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絶望に染まる
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時はモルディック砦陥落直後に遡る。
幸運にも無事に脱出を果たしたカイトは、地下道の出口から深い森へと辿り着いた。
周辺には魔族やその眷属の姿があったが、カイトは息を殺して身を隠し、泥まみれになりながらひとまず安全な場所を見つけるに至った。
「なんとか、なったか」
湿っぽい洞穴の中で、カイトは嘆きの溜息を吐いた。
一心不乱に逃げ切ったはいいものの、これからどうすればいいのか。
力も知識もないただの少年が一人で生きられるほど、この世界は甘くない。嫌というほど思い知らされた。
かてて加えて、残された時間は僅か。リーティアの言葉を信じるならば、タリスマンの効果が切れるまでたった一週間しかない。
「人を、探さないと」
村や町に行けば、誰かが助けてくれるだろう。きっとそうに違いない。今のカイトには誰かに助けを求める以外の方法を思い付けなかった。
暗い洞穴でたった一人。行き場のない想いが溜まっていく。
知らず、頬が濡れていた。涙を拭い、砕けそうになる心を叱咤する。
いっそのこと全てを投げ出してしまいたい。そうすればどんなに楽だろうか。
「死んで、たまるか」
カイトをすんでのところで堪えさせているのは、ただ一つその思いであった。
夜を明かし体力を回復させたカイトは、翌朝の日の出から行動を起こした。人を見つけるために、森の中で見つけた川をずっと下流まで辿る。
生活する上で必要不可欠な水を安定して供給する川の付近には、必ず人が住まうものだ。地球の古代四大文明が川を起点に生まれたというのは、現代日本の義務教育で学んだことだった。
とにかく、ひたすらに歩いた。道のりは険しい。朝は昼になり、やがて夕焼けが訪れても、街はおろか集落と呼べるものすら見当たらない。せめて小屋の一軒でもあればと願っても、そもそも人工物すら見つけることができなかった。
疲れたら休み、また歩き出す。
高低差のある地形を上っては下り、鬱蒼とした草木をかき分け、時折聞こえる獣の声に怯えながら、歯を食いしばって進み続けた。
夜になれば岩の陰で涙を流した。ただただ悔しかった。悲しかった。
次の日も歩きに歩いたが、やはり人の姿は見つからない。体力だけを消耗し、容赦ない空腹がカイトを苦しめる。川の水で喉の渇きは癒せても、食べる物がなければどうしようもないのだ。
疲労からとうとう座り込んだカイトは、流石に空腹に耐えられなくなり、その場の草を毟り取って口に放り込んだ。
青臭い風味が口いっぱいに広がり、思わず咳込み、吐き出してしまう。
「まずい」
自嘲気味に笑った。自分自身に対する精一杯の虚勢と激励であった。
「疲れたなぁ」
蒸し暑い森を歩き続けて、カイトの気力はついに限界を迎えていた。
胸のタリスマンを取り、眺めてみる。その瞳は虚ろで生気がない。
「こいつを外したら、楽になるのかな」
そんなことを呟いてはみても、あの時の苦しみを思えば、とてもじゃないがそんな勇気は出ない。死ぬために、死んだ方がマシな苦痛を味わうなんて、なんだかおかしな話だろう。どうせ死ぬなら楽に死にたい。たとえどんな無惨でも、痛くないのが一番だ。
トラックに轢かれた時は痛みを感じなかった。一瞬の出来事であったし、即死だったのかもしれない。自分の死体がどうなったのかは、想像したくもないけど。
そこまで考えて、カイトは自分が死ぬことばかり考えていることに気が付いた。
「死にたいのか? 俺は」
乾いた笑いが耳朶に貼りつく。
死にたいわけがない。けれどこのまま苦しんで生きるくらいなら、いっそのこと。
それだけの話だ。
「俺、どうして異世界に来たかったんだっけ」
現代日本はつまらない日常だった。
求めても満たされず、他人ばかりが輝いているようで、いたたまれなかった。
唯一あった心の拠りどころを失くして、カイトの世界は色を失っていた。
そんな人生を変えたかった。もっと自分らしく生きたかった。
「あれ?」
唐突に、視界が霞んだ。
食事を取らないまま動き続けた結果、カイトの体は極度に衰弱していた。精神の緊張が解けてしまった今、急激な倦怠感が容赦なく襲いくる。
「なんだこれ。やっぱり、疲れてるのかな」
抵抗を許さない睡魔。カイトはついぞ瞼を落とす。
危機であるはずの微睡みは、不思議と心地が良かった。
「海璃……」
縋るように呟く。それは喪った妹の名前。
手の届かない場所に旅立った、一番大切な家族の名前。
カイトにはもう、何も残されていなかった。
このまま目覚めない方が、幸せなのかもしれない。
幸運にも無事に脱出を果たしたカイトは、地下道の出口から深い森へと辿り着いた。
周辺には魔族やその眷属の姿があったが、カイトは息を殺して身を隠し、泥まみれになりながらひとまず安全な場所を見つけるに至った。
「なんとか、なったか」
湿っぽい洞穴の中で、カイトは嘆きの溜息を吐いた。
一心不乱に逃げ切ったはいいものの、これからどうすればいいのか。
力も知識もないただの少年が一人で生きられるほど、この世界は甘くない。嫌というほど思い知らされた。
かてて加えて、残された時間は僅か。リーティアの言葉を信じるならば、タリスマンの効果が切れるまでたった一週間しかない。
「人を、探さないと」
村や町に行けば、誰かが助けてくれるだろう。きっとそうに違いない。今のカイトには誰かに助けを求める以外の方法を思い付けなかった。
暗い洞穴でたった一人。行き場のない想いが溜まっていく。
知らず、頬が濡れていた。涙を拭い、砕けそうになる心を叱咤する。
いっそのこと全てを投げ出してしまいたい。そうすればどんなに楽だろうか。
「死んで、たまるか」
カイトをすんでのところで堪えさせているのは、ただ一つその思いであった。
夜を明かし体力を回復させたカイトは、翌朝の日の出から行動を起こした。人を見つけるために、森の中で見つけた川をずっと下流まで辿る。
生活する上で必要不可欠な水を安定して供給する川の付近には、必ず人が住まうものだ。地球の古代四大文明が川を起点に生まれたというのは、現代日本の義務教育で学んだことだった。
とにかく、ひたすらに歩いた。道のりは険しい。朝は昼になり、やがて夕焼けが訪れても、街はおろか集落と呼べるものすら見当たらない。せめて小屋の一軒でもあればと願っても、そもそも人工物すら見つけることができなかった。
疲れたら休み、また歩き出す。
高低差のある地形を上っては下り、鬱蒼とした草木をかき分け、時折聞こえる獣の声に怯えながら、歯を食いしばって進み続けた。
夜になれば岩の陰で涙を流した。ただただ悔しかった。悲しかった。
次の日も歩きに歩いたが、やはり人の姿は見つからない。体力だけを消耗し、容赦ない空腹がカイトを苦しめる。川の水で喉の渇きは癒せても、食べる物がなければどうしようもないのだ。
疲労からとうとう座り込んだカイトは、流石に空腹に耐えられなくなり、その場の草を毟り取って口に放り込んだ。
青臭い風味が口いっぱいに広がり、思わず咳込み、吐き出してしまう。
「まずい」
自嘲気味に笑った。自分自身に対する精一杯の虚勢と激励であった。
「疲れたなぁ」
蒸し暑い森を歩き続けて、カイトの気力はついに限界を迎えていた。
胸のタリスマンを取り、眺めてみる。その瞳は虚ろで生気がない。
「こいつを外したら、楽になるのかな」
そんなことを呟いてはみても、あの時の苦しみを思えば、とてもじゃないがそんな勇気は出ない。死ぬために、死んだ方がマシな苦痛を味わうなんて、なんだかおかしな話だろう。どうせ死ぬなら楽に死にたい。たとえどんな無惨でも、痛くないのが一番だ。
トラックに轢かれた時は痛みを感じなかった。一瞬の出来事であったし、即死だったのかもしれない。自分の死体がどうなったのかは、想像したくもないけど。
そこまで考えて、カイトは自分が死ぬことばかり考えていることに気が付いた。
「死にたいのか? 俺は」
乾いた笑いが耳朶に貼りつく。
死にたいわけがない。けれどこのまま苦しんで生きるくらいなら、いっそのこと。
それだけの話だ。
「俺、どうして異世界に来たかったんだっけ」
現代日本はつまらない日常だった。
求めても満たされず、他人ばかりが輝いているようで、いたたまれなかった。
唯一あった心の拠りどころを失くして、カイトの世界は色を失っていた。
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「あれ?」
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