み合ったり、事故で入院した強面の青年の恋愛相談をしたり、時には職場の人間関係で悩む看護師を元気づけることもあった。
 ある老婦人が死への不安と恐怖を打ち明けた日、海璃はその老婦人が泣き止むまでずっと彼女を抱きしめていた。孫ほど年の離れた少女の真心に、老婦人は病に立ち向かう強さを取り戻したという。

 そんなことを、来る日来る日も朝から晩までやっているのだ。医師から言いつけられた絶対安静の指示に従う気などさらさらないようだった。

「馬鹿だろ、お前」

 海斗には妹の行動がまったく理解できない。

「いいか? 病人は病人らしく、病気を治すことだけ考えてればいいんだ。みんなが元気になっても、自分の病気が悪化したら何の意味もないだろうが」

「そんなことないよ」

 海璃の否定は強かった。

「おにいちゃん。昔さ、家の近くの公園におっきな犬がいた時のこと、おぼえてる?」

「……それがどうしたよ」

「おっきいだけで大人しいワンちゃんだったけど、あの時の私ったら怖くて泣いちゃって動けなくなって」

「あったな。そんなこと」

 まだ小学生にもならない幼い頃の話だ。正直、今の今まで忘れていた。

「おにいちゃんだって怖かったはずなのに、一生懸命木の棒を振り回して私を守ろうとしてくれたでしょ」

「馬鹿言え。別にあんな犬ちっとも怖くなかった」

「うそ。お母さんから聞いたもん。あとですっごく泣いてたって」

 今思い出すとなんとも滑稽な話だ。
 近所の飼い犬であったその犬は、必死に棒を振り回す海斗に喜んでじゃれつこうとしていた。当時はそれがとんでもなく恐ろしかったことを覚えている。兄として妹を守らなければ、という使命感が海斗の中の勇気を奮い起こしたのだ。もし海斗一人であったら、一目散に逃げ出していたことだろう。

「私ね。病気になって、入院して、学校にも行けなくなって……どうしてこんな目にあわなくちゃいけないんだろうって、ずっと思ってた。世界でいちばん不幸な女の子なんじゃないかって本気で信じてたよ」

 海璃の痩せた頬が、自嘲気味に苦笑を浮かべる。

「それで、ふとその時のことを思い出したの。そしたら不思議と勇気が湧いてきて、私もおにいちゃんみたいになれたらいいなって思ったんだ」

 海璃の話はいまいち要領を得ない。海斗は溜息交じりに頭を掻いた。
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