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目覚めた後の悪夢 ②
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「貴様が……貴様のせいでぇっ!」
若い兵士が踏み込み、手槍の一撃を放つ。
カイトがそれを避けたのはまさに僥倖であった。慌てて飛びのこうとした拍子に足を滑らせて転び、結果的に頬を掠めるのみで済んだのだ。
急加速する鼓動。捕らえろと言っておきながら、彼の刺突は殺意に満ちていた。とてもじゃないが話が通じる様子じゃない。
「くっそ!」
カイトに残された選択肢は逃走だけだった。飛び起きながら踵を返し、再び森の中を疾走する。
「追え、追え! 絶対に逃がすな!」
草木をかき分けて走り続ける。重たい装備を纏う兵士達に対し、カイトの装いは学生服のみ。障害物が多く起伏の激しい地形は、軽装のカイトに有利に働いた。
とはいえ、背後で鳴り止まない鎧の音が言い知れぬ恐怖を煽る。疲れ切った脚に鞭を打ち、一心不乱に駆けるしかなかった。
勘違いから始まる物語は多くある。だが、こんな展開は不幸にも程があるだろう。こうなったらお望み通り魔族側についてやろうか。そうした方が楽なんじゃないか。
そんなカイトの思考を察したかのように、前方に動く物体が現れる。
漆黒の獣が十匹余り。それらは木々の隙間を縫うようにしてこちらに急接近しており、瞬く間に距離を詰めてくる。
「冗談だろ……?」
こんな時は陳腐な言葉しか出てこない。
前には魔獣。後ろには兵士。
このまま走り続けるべきか、それとも止まるべきか。
悠長に迷っている暇はなかった。瞬く間に肉薄した十数の獣が、カイトの傍らを駆け抜けていった。
「うおっ」
至近を通過した獣の圧力で、カイトは派手に転倒した。大地を転がってからやっと停止し、体を起こして振り返る。
漆黒の獣はカイトに見向きもせず、後ろの兵士に襲い掛かっていた。
「くそっ! 戦闘態勢!」
「数が多い! 連携するんだ!」
兵士達が荒い声を飛ばす。彼らは武器を握り獣達に応戦するが、そもそも疲弊した身でまともに戦える状態ではなかった。二、三の獣を排するも、劣勢は揺るがない。
一人が負傷し、二人が倒れ、徐々に敗北へと押しやられる。
カイトは突発した戦闘から目が離せなかった。どうすればいいかわからない。何が出来るかわからない。逃げようにも体が動いてくれない。
「あらぁ? あなた、まだこんなとこにいたの」
カイトの体に影が落ちる。降ってきた声には聞き覚えがあった。
「あはっ。敵をおびき出してくれたんだ? 意外とお利口さんなのね」
艶やかな銀髪と、血の瞳。黒一色で染まったフリルのドレス。
ソーニャ・コワールが、巨人の肩の上で無邪気な笑みを浮かべていた。
「おかげで手間が省けちゃった」
巨人の大きな手に握られた人間を見て、カイトは喉をひきつらせた。
馬鹿みたいに太い指の間から、破損した白い鎧が見え隠れしている。垂れ下がった金髪は土で汚れ、元来の美しさなど微塵も残っていなかった。間違いなくクディカである。生きているのか、死んでいるのか。彼女はぴくりとも動かない。
巨人の手からは血が滴っており、独特の鉄臭さがカイトの鼻をついた。
「ほら見て。あの子達、あんなにはしゃいじゃって。獲物を見つけたのがホントに嬉しいみたい」
ソーニャが見つめる先にあるのは、一方的な蹂躙だ。
気付けば、すでに兵士は半数まで減っていた。重なり合う三つの断末魔は、肉の食い千切られる音の中に消えていく。獣に群がられた兵士から飛び散る夥しい鮮血。湿った土の上で嵩を増す血だまりに、引き剥がされた装備と肉片が沈む。
カイトの中に激しい嘔吐感が湧いて出た。胃がせり上がり、しかし吐き出す物は何もない。口から出るのは咳と唾液、そして不快の呻きだけ。
「もー! きたないわねぇ」
ソーニャは唇を尖らせて頬杖をつく。
「品のない男は嫌いよ。まったく」
兵士の虐殺現場に目を向けて、彼女は目尻を下げ口角を吊り上げる。まるで動物同士の和やかな戯れを見る眼差しだ。
狂っている。それがカイトの率直な思いだった。
魔族とは。戦争とは。こんなにも恐ろしいものなのか。
慈悲も躊躇いもない。文字通りの地獄じゃないか。
若い兵士が踏み込み、手槍の一撃を放つ。
カイトがそれを避けたのはまさに僥倖であった。慌てて飛びのこうとした拍子に足を滑らせて転び、結果的に頬を掠めるのみで済んだのだ。
急加速する鼓動。捕らえろと言っておきながら、彼の刺突は殺意に満ちていた。とてもじゃないが話が通じる様子じゃない。
「くっそ!」
カイトに残された選択肢は逃走だけだった。飛び起きながら踵を返し、再び森の中を疾走する。
「追え、追え! 絶対に逃がすな!」
草木をかき分けて走り続ける。重たい装備を纏う兵士達に対し、カイトの装いは学生服のみ。障害物が多く起伏の激しい地形は、軽装のカイトに有利に働いた。
とはいえ、背後で鳴り止まない鎧の音が言い知れぬ恐怖を煽る。疲れ切った脚に鞭を打ち、一心不乱に駆けるしかなかった。
勘違いから始まる物語は多くある。だが、こんな展開は不幸にも程があるだろう。こうなったらお望み通り魔族側についてやろうか。そうした方が楽なんじゃないか。
そんなカイトの思考を察したかのように、前方に動く物体が現れる。
漆黒の獣が十匹余り。それらは木々の隙間を縫うようにしてこちらに急接近しており、瞬く間に距離を詰めてくる。
「冗談だろ……?」
こんな時は陳腐な言葉しか出てこない。
前には魔獣。後ろには兵士。
このまま走り続けるべきか、それとも止まるべきか。
悠長に迷っている暇はなかった。瞬く間に肉薄した十数の獣が、カイトの傍らを駆け抜けていった。
「うおっ」
至近を通過した獣の圧力で、カイトは派手に転倒した。大地を転がってからやっと停止し、体を起こして振り返る。
漆黒の獣はカイトに見向きもせず、後ろの兵士に襲い掛かっていた。
「くそっ! 戦闘態勢!」
「数が多い! 連携するんだ!」
兵士達が荒い声を飛ばす。彼らは武器を握り獣達に応戦するが、そもそも疲弊した身でまともに戦える状態ではなかった。二、三の獣を排するも、劣勢は揺るがない。
一人が負傷し、二人が倒れ、徐々に敗北へと押しやられる。
カイトは突発した戦闘から目が離せなかった。どうすればいいかわからない。何が出来るかわからない。逃げようにも体が動いてくれない。
「あらぁ? あなた、まだこんなとこにいたの」
カイトの体に影が落ちる。降ってきた声には聞き覚えがあった。
「あはっ。敵をおびき出してくれたんだ? 意外とお利口さんなのね」
艶やかな銀髪と、血の瞳。黒一色で染まったフリルのドレス。
ソーニャ・コワールが、巨人の肩の上で無邪気な笑みを浮かべていた。
「おかげで手間が省けちゃった」
巨人の大きな手に握られた人間を見て、カイトは喉をひきつらせた。
馬鹿みたいに太い指の間から、破損した白い鎧が見え隠れしている。垂れ下がった金髪は土で汚れ、元来の美しさなど微塵も残っていなかった。間違いなくクディカである。生きているのか、死んでいるのか。彼女はぴくりとも動かない。
巨人の手からは血が滴っており、独特の鉄臭さがカイトの鼻をついた。
「ほら見て。あの子達、あんなにはしゃいじゃって。獲物を見つけたのがホントに嬉しいみたい」
ソーニャが見つめる先にあるのは、一方的な蹂躙だ。
気付けば、すでに兵士は半数まで減っていた。重なり合う三つの断末魔は、肉の食い千切られる音の中に消えていく。獣に群がられた兵士から飛び散る夥しい鮮血。湿った土の上で嵩を増す血だまりに、引き剥がされた装備と肉片が沈む。
カイトの中に激しい嘔吐感が湧いて出た。胃がせり上がり、しかし吐き出す物は何もない。口から出るのは咳と唾液、そして不快の呻きだけ。
「もー! きたないわねぇ」
ソーニャは唇を尖らせて頬杖をつく。
「品のない男は嫌いよ。まったく」
兵士の虐殺現場に目を向けて、彼女は目尻を下げ口角を吊り上げる。まるで動物同士の和やかな戯れを見る眼差しだ。
狂っている。それがカイトの率直な思いだった。
魔族とは。戦争とは。こんなにも恐ろしいものなのか。
慈悲も躊躇いもない。文字通りの地獄じゃないか。
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