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ティミドゥス公 ②
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「くそっ! まさか公爵があれほどまで愚かだったとは」
執務室の外。城の回廊では、デュールが忌々しげな声を絞り出していた。
「言葉を慎んでくださいデュール殿。どこに耳があるか分かりません」
肩を並べて歩くリーティアが、凛とした声で戒める。
勃然としたデュールとは対照的に、リーティアはあくまでも平静を保っていた。
「フューディメイム卿、あなたは口惜しくないのですか!」
「お気持ちはわかります。けれど怒りに囚われていては、真にやるべきことを見失ってしまいますよ」
紛れもない正論。しかし彼はどうにも納得がいかなかった。
モルディック砦に配備されてから数か月。クディカの下で必死に戦った。戦術を練り、兵を統率し、士気を保ち、戦場に出れば血と汗を流し泥まみれになって剣を振った。兵士達も同じく、国と民を守るために命を賭けたのだ。
それなのにどうしてこんな仕打ちを受けねばならないのか。それも、安全な後方でふんぞり返っているだけの貴族などに。
「デュール殿。あなたの怒りを否定するわけではありません。怒りとは感情です。正しいも間違いもない。重要なのは、その感情を価値あるものにできるかどうか。たとえ苦い感情であっても、正しき行動の原動力となればよいのです」
その言葉を聞いた時、デュールは自身の胸に燃えていた憤怒の炎が幾許か弱まるのを感じた。わかったようなわからないような微妙な気分ではあったが、リーティアの発言には確かな前進の意志があったからだ。
「仰る通りです。どうやら自分は、まだまだ精進が足りぬようだ」
俯いて自省するデュールに、リーティアは仄かな微笑みで応えた。
「さぁ、参りましょう。ティミドゥス公を頼れない以上、たとえ心なくとも我々だけでクディカを助け出す他ありません」
デルニエールに帰還できた兵士は数十。これだけでも少ないが、帰還できた者の大半は心身のいずれか、あるいは両方に浅くない傷を負っており、まともに動ける者となると僅か二十に満たないという事態であった。
「しかし、どのように? たった二十騎では、捜索さえ不可能なのでは」
「何か策を考えます。デュール殿は動ける兵を纏め、出立の準備に取り掛かって下さい」
「は。急ぎます」
二人は足早に城を後にする。もうここに用はない。デュールは部隊の駐屯地へ。リーティアはデルニエールに住む知人のもとに向かっていった。
この時、リーティアにはひとつ気懸かりなことがあった。
カイト・イセである。
こちらの都合で投獄してしまったという負い目。また、マナ中毒になっていないかという心配。どちらもリーティアの心から離れなかった。
生きているかどうかも定かではない。だが仮に生きているとすれば、今頃どのような目に遭っているのか。考えるだけで胸が痛んだ。
彼女の抱える問題は多かった。クディカの救出。部隊の管理。砦を失ったことでデルニエールを危険に晒してしまった憂い。王への報告を思うと気が重く、戦死した兵の遺族に対しても申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「負けてはだめ。勇気を出しなさい、リーティア」
自らを叱咤するように、彼女は小さく、力強く呟いた。
執務室の外。城の回廊では、デュールが忌々しげな声を絞り出していた。
「言葉を慎んでくださいデュール殿。どこに耳があるか分かりません」
肩を並べて歩くリーティアが、凛とした声で戒める。
勃然としたデュールとは対照的に、リーティアはあくまでも平静を保っていた。
「フューディメイム卿、あなたは口惜しくないのですか!」
「お気持ちはわかります。けれど怒りに囚われていては、真にやるべきことを見失ってしまいますよ」
紛れもない正論。しかし彼はどうにも納得がいかなかった。
モルディック砦に配備されてから数か月。クディカの下で必死に戦った。戦術を練り、兵を統率し、士気を保ち、戦場に出れば血と汗を流し泥まみれになって剣を振った。兵士達も同じく、国と民を守るために命を賭けたのだ。
それなのにどうしてこんな仕打ちを受けねばならないのか。それも、安全な後方でふんぞり返っているだけの貴族などに。
「デュール殿。あなたの怒りを否定するわけではありません。怒りとは感情です。正しいも間違いもない。重要なのは、その感情を価値あるものにできるかどうか。たとえ苦い感情であっても、正しき行動の原動力となればよいのです」
その言葉を聞いた時、デュールは自身の胸に燃えていた憤怒の炎が幾許か弱まるのを感じた。わかったようなわからないような微妙な気分ではあったが、リーティアの発言には確かな前進の意志があったからだ。
「仰る通りです。どうやら自分は、まだまだ精進が足りぬようだ」
俯いて自省するデュールに、リーティアは仄かな微笑みで応えた。
「さぁ、参りましょう。ティミドゥス公を頼れない以上、たとえ心なくとも我々だけでクディカを助け出す他ありません」
デルニエールに帰還できた兵士は数十。これだけでも少ないが、帰還できた者の大半は心身のいずれか、あるいは両方に浅くない傷を負っており、まともに動ける者となると僅か二十に満たないという事態であった。
「しかし、どのように? たった二十騎では、捜索さえ不可能なのでは」
「何か策を考えます。デュール殿は動ける兵を纏め、出立の準備に取り掛かって下さい」
「は。急ぎます」
二人は足早に城を後にする。もうここに用はない。デュールは部隊の駐屯地へ。リーティアはデルニエールに住む知人のもとに向かっていった。
この時、リーティアにはひとつ気懸かりなことがあった。
カイト・イセである。
こちらの都合で投獄してしまったという負い目。また、マナ中毒になっていないかという心配。どちらもリーティアの心から離れなかった。
生きているかどうかも定かではない。だが仮に生きているとすれば、今頃どのような目に遭っているのか。考えるだけで胸が痛んだ。
彼女の抱える問題は多かった。クディカの救出。部隊の管理。砦を失ったことでデルニエールを危険に晒してしまった憂い。王への報告を思うと気が重く、戦死した兵の遺族に対しても申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「負けてはだめ。勇気を出しなさい、リーティア」
自らを叱咤するように、彼女は小さく、力強く呟いた。
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