805 / 981
『エクソダス』へ
しおりを挟む
グレーデン子爵領のセーフダンジョンは『エクソダス』と呼ばれている。
山中の切り立った断崖の上に立つ白亜の建築物は、立派な城塞に見えないこともない。
異変が起こってから時間が経っているためか、他の冒険者や商隊の姿はないようだ。
「以前はここも活気があったのですが」
とはシエラの談だ。
「周辺のモンスターは騎士団によって殲滅しておりますが、ダンジョン内部の様子は不明です」
「まぁ、それを調べに行くんだからな」
「本当に騎士を連れていかれないのですか?」
「ああ。一介の騎士が知っちゃいけない真実があるかもしれない」
「知ってはいけない真実、ですか」
「ああ。だから、シエラもここで待っていてくれていいぞ」
「そういうわけには参りません。私は旦那様から坊ちゃまのお目付け役を命じられておりますので」
「危険だぞ」
「承知の上です。ご安心ください。公爵家の侍女として、一通りの武芸は修めております」
侍女って武芸の嗜みがあるものなのか。
まぁ細かいことを気にしてはいけない。ここはエレノアが創った世界なんだし。
「ん?」
俺が『エクソダス』のゲートに向かおうとした矢先、まさに今ゲートに入っていく人影を目にした。
「あれは」
一瞬しか見えなかったが、見覚えのある後姿だ。白い装束に眩いばかりの太もも。金糸を編んだようなショートカット。
「イキール……?」
超絶美少女剣士イキール・ガウマンが、なぜこんなところに。
通行止めになっていたんじゃなかったのか?
「シエラ。急くぞ」
「あ、坊ちゃま!」
光を放つゲートの、その輝きを通り抜けると、『エクソダス』内部の様子が明らかになった。
白亜の要塞の中は、岩肌に囲まれた洞窟だった。薄暗くて見通しが悪く、空気はジメっとしている。
イキールの姿はない。先に進んでしまったか、あるいはゲートをくぐる際に異なる地点に跳んだか。
基本的にゲートをくぐれば同じ位置に辿り着くはずだが、異変が起こっているとなるとその法則も怪しくなっているだろう。
「坊ちゃま」
シエラの声は、いつもよりトーンが低かった。彼女もこのダンジョンに充満している異質な雰囲気を察したのだろう。
「くどいようですが、やはり引き返しては?」
「今更だ。いくぞ」
振り返ると、シエラは組んだ両手にペンダントを握り、目をとじて俯いていた。
「何してる?」
「女神に祈りを捧げているのです。どうか無事に戻れますようにと」
「……聞き届けられるといいな」
エレノアだったら、それくらいの願いは叶えてくれそうなもんだが。
「さぁ、行くぞ」
躊躇うことなく歩き始めた俺の後を、シエラは照明魔法を焚いてついてくる。
周囲に気を配りながら進んでいると、だしぬけにモンスターが顕れた。岩肌を突き破って豪快に出てきたのは、オレンジ色のどろっとした液状生物。
「ジェリーグーです! でもこんな……!」
シエラが驚くのも無理はない。
ジェリーグーとは、いわゆるスライムの亜種だ。種族としては弱く、サイズもバランスボールくらいが普通である。
だが、目の前のジェリーグーは一味違った。くすんだオレンジの液状生物は、俺が見上げるほどに大きい。
「下がってろ!」
俺はすかさず剣を抜き、鋭い斬撃を浴びせる。ジェリーグーの体に大きな切れ目が生じるが、すぐにきれいさっぱり元通りになってしまった。物理的なダメージを受け付けないのが、このモンスターの特徴だ。
「やっぱダメか」
「坊ちゃま! 私が魔法で攻撃します!」
距離を取っていたシエラが、魔力を練り上げ、突き出した掌に火炎の球を形成する。
「フレイムボルト!」
射出される炎の短矢。ヒーモの撃ったものよりも速く、また一回り大きい。
吸い込まれるようにジェリーグーに直撃し、熱風と爆炎が生じた。
だが。
「だめです……! わたしの魔法じゃ火力が……」
全然足りていない。
シエラのフレイムボルトは、ジェリーグーの一部を吹き飛ばしたが、肉体の割合にして一パーセントも減ってない。あるいは百発以上撃ち続ければ倒せるかもしれないが、そんな大量の魔力、シエラにはないだろう。
「坊ちゃま! やはり退きましょう!」
「まだそんなこと言ってんのか」
流石に飽きてきたな。
「魔法が効くなら、楽勝だろ」
俺は揃えた二本の指をジェリーグーに向ける。
「フレイムボルト」
拳銃を模した俺の手から、バレーボール大の炎弾が放たれる。燃え盛りながら着弾したそれは、一撃でジェリーグーを爆散させ、絶命せしめた。
轟音と衝撃波、そして熱風が洞窟内に満ちる。
俺はシエラの盾となり、それらを一身に浴びた。だからどうということはないけど。
「ザコだったな」
飛び散ったジェリーグーの破片が、ところどころ岩肌にへばりついている。しんと静まり返る中、シエラはその光景を呆然と見つめていた。
「急ぐぞ。最奥部まで先は長い」
俺は足早に進む。
「あ、あのっ。坊ちゃまっ」
「なんだ?」
慌てて追いかけてくるシエラ。
「さきほどの魔法は、いったい」
「フレイムボルトだけど」
「しかし、私のものとは全然……」
「単純な魔法だからな。練り上げる魔力の量で火力は大きく変化する。シエラも魔法学園に通ってたなら、それくらい習っただろ?」
「はい……」
静かな洞窟に、俺達の足音だけが響く。
「それほどの魔法の才を持ちながら、なぜ今まで隠しておられたのですか」
「別に隠してたわけじゃない。披露する場がなかっただけだ。わざわざ自分から才能を見せつけるのも格好悪いだろ」
「……公爵家のボンクラ長子とは、仮の姿だったのですね」
「いんや。それもありのままの俺だよ」
シエラはまだ何か言いかけたのを、俺は手で制した。彼女の口の前に人指し指を当て、静かにするよう指示する。
「誰かいる」
イキールだろうか。
だが、気配は一つじゃない。
俺は壁の陰に身を隠し、先にある広い空間を窺った。
山中の切り立った断崖の上に立つ白亜の建築物は、立派な城塞に見えないこともない。
異変が起こってから時間が経っているためか、他の冒険者や商隊の姿はないようだ。
「以前はここも活気があったのですが」
とはシエラの談だ。
「周辺のモンスターは騎士団によって殲滅しておりますが、ダンジョン内部の様子は不明です」
「まぁ、それを調べに行くんだからな」
「本当に騎士を連れていかれないのですか?」
「ああ。一介の騎士が知っちゃいけない真実があるかもしれない」
「知ってはいけない真実、ですか」
「ああ。だから、シエラもここで待っていてくれていいぞ」
「そういうわけには参りません。私は旦那様から坊ちゃまのお目付け役を命じられておりますので」
「危険だぞ」
「承知の上です。ご安心ください。公爵家の侍女として、一通りの武芸は修めております」
侍女って武芸の嗜みがあるものなのか。
まぁ細かいことを気にしてはいけない。ここはエレノアが創った世界なんだし。
「ん?」
俺が『エクソダス』のゲートに向かおうとした矢先、まさに今ゲートに入っていく人影を目にした。
「あれは」
一瞬しか見えなかったが、見覚えのある後姿だ。白い装束に眩いばかりの太もも。金糸を編んだようなショートカット。
「イキール……?」
超絶美少女剣士イキール・ガウマンが、なぜこんなところに。
通行止めになっていたんじゃなかったのか?
「シエラ。急くぞ」
「あ、坊ちゃま!」
光を放つゲートの、その輝きを通り抜けると、『エクソダス』内部の様子が明らかになった。
白亜の要塞の中は、岩肌に囲まれた洞窟だった。薄暗くて見通しが悪く、空気はジメっとしている。
イキールの姿はない。先に進んでしまったか、あるいはゲートをくぐる際に異なる地点に跳んだか。
基本的にゲートをくぐれば同じ位置に辿り着くはずだが、異変が起こっているとなるとその法則も怪しくなっているだろう。
「坊ちゃま」
シエラの声は、いつもよりトーンが低かった。彼女もこのダンジョンに充満している異質な雰囲気を察したのだろう。
「くどいようですが、やはり引き返しては?」
「今更だ。いくぞ」
振り返ると、シエラは組んだ両手にペンダントを握り、目をとじて俯いていた。
「何してる?」
「女神に祈りを捧げているのです。どうか無事に戻れますようにと」
「……聞き届けられるといいな」
エレノアだったら、それくらいの願いは叶えてくれそうなもんだが。
「さぁ、行くぞ」
躊躇うことなく歩き始めた俺の後を、シエラは照明魔法を焚いてついてくる。
周囲に気を配りながら進んでいると、だしぬけにモンスターが顕れた。岩肌を突き破って豪快に出てきたのは、オレンジ色のどろっとした液状生物。
「ジェリーグーです! でもこんな……!」
シエラが驚くのも無理はない。
ジェリーグーとは、いわゆるスライムの亜種だ。種族としては弱く、サイズもバランスボールくらいが普通である。
だが、目の前のジェリーグーは一味違った。くすんだオレンジの液状生物は、俺が見上げるほどに大きい。
「下がってろ!」
俺はすかさず剣を抜き、鋭い斬撃を浴びせる。ジェリーグーの体に大きな切れ目が生じるが、すぐにきれいさっぱり元通りになってしまった。物理的なダメージを受け付けないのが、このモンスターの特徴だ。
「やっぱダメか」
「坊ちゃま! 私が魔法で攻撃します!」
距離を取っていたシエラが、魔力を練り上げ、突き出した掌に火炎の球を形成する。
「フレイムボルト!」
射出される炎の短矢。ヒーモの撃ったものよりも速く、また一回り大きい。
吸い込まれるようにジェリーグーに直撃し、熱風と爆炎が生じた。
だが。
「だめです……! わたしの魔法じゃ火力が……」
全然足りていない。
シエラのフレイムボルトは、ジェリーグーの一部を吹き飛ばしたが、肉体の割合にして一パーセントも減ってない。あるいは百発以上撃ち続ければ倒せるかもしれないが、そんな大量の魔力、シエラにはないだろう。
「坊ちゃま! やはり退きましょう!」
「まだそんなこと言ってんのか」
流石に飽きてきたな。
「魔法が効くなら、楽勝だろ」
俺は揃えた二本の指をジェリーグーに向ける。
「フレイムボルト」
拳銃を模した俺の手から、バレーボール大の炎弾が放たれる。燃え盛りながら着弾したそれは、一撃でジェリーグーを爆散させ、絶命せしめた。
轟音と衝撃波、そして熱風が洞窟内に満ちる。
俺はシエラの盾となり、それらを一身に浴びた。だからどうということはないけど。
「ザコだったな」
飛び散ったジェリーグーの破片が、ところどころ岩肌にへばりついている。しんと静まり返る中、シエラはその光景を呆然と見つめていた。
「急ぐぞ。最奥部まで先は長い」
俺は足早に進む。
「あ、あのっ。坊ちゃまっ」
「なんだ?」
慌てて追いかけてくるシエラ。
「さきほどの魔法は、いったい」
「フレイムボルトだけど」
「しかし、私のものとは全然……」
「単純な魔法だからな。練り上げる魔力の量で火力は大きく変化する。シエラも魔法学園に通ってたなら、それくらい習っただろ?」
「はい……」
静かな洞窟に、俺達の足音だけが響く。
「それほどの魔法の才を持ちながら、なぜ今まで隠しておられたのですか」
「別に隠してたわけじゃない。披露する場がなかっただけだ。わざわざ自分から才能を見せつけるのも格好悪いだろ」
「……公爵家のボンクラ長子とは、仮の姿だったのですね」
「いんや。それもありのままの俺だよ」
シエラはまだ何か言いかけたのを、俺は手で制した。彼女の口の前に人指し指を当て、静かにするよう指示する。
「誰かいる」
イキールだろうか。
だが、気配は一つじゃない。
俺は壁の陰に身を隠し、先にある広い空間を窺った。
0
お気に入りに追加
1,202
あなたにおすすめの小説
ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。
yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。
子供の頃、僕は奴隷として売られていた。
そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。
だから、僕は自分に誓ったんだ。
ギルドのメンバーのために、生きるんだって。
でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。
「クビ」
その言葉で、僕はギルドから追放された。
一人。
その日からギルドの崩壊が始まった。
僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。
だけど、もう遅いよ。
僕は僕なりの旅を始めたから。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
異世界転生!ハイハイからの倍人生
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。
まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。
ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。
転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。
それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる