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はじめてのエアガン

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 高校を卒業してから、私はいたって無気力な日々を過ごしていた。
 中学時代から打ち込んだテニス部を引退して、日常に対する熱意を失っていたのだろう。大学入試が終わるまでは、勉強に必死で落ち込む暇もなかったけど。

 高校卒業から大学入学までの、この何とも言えない微妙な期間、私の口からは溜息ばかりが漏れていた。

「ちょっと連れていきたいところがあるんだよなー」

 そんな私を見かねたのか、連絡もなく家にやって来た勇子がそんなことを言った。

「こんな時間から? どこ?」

「行けばわかるって」

「まぁ、いいけど」

 鬱屈とした心を解放するきっかけにはなるかも。こうやって連れ出されないと、自分じゃ外出する気力もなかったし。
 そうやって訪れたのが、駅前にあるARIAというお店だった。一体どんなお店なのだろう。私は看板を凝視する。

「シューティング……バー? バーってお酒を飲むところでしょ? 私達まだ未成年」

「いいのいいの。大切なのはボク達が十八歳だってことだから。さ、いこ!」

 首を傾げる私の手を引っ張って、勇子は店の扉を開く。
 多少の不安を覚えつつも、バーという大人な響きに内心わくわくしていた。

 店内は思ったよりも明るく、想像とは些か趣が異なっていた。縦長の空間にカウンター席があり、その向かいにテーブル席が並んでいる。椅子の数は全部で三十ほどだろうか。すでに何人かが席についていた。

「おや、いらっしゃい。今日は連れと一緒かい」

「店長さんこんばんは! この子が、この前話してた栞だよ」

「は、はじめまして」

 カウンターの奥から声をかけてきたのは、落ち着いた雰囲気を纏う長身の女性バーテンダーだ。一つ括りに結われた腰まで伸びた金髪に、フレームレスの細い眼鏡。小さな泣きボクロが妙に色っぽい。どこぞのハリウッド映画にでも出てきそうな美人さんだった。

「これはご丁寧に。店長の佐々木だ。よろしく」

「よろしく、お願いします」

 彼女の大人っぽい微笑みに、何故か顔が赤くなってしまう。本当に美形な人っていうのは、性別を問わず魅力的なものだから。

「あ、栞照れてるー」

「もう。うるさいなぁ」

 茶化してくる勇子を小突いて、私は壁一面に飾られたたくさんの銃器に目をやった。
 バーといえばお酒が並んでいるイメージだけど、これはいったいどういうことだろうか。

「珍しいかい? 普通の女の子なら、あんまり興味のあるものじゃあないだろうしね」

「えー! 店長、それじゃボクが変な子みたいじゃん」

「そうだよ」

「がーん」

 大袈裟なリアクションをする勇子をよそに、私は物々しい銃器に眉を寄せていた。

「これって、エアガンですか」

「うん。どうかな? せっかく来たんだし、撃ってみるかい?」

「そうそう! 栞も撃ってみようよ。ストレス発散になるよ!」

 ああ、なるほど。だから勇子は私を連れてきたのか。私を元気づけるのと、あわよくば自分の趣味に引きずり込むために。

「まぁ、少しなら」

 正直あまり興味はないけど、気晴らしにはなるかもしれない。

「そうこなくちゃ!」

「店の奥にシューティングレンジがある。今日は初回サービスだ。好きなだけ撃っていくといい」

「やった! 店長太っ腹!」

「もちろん勇子は正規の値段だよ」

「やっぱりー!」

 なんだかよくわからないけど、楽しそうな感じがした。
 ゴーグルを装着してシューティングレンジに入った私は、店長に選んでもらったライフルを手に十メートル先の的と対面した。

「いいかい? 銃は左手と右肩で支える。右手には出来るだけ力を入れないように。照準がぶれるからね」

 背中に密着した佐々木店長が、文字通り手取り足取り教えてくれる。柔らかい体温が伝わってくるし耳元に息がかかるし、こんなんじゃ集中できないよ。

「アイアンサイトは見にくいと思うけど、最初はこれに慣れておいた方がいい。手前にある円と、銃口側にある円を重ねて、その中に的を入れるんだ」

「は、はい」

「じゃあ、やってみて」

 やっと店長が離れた。私は改めて深呼吸し、狙いを定めて引き金を引いた。
 独特な音を立ててBB弾が発射される。十メートル先の丸い金属の的が、気持ちの良い高音を響かせた。

「当たった……」

「へぇ」

 まぐれかもしれない。もう一回、もう一回と、引き金を引く。
 当たったり、外れたりを繰り返しながら、私は段々と感覚を掴んでいく。
 百発も撃つ頃には、じっくり狙って外すことはなくなっていた。

「筋がいいね。初めてとは思えない」

 店長の感想が、私の心を躍らせた。
 まだまだ撃ってみる。命中するたびに響く小気味良い金属音が心地よい。

「これ、楽しいかも」

 何発も何発も、私は時間を忘れて撃ち続ける。

「楽しい!」

 閉店は夜の十一時。
 帰る頃にはすっかり、エアガンの虜になった私がいた。
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